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「転生したらVの世界に」 第5話:面接

 10分ほど経過しただろうか。扉がノックされ、室内に面接官が入室してきた。

 それぞれの面接官が椅子に座る。中央には、いかにもキャリアウーマンらしい女性が座り、その左隣には眼鏡をかけた男性。そして、右隣にはスキンヘッドのおじさんが座る。

 俺が固唾を飲む中、面接が始まる。
 中央に座る女性面接官が口を開く。

「それでは早速、面接を始めていきたいと思います。レイアさん、ヒョウカさんでお間違いないですね?」

 俺とヒョウカはそれぞれ返事をする。

「では、こちらからいくつか質問をさせていただきます。まずは、志望動機をお願いします。レイアさんから」

 俺が指名され、面接官全員が俺に顔を向ける。
 やっぱり志望動機は聞かれるか。

「はい。俺は昔からゲームが得意で、いつかゲーム配信をしようと思っていました。俺のプレイが認められて、観ている人たちがもっとゲームをしてみたいと思ってもらえるようになってほしい。それで、ゲームをすることは単なる惰性ではなく、ひとりひとりの個性だと思われたい、です」
「なるほど」

 聞かれた志望動機とは少し論点がずれてしまったが、悪くない答えだと思う。

 それに、嘘じゃない。
 俺にとってゲームは単なる遊びじゃなく、天との繋がりを表すひとつの道具だった。ゲームをやっていく中で見える個性もある。

 俺が上手くなれば、天も上手くなりたいと思ってくれていたし、天が成長したら俺ももっと頑張りたいと思っていた。

 そのゲームへの意欲が、他の人にも伝わってほしい。そう、思える。アルトが俺たちの絆を作ってくれたように、多くの人間がゲームで絆を築いてほしい。

 それは、本当に思っている。

「では、ヒョウカさんの志望動機を聞かせてください」

 ガタンッ。

 椅子が倒れる音がした。

 何事かと思ったら、隣に座っていたヒョウカが勢いよく立ち上がり、その拍子に椅子を倒したようだ。

 俺を含めた室内にいる全員が驚きの表情をヒョウカに向ける中、ヒョウカは口をわなわなと震わせている。

「は、はい!」

 先ほどまでの凛とした振る舞いはどこに行ったのか。ヒョウカは声を裏返し、大きな声を上げていた。脚と手は震え、見ていられない姿だった。

「はい!」

 再び大きな声を出すヒョウカ。
 大丈夫かこいつ……。

「おい、志望動機だよ」

 俺は小声でヒョウカに言う。するとヒョウカは俺に顔を向けて頷き、そして前を向いたと思ったら俯く。

「……わ、私は、昔から、何もできなくて、それで、ウィーハウスを見て、生きてきました」

 面接官に届いているか怪しいほどの小さな声で気持ちを伝えている。

「……それで、私も、いつか、ライバーになりたいと思って」

 ヒョウカの手に力が入る。強く拳を作る。
 そして、堂々と前を向く。

「私は、輝きたい」

 その言葉に強い意思を感じた。ヒョウカの過去に何が合ったかは知らないが、その強い意思は本物だと確信できた。

 その意思が面接官にも伝わったのか、女性面接官は頷き「分かりました」と言い、ヒョウカに着席するよう促した。

 ヒョウカはあたふたしながら倒れた椅子を戻し、椅子に座る。

 そして次に、左隣にいる眼鏡の男性面接官が口を開いた。

「自己PRをお願いします。レイアさんから」

「はい。俺はFPSゲーム、アルトが得意です。レベルとしては最高ランクを維持しており、プレイ技術においてはプロに匹敵すると思っています」

「ありがとうございます。では次に、ヒョウカさん」

 促されたヒョウカは聞いていなかったのか俯いてしまう。

「おい、聞かれてるぞ」
「…………」

 尚も口を開かない。
 と思ったら再び突然立ち上がった。

 天井を仰ぎ、大きく口を開く。

「寝てません! 昨日は緊張して一睡もできませんでした!」

 面接室に静寂が訪れる。
 しばらく沈黙は続いた。

 な、何言ってんだこいつ……。

 というか、お前も寝てなかったのかよ。寝てない自慢うざいとか言ってたくせに自己PRで寝てないアピールすんなよ。

 ライバーには個性豊かな人間が多い。だからきっと、この面接官たちも個性豊かなライバーを見てきただろう。しかし、さすがにヒョウカの言動に驚きを隠せず固まっているようだ。

 ヒョウカはそんなことも気にせず、やりきった表情で着席する。そして大きく頷く。

 いや、何そんな頑張った感出してんの? 色々と終わってるぞ。

 少しして、眼鏡の面接官は咳払いをする。

「私からは以上です」

 3人の面接官のうち、ふたりの面接官から志望動機と自己PRを聞かれた。

 3人目の面接官。スキンヘッドのおじさんの番だ。

 鋭い目つきに色付きの眼鏡をしている。あごひげを生やしており、一見、反社会勢力に見える。

 なるほど。圧迫面接か。
 たしかに視聴者には変な人間もいる。一視聴者である俺が見ていても恐ろしいコメントをしてくる人がいる。そんなやつらにも負けない根性がライバーには必要なんだ。

 一体、どんな質問をしてくる。

 俺はどんな圧力が来ようが負けない。

 スキンヘッドのおじさんが口を開く。

「ちょとふたりとも緊張し過ぎ~」

「は?」

 俺はさぞあほらしい表情をしていただろう。

「え、なになに? レイアちゃん? 女の子みたいでかわいい名前ね。それと、ヒョウカちゃん? 初々しくてかわいらしいわね」

 スキンヘッドのおじさんは突然ハイテンションかつオカマ口調で言う。

「えっと……」

 俺は戸惑いを隠せず、口を開いてしまう。

「でぇ? レイアちゃんはゲームが得意なの? すごいわねえ。アタシ全然ゲームできないから羨ましいわ。しかもこんなイケメン。アタシのものにしちゃいたい」
「い、いやー……あざす」

 なんだこのオッサン。怖い。
 オッサンは続ける。

「でも、隠してることがあるわね?」
「……え」
「レイアちゃん。あなたの志望動機、しっかりしてたわ。でもね、本当の志望動機は違うでしょ? 言ってごらんなさい。あなたの本当の志望動機」
「お、俺はべつに、嘘は言ってないです」

 無意識のうちに視線が左右に動く。オッサンの方を真っ直ぐ見られない。

「リスナーは、あなたが思っているよりもあなたの心の中を見てるのよ」

 オッサンを見ると、真剣な表情をしていた。

「ライバーの心。時には本人よりもリスナーの方が分かってることもあるの。本物のファンは何度も同じ動画を観て、ライバー本人よりも声を、感情を聞いてるのよ。それを覚えておきなさい」

 俺はただ俯くことしかできなかった。

 このオッサン。ただのオカマじゃない。本物のプロだ。ライバーなんて、ただ自分の好きなことをして生きてるだけの存在だと思っていた。でも、きっと違う。

 ライバーは大きなプレッシャーと戦いながら活動をしている。

 そして、そんなライバーを支えて生きている事務所がある。ライバーの事務所で働いている人間なんてただ、請け負った仕事をライバーと調整し、マネジメントをしているだけだと思っていた。

 でも、それだけじゃない。ライバーの思考を読み取り、裏を読む。人間の深いところまで観察し、洞察する。そうやって食ってきているんだ。

 侮っていた。
 舐めていた。

 ライバーはたしかに俺にとって凄い存在だ。でも、そんなライバーの裏にはもっと力のある人間がいる。それを分かっていなかった自分が恥ずかしくなった。

 でも、ここで俯いているだけでは俺は前に進めない。

 俺は、なんとしても10万人のフォロワーを手に入れるんだ。
 俺は真っ直ぐ、オッサンに目を向ける。

「俺には彼女がいました。でもその彼女は死んで、その後俺は引きこもりました。でも、そんな時、琴ノ葉きらりに出会いました。きらりは俺の彼女にそっくりで、俺の生きる希望になりました。俺はきらりに会いたい。それで、この事務所に応募しました」

 言ってやった。
 お終いだ。

 こんな不純な動機で来る人間を合格にすることはあり得ないだろう。

 でも、言わずにはいられなかった。
 大の大人に言い負かされて、引き下がるのは癪だ。

 俺は、大の負けず嫌いだ。

 面接という勝負には負けても、目の前で売られた喧嘩には負けられない。

 それが俺だ。

 俺が正直に志望動機を言い放つと、オッサンは口角を上げた。

「良い度胸してるじゃない。でも、そんな志望動機ではいどうぞと言うと思う?」
「思いません」
「それでも言った。嘘を貫き通すこともできたはずよ。それでもわざわざ不利になることを言ったのはどうして?」

 俺が真実を言った理由。そんなのひとつしかない。

「彼女が、天が、俺にとってのすべてだからです」

 矛盾しているかもしれない。天の思いを消したくないのであれば、嘘をついてでも事務所に入り生き続けることを選ぶべきだ。

 でも、それじゃあ意味がない。
 死んでも貫き通したい意思がある。
 死んでも、俺は天への思いを貫き通す。

「ふーん」

 オッサンは手元に置いてある資料に何かボールペンで記入する。

 俺は天井を見上げる。

 終わった。
 俺の人生はこれでゲームオーバーだ。
 まだ何もしていない。何もできなかった。
 それでも後悔はしていない。

 やりきった感覚がある。自分の意思を持ち続け、それを持って愚直に生きた。

 これで死んでも悔いはない。

 俺が前を向くと、女性面接官が口を開いた。

「レイアさんの強い意思は感じられました。しかし、配信活動者としてやっていく上で、同じ事務所のライバーに、異性のライバーに特別な感情を抱いている方を事務所に入れる訳にはいきません。その辺り、ご理解いただけると幸いです」
「はい」

 女性面接官は遠回しに俺に不合格を突き付けた。

 そして、女性面接官はオッサンに顔を向けた。

 それに合わせて、オッサンが口を開く。

「じゃあ次に、ヒョウカちゃん。あなた、今のまま配信活動をしていったら潰れるわよ」

 オッサンのはっきりとした物言いにヒョウカは言い返す。

「つ、潰れません! 私は、ライバーとして頑張っていきます!」
「何千、何万人の前に立つ覚悟はあるのかしら? それがどれほどのプレッシャーかあなたに想像できる?」
「そ、れは……」

 ヒョウカは俯いてしまう。

「あなたにはきっと強い意思がある。あなたにとって動画配信活動がすべてなのでしょう。でも、みんなそうよ。みんな人生をかけて戦ってるの。その中でプレッシャーに勝てずドロップアウトをしてしまうライバーをアタシは何人も見てきた。活動が人生においてすべてだと本気で思っているライバーでも、いえ、その意思が強いからこそ、現実の厳しさを目の当たりにして力尽きるのよ」
「私は……力尽きることなんて……」

 ヒョウカの主張は尻すぼみになってしまう。

 それも仕方のないことだろう。

 たしかに生配信というのは多くの人間に見られる。俺が昨日、少し配信し、同接が0人でも疲弊したんだ。多くの人に見られながら配信をするプレッシャーは想像できない。

 面接官3人に対してヒョウカはこんな状態だ。大勢の前で配信をするプレッシャーに耐えられるとは思えない。

「私は、たしかに、弱い人間です……」

 ヒョウカは白状するように口を開いた。

「ずっと病気で、何もできなくて、でも周りのみんなが無理しないでって言うから、私もそれに甘えて、何もしてこなかった」

 ヒョウカは思いを口にする。

「今は違う。私は生まれ変わって、ちゃんと生きてる。ちゃんと自分の意思を持って生きている。私はやっと自分の気持ちに素直になれた。私はもう――自分の意思を捨てない」

 ヒョウカはそこで初めてオッサンに顔を向けた。その真剣な表情を向け、オッサンもしばらくの間、ヒョウカの顔を見つめた。

「ふーん」

 オッサンの一言。
 たったそれだけを言い、書類に何かを書いている。

 俺は自然と笑みが零れた。

 面接官にどう思われようが、俺とヒョウカは自分の意思を真っ直ぐ伝え、貫いた。

 直観だが、俺とヒョウカは今後、一緒に張り合ってゆく存在だと確信した。

 オッサンが書き終えた後、女性面接官が俺たちに顔を向けた。

「これで面接は以上になります。本日はわざわざお越しいただきありがとうございました」

 俺とヒョウカは立ち上がり、面接会場を出た。

 事務所を出て、エレベーターに乗る。
 14階から徐々に下がってゆく。

「お前、すごいじゃん」

 俺は素直に感想を述べた。それでヒョウカはやっと緊張が解けたのか、ため息をついた。

「全然ダメだった」
「そんなことねえよ。たぶんだけど、お前受かるよ。……俺の分まで頑張ってくれ」
「頑張らないわ」
「なんでそんなこと言うんだよ」

 そこでエレベーターは1階に到着し、ヒョウカとともにロビーに出る。

 ヒョウカは俺に顔を向ける。

「あなたの分まで頑張るつもりはないわ。あなたと一緒に、私は頑張る」

 その言葉を聞いて、俺はやっと理解した。
 ヒョウカは冷たくて、人当たりが悪くてコミュ障だと思っていた。

 でも、根っこは優しくて、素直な人間なんだ。

 そんなやつに認められたことが嬉しかった。

「一緒に頑張っていこうな。そうだ。コラボとかしようぜ」
「それは無理」

 ヒョウカはぴしゃりと言い放つ。

「……なんでだよ」
「私の枠には私のガチ恋勢が現れるわ。男となんてコラボしたら炎上する」
「どっからその自信が出るんだよ。どうせ視聴者0だろ」
「なんで分かったの!?」

 図星だったらしく、ヒョウカは目を見開く。

「だいたいそういうもんだろ。それで、危機感を持って事務所に入ろうとした」
「あなたエスパーね」
「ああ、そうそう。エスパーだよ。俺、彼女いるから女の扱い上手いし」
「うざ。キモ」
「気を付けろよ? そういうこと言うと喜ぶ視聴者いるからな」
「うえぇ」

 ヒョウカは舌を出してうんざりしている。

「ま、これからよろしくな」

 俺はヒョウカに手を伸ばす。ヒョウカは俺の手をじっと見つめ、恐る恐る手を伸ばす。

「よろしく」

 握手をした後、俺たちは頷く。
 そこでエレベーターから降りてきた人物がいた。

「ちょっとレイアちゃん? きらりちゃんから乗り換えかしら?」

 先ほどの面接官のひとり。スキンヘッドのおかまオッサンだった。
 俺はオッサンに頭を下げる。

「さっきはありがとうございました」

 ヒョウカは焦りながら頭を下げる。
 オッサンは俺たちに近づく。

「分かってるとは思うけど、アンタたちはシャイニングには入れられないわ」
「分かってます。でも、必ずライバーとして成功してみせます」

 オッサンは身体をよじらせる。

「本当にかっこいいわ~。そういう漢気、ホントたまらないわ~」
「……どうも」

 正直怖いから早く帰りたい。
 オッサンはそんな俺の気持ちを察している様子はない。

「それでぇ? アンタたちはこれからどうするつもりなの?」

 これからか。
 全然考えてなかった。というか、考えられなかった。事務所に入れるという確信をしていた訳じゃない。ただ、現実から目を逸らしていた。

 それはヒョウカも同じようで、何も言葉を発さない。

「他の事務所を受けるつもりはあるのかしら?」
「いえ、今のところまったく何も考えてません」
「そ。それなら」

 オッサンは手を俺たちに差し出す。

「アタシの事務所に来なさい」

 俺とヒョウカは目を点にした。

 状況は理解できず、戸惑う。

「で、でも、シャイニングには入れないって」
「シャイニングの姉妹事務所『スターリースカイ』。そこの代表をアタシがやってるの。アンタたちがもし良かったら、アタシのもとに来なさい」

 俺とヒョウカは顔を見合わせた。
 そして声を揃えた。

「よろしくお願いします!」

 俺たちの返事を聞いてオッサンはにっこりと微笑む。

「びっちりしごいてあげるから、覚悟しておきなさいよ」

 俺たちは頷き、オッサン、もとい代表の手を取った。

「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休みなさい。また明日連絡するわ」

 そう代表は言葉を残して去って行った。

「やった」

 ヒョウカは初めて笑顔を見せて、ガッツポーズをした。

「嬉しそうだな」
「どうして他人事なのよ。あなたは嬉しくないの?」
「嬉しいよ。お前と一緒に頑張れると思ったらやる気出てきた」

 そう言うと、ヒョウカは俺から顔を背ける。

「……あなた、私のガチ恋勢?」
「ちげえよ。自意識過剰過ぎんだろ。まあいいや。今日はもう帰る。ゆっくり寝る」

 俺は身体を伸ばして、大きな欠伸をする。
 それにつられてヒョウカも欠伸をする。

 その姿を見てつい笑ってしまった。ヒョウカが俺を睨む。

「何笑ってるのよ」
「欠伸助かる」
「きもい」
「ありがとうございます!」
「先行きが不安だわ……」

 ヒョウカはそう言ってビルから去って行った。
 俺もビルから出て、部屋へと戻って行った。

 さて、これから本格的にライバー活動が始まる。
 待ってろよきらり。
 必ず追いついてやるからな。


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