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「転生したらVの世界に」 第4話:出会い

 朝の9時半。
 俺はずっとアルトをプレイしていた。

 この世界では食事を必要としていないみたいだが、どうやら睡眠は必要らしい。

 現にめっちゃ眠い。
 てっきり睡眠も必要ないと思っていたが誤算だった。

 こんな寝不足のままあと30分でシャイニングの面接が始まる。

「やばいな」

 何も準備していない。志望動機とか聞かれたらどうしよう。自己PRはアルトのことを話せばいいが、志望動機はただ、きらりと同じ事務所に入りたいというだけだ。そんなよこしまな志望動機では落とされるだろう。

 しかし、ここまで来ては仕方がない。腹をくくって面接に挑もう。

『レイアさん。面接が25分後に行われます。準備をしてください』

 準備といっても着替える必要もない。
 俺はパソコンの電源を落とし、ドアの前に立つ。

 すると、目の前にディスプレイが表示される。

 色々な選択肢があるが、『シャイニング事務所』が点滅している。ここで合っているのだろう。

 俺は意を決してボタンを押す。すると、扉が勝手に開かれた。

 俺がさっき開けた宇宙空間とは違い、目の前に大きなビルが建っていた。

 歩みを進めて、ビルへと向かう。

『事務所はこのビルの14階です』

 ディスプレイに表示された画面を見つめてビルの中に入る。

 1階はロビーになっており、広々とした空間には誰もいなかった。
 こんな大きなビルなのに、人ひとりもいないのか。
 違和感を感じる。

 時刻はまもなく10時だ。サラリーマンのひとりやふたりいてもおかしくないはずだ。

 ま、それよりも面接をなんとかしないとな。

 俺は辺りを見渡し、エレベーターホールへと向かう。

 黒の大理石を基調としたエレベーターホールには4つの大きな扉がある。

 俺は扉の横にある上矢印ボタンを押そうとしたところ、隣にいた人間が先に押した。

「あ、すみません」
「………」

 隣にいた人間は俺を一瞥し、扉を見つめる。

 俺が謝ったにも関わらず返事もなしとは肝が据わっている。
 しかし、怒りは湧かなかった。

 なにしろ、その人間は常人とはかけ離れた見た目をしていたからだ。

 漆黒の髪は腰まで届き、艶がある。雪の結晶を模した大きな髪飾りをしている。恰好も派手。黒のドレスを着ている。

 こんな派手な人間、Vライバー以外に考えられない。

 俺は緊張をおさえ、口を開く。

「今から面接っすか?」
「そうですが」

 ぶっきらぼうな返答が来る。

 クールな見た目をしており、声も透き通っている。まさにVライバーといった感じだ。

 それ以上話すことのない俺は黙りエレベーターが来るのを待つ。

 エレベーターが到着し、俺とその黒女が入る。

 黒女が14階のボタンを押すと、扉が閉まる。
 エレベーターが徐々に上がってゆく。

 緊張を紛らわしたい一心で俺は口を開いた。

「俺、志望動機とか全然考えてないんすよね。ていうか、全然寝てない」

 俺がへらへらしながら言うと、黒女は俺に顔を向ける。

「寝てない自慢うざいわ」

 さすがにカチンときた。

「寝てなくても多分、受かっちゃうなー」
「あなたのようなどうしようもない人間は、底が知れてるわ」

 オッケー。眠気覚めたわ。

「どうしようもない俺が合格して、あんたが落ちたら悔しいだろうなー。どんまい。気にするな。ていうか、底が知れてる人間のさらに下ってどこ? 下水道?」
「あなた、返しもつまらないのね。ライバー向いていないんじゃない? というか、人間向いていないんじゃない? コミュ力大丈夫? 生きてて辛くないのかしら。同情もしないわ」

 黒女は淡々と述べる。

「こ、こう見えて彼女いるし」
「イマジナリー彼女?」
「なんだよイマジナリー彼女って」
「そんなことも知らないなんて学もないのね。残念、不合格」
「なんでお前に合否を決められなきゃならないんだ」
「………」

 黒女は俺から顔を逸らし、目の前を見つめる。

「……無視かよ」

 こんなやつが合格して俺が落ちたらまじでへこむ。いや、大丈夫だ。こいつには負けない。負けられない。

 エレベーターが14階に到着し、扉が開かれる。

 黒女が颯爽とエレベーターから降りる。俺もその後ろをついてゆく。

 エレベーターを降りた先にはガラス張りの扉があり、閉められている。

 黒女は扉の横にあるインターフォンを押す。

 インターフォンから声が聞こえる。
 黒女は口を開く。

「め、面接に来たヒョウカです」

 うわづった声で言う黒女は『ヒョウカ』というらしい。
 少しして扉が開き、中に入る。

「どうして私の後についてくるのよ」
「同じ場所なんだから当然だろ。それに、お前緊張してるっぽいじゃん。俺がいた方が緊張やわらぐだろ」
「気遣いは不要だわ。不愉快な思いをするなら緊張していた方がマシ」
「お前なあ……」

 とことん不愛想なやつだ。こんなんで普通に人と会話できるのか?

 歩みを進めてゆくと、『シャイニング』と書かれた扉の前に到着した。

 扉の前にまたインターフォンがある。黒女、もといヒョウカは手を震わせながらインターフォンを押す。すると扉が開かれ、事務所内に招かれる。

 ガラス張りの部屋がいくつもあり、俺とヒョウカは受付の女性に奥の部屋へと誘導される。

 奥の部屋に入った俺とヒョウカは入り口付近の椅子があった。椅子の先には横長のテーブルがあり、そこに3席ほど椅子がある。

 ここで面接をするみたいだ。

 ヒョウカのおかげで眠気は覚めたが緊張は止まらない。
 ヒョウカが椅子に座り、その隣に俺も座る。

「緊張するよな」
「ええ」
「お前、緊張し過ぎな」

 ヒョウカは膝の上に拳を乗せ背筋を伸ばしている。しかし、腕が震えている。

「私の人生が懸った面接なのよ。あなたには分からないでしょうけど」
「俺も人生懸ってるよ」

 もしシャイニングの事務所に落ちたら俺の配信活動に希望はない。どれだけゲームが上手くても、それを見てくれる視聴者がいなければ意味がない。事務所に入って、誰かとコラボなりをしなければ俺の動画を観てくれる人の当てが無い。

 俺の動画を観てくれないということはフォロワーが増えないということだ。一週間以内に10人いなければ俺は消滅する。

 きらりに会うこともできず、
 俺の心の中から天が消える。

 俺が死ぬのは構わない。それで天国とかがあって、そこに天がいればむしろ本望だ。

 しかし生憎、俺は死後の世界の存在なんて信じていない。今、生きている瞬間がすべてだ。俺が消滅するということは、天への愛も消えるということだ。

 そうはさせない。
 俺は絶望した中でも生きて、天とともに生き続ける。


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