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「ろりーたふぁんたじー」 第1話:勇者の娘

 ワープした場所は魔王城の入り口。魔王城の中に侵入者が入らないよう常に門番がいるのだが――

「うぅ」

 門番が胸を押さえ、倒れている。私はその様子を見て狼狽する。

「何があったんですか!?」
「勇者に攻め込まれました」
「なんですって!」

 やはりそうだ。人類は常に魔王族を絶滅させるために好機を狙っているのだ。頼りにならない父の代わりに自分で勇者を倒さなければと決意する。

 私は門番から目を離し、前を見やる。

 そこには剣を持ったオレンジ髪の少女が立っていた。年齢は私と同じぐらい。

 背丈も私と同じほど。オレンジの髪は後ろで束ねられており、動くたびに馬の尻尾のようにひらひらと動く。

 真剣に見つめる目は髪と同じオレンジ色。目立った体の特徴はない。黄色のロングワンピースを着て、胴体には革のベルトを巻いている。

 こんなに若い少女が勇者なのか?
 勇者は真剣な目を私に向ける。

「あなたも退治する! 成敗!」
「っ!」

 母によって戦闘訓練を行っているものの、実戦は初めてだった。いざ敵を目の前にすると脚が震え、体が動かない。

「はあああああ!」

 少女は剣を持ち、私のもとへ走ってくる。攻撃をガードするために腰から悪魔の翼を出し、攻撃をガードする。 

 あ、そうだ!

 お母様から言われたことを思い出した。

 たしか勇者の剣は魔王族の防御を打ち破る特殊な攻撃だと。
 このままだとまずい!

 しかし体が動かなかった。私は翼でなんとか攻撃を受ける。

「せいやあああ!」

 少女が翼に剣を振るう。
 しかし、翼の防御が打ち砕かれることなく、防御ができた。それどころか、痛みがほとんどない。

 しかも、まるで剣がゴムのようにして跳ね返った。

「?」

 私は訳が分からず、困惑した。

「つ、強い!」

 強いもなにも私は何もしていない。ただ翼でガードしただけだ。

「あなたの剣は、勇者の剣じゃないのね」
「私は勇者! パパからもらったこの剣は勇者の剣だよ!」

 だとしたらすでに私はやられているのだが、少女が言うには勇者の剣らしい。

 深呼吸をする。ちゃんとお母様から教わったことを為せば、勝てる。

「ダークシャドウ!」

 私は呪文を言い放つ。すると、少女の影が動き、人の形を成したものが生成される。そしてそのまま勇者の剣を影で奪う。剣は少女の届かない高さへとやる。

「あ! 勇者の剣が!」

 少女は影に奪われた剣を必死にジャンプして取り返そうとしている。

 隙ができた。今のうちに攻撃を仕掛ける。

「ダークランス」

 私は呪文を唱え、右手に黒の槍を生成する。
 これで終わりだ。

「ちょちょちょ、サティ様やりすぎですってば!」
「え」

 門番の男が立ち上がり、私の肩を掴む。黒の槍が消える。

「あの子、勇者ですよ!」
「だからここで排除しないとならないでしょう」
「いやだから、勇者『ごっこ』ですってば!」
「は?」

 門番の必死な言い様に剣を持っていた影が消えてしまう。剣は地面に落ちる。

「あ、解けた。せいやあああ!」

 少女は剣を拾い、私に向かって振るう。それを手で受け止める。

 とても軽かった。
 剣はゴム製でできていた。

「……何してるの?」

 つい少女に問うてしまう。

「何って、魔王退治だよ! はあああ!」

 少女は力を入れる。非力な少女は力を入れても大した威力はない。というか、無力だった。

「サティ様!」

 門番の男がサティと少女の間に入る。

「くっ、しぶといね! せいやっ!」
「ぐわああああ!」

 門番の男はゴム製の剣で斬られ、叫びをあげて倒れる。

「……いやだから何してるの?」

 倒れた門番の男を見下す。

「次はあなたの番だよ」

 少女は笑みを浮かべ、私を見据える。

「……さ、サティ様。お逃げください」

 門番の男は胸を押さえ、声を振り絞る、演技をしている。

 これが今の勇者なのだろうかと私は呆れを通り越して心配を抱く。

「あの、あなたは何者なの?」
「勇者、ヒイラだよ!」
「……ヒイラ」

 サティはその名前に聞き覚えがあった。たしかお父様が勇者の子どもの話をしていたときに聞いたことがある。

 ということは、この少女は勇者の娘ということか。

 こんなのが、伝説の勇者の娘なの……?

 ドルエスト国は魔族と人類が共存し、平和な世界になっている。私が生まれてから魔族と勇者が争ったということも聞いたことがなかった。

 そして平和に私たちは暮らしている。それは人類側もそうであった。

 平和になったことにより、争いがなくなった。だから、戦う者もいなくなった。

 今、私の目の前にいる勇者の娘、ヒイラも平和に育ち、戦闘能力がないのだろうか。

「あなたは何者なの!?」

 オレンジ髪の少女、ヒイラが私に問う。

「大魔王サタンの娘、サティだけど」
「じゃあ正義執行対象だね! せいやあああ!」

 ヒイラは再び私に剣を振るう。私は剣を手で受け止め、ゴム製の剣を曲げる。

「ああ! 勇者の剣がっ」

 ヒイラは膝から崩れ落ち、ゴム製の剣を見る。

「う、う、う……うわああああああん!」

 ヒイラは大声を上げ、泣き出してしまった。

「ああ、曲がっちゃったけど、この剣はすごいから大丈夫だよ。ほら」

 門番の男が立ち上がり、剣が壊れていないことを少女の目の前に差し出し、示す。

「……直った?」

 泣きべそをかきながらヒイラは門番の男に尋ねる。

「うん、直ったよ。今日はもう頑張ったから帰ろうか」

 門番の男はあやすようにしてヒイラに言う。

「……うん、帰る。ありがとう、おじさん」

 ヒイラはぐすんと鼻をならして剣を持ち、とぼとぼと去ってゆく。

「……なんだったの?」

 目を細め門番の男に問う。

「サティ様、ダメじゃないですか」
「なにがですか」
「ちゃんと勇者ごっこに付き合ってあげないと」
「なんでそんなことしなくちゃならないんですか」
「せっかくここまで勇者、ヒイラちゃんが遊びに来てくれたんですよ。お友だちになるチャンスだったのに」
「いえ、勇者とは友だちになりませんから。というか、勇者は敵でしょう」
「それは昔の話ですよ。やれやれ」

 門番の男は両手を広げ、呆れたポーズをする。

「なにがやれやれですか。門番の仕事をまっとうしてくださいよ」
「少女と戯れるのが私めの役目です」

 門番の男は胸を張る。

「クビにしますよ?」
「本当にそれが役目なんですよ! 大魔王様にもそう仰せつかっているんですから」
「はあ」

 たしかにこの国は魔族と人類が共存し、平和な世界だと知らされていた。しかし、ここまで平和だとはさすがに思わなかった。

 敵である勇者側の心配すらした。

 これはたしかにお父様の言う通り、育成が必要かもしれないと憂いた。

 仮にも、本来は敵同士だったんだ。もっと勇者側にもしっかりしてもらわないといけないのかもしれない。

 いや、むしろこれは好機なのではないだろうか。今の人類なら魔王族が支配できるのではないか。

『でさ~、サティちゃんはその辺りママに厳しく教わってるから問題ないんだけど、他の風林火山の子たちが個性的でなかなか上手く政治をやっていくのが大変らしいんだよ。だから、その子たちのね、子守りじゃないけど、傍にいてあげてほしいんだ』

 私はお父様の言葉を思い出す。

 もしかしたら、魔王族の配下の者たちも似たようなものなのかもしれないと案ずる。

「……これは、本当に至極恐悦かもしれない」

 私はため息をつき、魔王城へと戻って行った。


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