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「How much are you?」 第15話:太陽
「仁おにいちゃん! 胡桃ね、しょるいせんこう? ってやつに受かったんだ!」
晴天の日曜日、仁と胡桃は近くの大型ショッピングモールにやってきた。
仁が胡桃に連絡したところ、そこで集合したいとのことで、仁は浮かれた気分でやってきた。
そしたら、胡桃は開口一番そう言い放った。
「すごいねくるみちゃん! やっぱくるみちゃんは最高のアイドルになれるよ! 次も絶対通るよ。通らなかったら、その事務所燃やすね!」
「物騒だよ、おにいちゃん……。でも、ありがとう。胡桃、頑張る!」
胡桃は太陽のもとに満開に咲くひまわりのような笑顔を振りまく。
その笑顔を見て、仁は今まで抱えていたストレスが浄化されてゆく。
「それで、くるみちゃん、今日はどうしてここにおにいちゃんを呼んだの? 何か買いたいものでもあるの? おお、いいよ! なんでも買ってあげるよ!」
仁は満面の笑みで言う。
「買いたいものもあるんだけど、今日は次のしんさで必要なことをするために来たの」
「審査で必要なこと?」
「うん! おにいちゃんには彼氏になってほしいの!」
「か、彼氏?」
胡桃が何を言っているか仁は理解できなかった。
たしかに自分はくるみちゃんのことが好きだ。
でも、本当に付き合ってしまっていいのだろうか……。
たしかくるみちゃんは小学3年生、8歳か9歳だろう。
俺は16歳だから年の差8か7。
アリなのではないだろうか。
仁は額に汗をかく。
仁には恋愛経験がなかった。
それは、多忙な毎日を送っていたこともあるが、恋愛対象がいなかったらからだ。
自分が恋愛感情を抱き始めたのは、つい最近のことだ。
自分はくるみちゃんのことを愛しているのか?
答えはイエスだ。
仁は決意を固め、つばを飲み込む。
すると、仁が口を開く前に胡桃が笑顔で言う。
「うん! 彼氏の体でプロモーションビデオを撮ってほしいの!」
「…………うん、いいよ」
肩を落とす。
自分の葛藤は一体何だったんだ……。
本来、バンカーが顧客の活動に直接関わることは少ない。プロデューサーやコーチ、アドバイザーを用意することはあっても、バンカーが、ましてや多忙な仁が胡桃の活動に協力することはまずあり得ない。しかし、仁にとって胡桃は単なる顧客ではなかった。
胡桃は仁にとって希望の光だった、ただそれだけだ。
仁がひとりでテンションを落としていると胡桃が首を傾げる。
「どうしたのおにいちゃん?」
「ああ、ううん。なんでもないよ。そういえば、くるみちゃんは彼氏とかいるの?」
「いないよー、でも、気になってる人はいるかな~」
胡桃が頬を染める。
「へ、へぇ……」
どこの馬の骨かわからんそいつは誰だ!?
仁は柄にもなく、感情をむき出しになり、嫉妬の炎を燃やす。
「それは、誰? 同級生の男の子?」
仁は引きつった笑みを胡桃に向け、問う。
「う~ん、ひみつ!」
胡桃は一瞬考える振りをして、可愛らしくおどけてみせる。
くっ、消す対象がわからないか……。
仁は歯噛みする。
「秘密か~、どうやったら教えてくれる?」
仁は必死に食らいつく。
「え~、そうだなぁ~。胡桃をアイドルにしてくれればいいよっ!」
「どんな手を使ってもキミをアイドルにしてみせるよ!」
仁は決意を固めた。
ショッピングモールを少し散策し、仁と胡桃は服屋に立ち寄った。
服屋は小学生専門のファッションブランドのお店で、お店全体がピンクを基調とした装飾が施されていた。
仁は入りづらい気持ちに襲われるが、胡桃のテンションは上がっていた。
「ここで撮影したい!」
「ここで? どうやって撮影するの?」
「胡桃が色んな服を着て、それを撮影して!」
「なるほど……それはいい案だね」
仁は顎に手をやる。
早速、ふたりは店内に入り、胡桃が気に入った服を何着か持って、試着室の前まで来た。
「覗いちゃめっだよ」
胡桃は手でばってんを作る。
「そ、そんなことしないよ」
「えへへっ、そうだよね」
覗いたらどうなるだろうと仁は一瞬考えてしまった。
鶴の恩返しを思い出した。
たしか、恩を返すために鶴が部屋に入り、見るなと言って鶴ははたを折った。
その機は大層出来が良く、美しいおり物を織り、殿様が高い値段で買った。
そしてまた機を織るため、部屋にこもった。
そしておじいさんはそれを覗いてしまった。
今ならそのおじいさんの気持ちがわかる……。
仁はしょうもないことを考え、胡桃が着替え終わるのを待っていた。
しばらく待つと、胡桃がカーテンを開けた。
「……どうかな?」
「すごく、すごく似合っているよ! 何て言うんだろう! すごく似合ってる!」
胡桃は花柄のシャツを羽織り、中にはピンクのシャツを着ている。
ジーパン素材のショートパンツ履き、黒のハイニーソックスを太ももまで履いている。
ショートパンツと黒のハイニーソックスから覗く太ももが眩しい。
見ていいのものか背徳感に襲われる。
「ええ~、ちゃんと撮影してよ~」
胡桃からカメラを渡される。
仁は自分のスマホで胡桃の写真を撮る。
「ああ、ごめん。すぐに撮るね」
仁はカメラを起動し、撮影する。
そういえば、このカメラ、成海を撮影したカメラと同じだな。
同じカメラだから操作はわかった。
そうしてふたりは撮影会を始める。
その服とはべつに、黄色いワンピースに白いカーディガンを羽織ったスタイル。
黒いトップスに緑のオーバーオールを合わせた可愛らしいスタイルetc.。
とにかく可愛いスタイルを仁のスマホと撮影用のカメラで撮影した。
撮影会が終わり、仁はほっこりした気持ちで胡桃とショッピングモール内のカフェに来ていた。
「いや~本当にくるみちゃんはどんな服も似合うね」
「ありがとっ、でも、全部買ってくれなくてもよかったのに……」
胡桃は苦笑いをする。
仁の元には小学生ブランドのピンクの袋が何個も置かれていた。
「言っただろ? 俺はくるみちゃんのためなら何でもするって」
「う、うん」
胡桃に若干引かれたように感じた仁だったが、それは気のせいだ。きっと、いや、絶対に喜んでいると自分に言い聞かせた。
もし引かれていたらバンカーを辞めようと思う。
「ここで撮影したいな」
胡桃が店全体を見渡し、言う。
お店は先ほどの小学生ブランドのお店と違い、落ち着いた雰囲気だった。
木造を意識した茶色の装飾を施され、ところどころに植物が置かれている。
「いいかもね、デートの体だよね。俺はくるみちゃんと話したいんだけど、彼氏役やってもいい?」
「ダメだよ~、おにいちゃんは喋らないで」
そう胡桃は言って、お口にチャックのジャスチャーをする。
「そっか……」
仁は落胆半分、胡桃の可愛さ半分で諦めることにした。
「また後でいっぱいお話しよっ!」
「うん!」
仁は笑顔の胡桃を見て、笑顔になる。
仁はしっかりとカメラを構える。
撮影が始まる。
「今日は楽しかったね!」
胡桃が笑顔をカメラに向ける。
仁は話したい気持ちをぐっと抑え、カメラをしっかり胡桃に向ける。
「いっぱい色んな服を見て、いろんなお店まわって、こうやって落ちついたカフェにいる」
胡桃は普段見せない落ちついた表情で言う。
その大人な雰囲気に仁は見惚れる。
「本当はずっと、キミと、こうしてずっと一緒にいたいな」
胡桃は頬を染めながら、上目遣いで言う。
「でも、それはできないんだよね」
落胆した表情を見せる。
「いつか、お店は閉まって、これだけいっぱいいる人もみんな帰っちゃう。それが、少し寂しいな。賑やかで、楽しいのが胡桃は好きだから。でもね、寂しいけどね、また明日になればキミと会える。そう思うと楽しくてワクワクが止まらないの!」
胡桃は寂しさを抑えながら、微笑む。
「夜は寂しい。でも、また太陽さんが昇ってくる。そうしたらキミに会える。それが胡桃にとって一番の楽しみなの! だから、また一緒に来てくれたら嬉しいな」
胡桃は満面の笑みを見せる。
その輝く姿はどこか太陽を彷彿とさせた。
そして、仁がカメラの録画を止める。
「……どうだった?」
胡桃が不安そうに尋ねる。
「最高だったよ! おにいちゃん、泣きそうになったよ……」
仁はカメラを机に置き、目頭を抑える。
「もう~、本当におにいちゃんは大げさなんだから。でも……そういうおにいちゃんのこと、好きだよ」
仁は涙を抑えられなかった。
今まで生きてきてよかったと確信する。
人生つらいことだらけだけど、今日という日を生きるために生きてきたのだと思うと、それは今日までの布石だったのかもしれないと仁は思う。
俺は、このためにバンカーになったんだな。
仁は涙を見せないために、上を向く。
涙を拭き、胡桃を真っ直ぐ見つめる。
「俺も、くるみちゃんのことが好きだよ」
真剣な告白だ。
でも、くるみちゃんはアイドルになる。
アイドルに恋愛はご法度だと聞く。
この想いが届かなくても、自分は一生、くるみちゃんを支えてゆきたいと思う。
「えへへっ、嬉しい」
胡桃も満更でもない様子で頬を染め、仁から目線を逸らす。
「おにいちゃんに会えてよかった」
「俺も、出逢えてよかったよ」
「最初は不安だったんだ。パパからせーじょうさんを紹介されて、それで、おにいちゃんを紹介してもらった」
「そうだったんだ」
やはり、瑠美菜と胡桃の父が深く絡んでいたのかと仁は改めて思う。
「うん、本当はアイドルになるのも怖いんだ」
「……そうなの?」
「うん、でもね、パパはどうしてもお金が必要だって」
「…………」
そこまでの事情があるなんて知らなかった。
自分の利益のために実の娘を利用するなんて、しかもそれがくるみちゃんだ。
仁は沸々と怒りを燃やしていた。
しかし、すぐにその怒りの炎は自分の心も燃やした。
どんな手段を使っても、金を稼ぐ。
俺も、同じなのかもしれない。
今でも気持ちは変わらない。
俺は親父を越えるバンカーに、頭取になると決めている。
そのためならどんな手段も使う。
俺は、そのためだったら、目の前にいるくるみちゃんを利用できるのだろうか。
「…………」
「どうしたの? おにいちゃん」
胡桃が不安そうに仁を見つめる。
「……いや、なんでもないよ。くるみちゃんはお父さんのためにアイドルになろうと思ったの?」
「うん、でもね、それだけじゃないよ。胡桃は本当にアイドルになりたいと思って、目指したんだ」
「うん、それならいいんだ。でも、不安じゃない? 純粋にアイドルを目指すのとは違うよね?」
まだ幼い胡桃にとって、背負うプレッシャーではない。
どうして、幼く純粋なくるみちゃんがそんなものを背負わなければならないのだ。
「くるみにはね、お姉ちゃんがいるから」
「お姉ちゃん?」
「うん、瑠美菜おねえちゃん。瑠美菜おねえちゃんも一緒にアイドルになるからね、胡桃は怖くないの」
胡桃は努めて、笑って見せる。
「そっか。それでどうして、お父さんはお金が必要なの?」
そこがこの件の核心だ。
くるみちゃんはその核心を知っているかもしれない。
胡桃はゆっくりと口を開く。
「それはね――」
衝撃の事実に仁は言葉を失った。
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