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「赤い糸を盗る」 第14話:一閃

「ふぅ、疲れた。先輩、ドリンク――って、今日はいねえのか」

 虎太郎が放課後、部活中の休憩にサッカー場のベンチに行くものの、誰もいなかった。

 いや、ひとりいた。

「ドリングですね~。どれがいいかな?」
「おお、萌黄。お前いつからサッカー部のマネージャーになったんだ。ああ、サンキュな」

 リサが元気よくドリンクを虎太郎に差し出す。

「先輩って、サッカー部のマネージャーでしょ? いない日もあるんだね」
「そうだなー、たまに普通にいねえんだよ。まあ、あの人も受験生だから忙しいんだろうけど」

 凪砂は基本的にいつもいるのだが、ふと居ないときがある。まあ、それも仕方がないと思う。

 実際、受験生の9月だ。

 むしろ、毎日マネージャーの仕事をしている方が違和感がある。どうして、毎日サッカー部のマネージャーなんてやってくれているのか虎太郎は考えなかった。

「というわけで! 今日はリサがサッカー部のマネージャーで~す!」
「生徒会は? また狐人に仕事押し付けてるんじゃないだろうな」
「今日は生徒会お休みだよ~。まあ、リサには仕事があるけどね~」
「……じゃあ、マネージャーじゃなくそっちをやれよ。それ後々、狐人が尻ぬぐいするパターンだろ」
「なんのために黒崎くんがいると思ってるの?」
「少なくともお前の尻ぬぐいのためじゃねえだろ」
「リサと黒崎くん、どっちが大切なの!?」

「狐人だな」

「やっぱり虎太郎くんは女の子より男の子の方が好きだよね」
「違う。オレは狐人が好きなんだ。あいつが男だろうが女だろうが好きだ」
「わお、リサも白髪にしようかな」

「狐人のアイデンティティが失われるからやめてやれ」

「でも黒崎くんは自分の髪にコンプレックスがあるんでしょ? リサが白髪で、狐人くんが金髪の方がいいんじゃない? そうすればリサも虎太郎くんに好かれるんでしょ?」
「そういう問題じゃねえんだよ。狐人はオレの運命の相手なんだよ」
「ネックレスの相手って黒崎くんだったの……?」

 虎太郎は思い出した。

「そうだ。オレ、ネックレス失くしちまったんだよ」
「ええ!? 嘘!? それじゃあ運命の相手に会っても結ばれないじゃん!」
「そんなことねえよ。ネックレスは必ず見つけ出す。……萌黄、オレのネックレスの当てはないか?」
「うーん、わからないかな。生徒会で取り扱ってる落とし物の中にそれっぽいのもなかったから」
「……そうか」

 虎太郎は罪悪感を抱いた。リサを疑ってしまった。リサは自分に対してどういう感情を抱いているのだろう、もしかして自分に気があるのではないか。

 もしそうだとしたら、虎太郎のネックレスを奪う動機になる。でも、リサがそんなことをするとは到底、虎太郎は考えられなかった。それでも必死だった。

 だからつい、リサを疑ってしまったのだ。

 そしてその疑念はまだ晴れない。

「もし見つけたらすぐに虎太郎くんに言うよ」
「ああ、助かる。すまん、萌黄。変なことを聞くが、もし仮にだ。オレのネックレスを奪ったやつがいたとしたらどういう理由で奪うと思う?」
「虎太郎くんは、ネックレスを奪った人がいると思っているの?」
「ああ、いや、仮の話だ」
「うーん、あり得るとしたら虎太郎くんに嫉妬してる人じゃないかな」

「オレに嫉妬してるやつ?」

「うん。虎太郎くんはいっぱい色んな人から好かれてるけど、この学校全員に好かれてるわけじゃないよね。虎太郎くんに嫉妬してる人もいると思う。そんな虎太郎くんを困らせたいと思っている人もいるんじゃないかな」
「でも、オレのネックレスの意味を知ってるやつはそんなにいねえと思うんだけど」

「それが違うんじゃない?」

「違う?」

 虎太郎は首を傾げる。

「意味を知ってなくても、常に付けているんだから大切なものだって気が付くと思うんだ。だから、ネックレスを付けてることを知っている人が嫌がらせで盗んだっていうのは考えられない?」
「つったって、オレがネックレスを付けてること自体知らないやつの方が多いぞ?」

「サッカー部ではそうじゃないんじゃない?」

「え?」
「サッカー部では制服と違ってネックレスが見やすいと思う。だから、同じサッカー部の人なら虎太郎くんがネックレスを付けてることを知ってると思うよ」
「……サッカー部の中に、オレのネックレスを奪ったやつがいるってことか」
「ああ、ううん! 飽くまでリサの考えのひとつってだけだから! 参考程度にね! リサの中でそれが一番、可能性が高いんじゃないかなって思っただけ。
 だって、虎太郎くんのネックレスの意味を知ってる人の方が圧倒的に少ないじゃん?」

「……ああ、たしかにな。オレのネックレスの意味を知ってんのは、狐人、桜、そして萌黄」

「……もしかして、リサのこと疑ってる?」
「いや、そういうんじゃねえんだ」
「いや……そうだよね。たしかにリサが虎太郎くんの立場だったらリサを疑うと思う。でもそれってさ、リサが虎太郎くんのことをどう思っているか、わかってるってことだよね」

 ネックレスの意味を知っているリサが奪うということは、虎太郎の恋路を邪魔するのが目的だ。

 裏を返せば、それはリサが虎太郎に想いを寄せていることになる。
 リサを疑うことは、リサが虎太郎を想っていることの裏付けになってしまう。

「……だから、オレはお前を疑っていない」

 虎太郎はリサから目を逸らす。
 リサがはおそらく自分に好意的な感情を抱いていると虎太郎は思っている。

 だが、それは自意識過剰で、仮に恋愛感情を抱かれていても、こんな形で想いを伝えるなんてことはないと虎太郎は思いたかった。

「そっか……」

 リサは寂し気に笑い、俯く。

「変なこと聞いて悪かったな。一応、お前の意見を聞きたかっただけだ。疑うようなこと言ってすまん」
「ううん、いいよ。それぐらい虎太郎くんにとっては大切なものだもんね。それに……その」

 リサが言いよどむ。

「なんだ?」
「……………どうしてこのタイミングでネックレスがなくなったんだろうね」
「何か、このタイミングでなくなった意味があるっていうのか」
「もし、奪う人がいたら、そうなんじゃないかな。何かに気づいたんじゃないかな……」
「何かってなんだよ」
「何か心当たりはないの?」

――このタイミングで盗まれる心当たり?

 タイミングと言えば夏休みが終わったこと。夏休み終わり、学校が始まったこと。

 そして――
 転校生、銀杏竜美が来た。

 虎太郎の中であるひとつの可能性が浮かんだ。

「……銀杏、竜美」
「転校生、だよね」
「あいつが、奪ったのか?」
「どうだろう。でも、その転校生がネックレスを奪う理由はあるのかな」
「ない、よな」
「だとしたら、他の可能性はなんだろう」

 他の可能性。竜美がこの金曜高校に転校したタイミングでネックレスがなくなった。
 それは何か重要な情報であることが虎太郎の中では確信した。

「もしかしたら、銀杏が――」
「確かめてみる必要があるんじゃないかな」
「そう、だな」
「それじゃあ、リサは帰るね」
「あ、ああ」

 リサはゆっくりとベンチから立ち上がり、サッカー場へと去って行った。

 虎太郎はベンチに座る。
 竜美が転校したタイミングでネックレスがなくなった。そこに何か意味があるとしたら可能性はふたつだ。

①     竜美に何か不都合があって虎太郎からネックレスを奪った。

②     虎太郎の前に竜美が現れたことによって不都合になる人物がいた。

 仮に竜美に不都合があるとしたらなんだと虎太郎は思考する。虎太郎がネックレスを持っていることに不都合がある。

 そこにどんな不都合があるのか。ないと考える。

 次に、竜美が現れたことによって不都合になる人物がいる場合。これはわかりやすい。虎太郎と運命の相手をひきあわせないためだ。

 だとしたら、虎太郎の運命の相手は――


 銀杏竜美、ということになる。


――これは、確かめなきゃなんねえな。


 虎太郎は顔を上げ、ベンチから立ち上がる。

   ×    ×

「今日も旨いな!」

 虎太郎が子猫特製の大盛牛丼を勢いよく食べる。

「よかった、今日はご機嫌だね。お兄ちゃん」

 子猫はそんな美味しそうに食べる虎太郎の様子を見て喜び、微笑む。

「まあな」
「学校で何か良いことがあったの?」
「狐人に下剤を盛られた」
「お兄ちゃんはドMなの?」
「やり返してやった」
「人生、楽しそうで何よりだよ……」
「もうすっかり腹ん中空っぽになっちまったからいつもよりも飯が旨く感じるわ」
「そっか。それじゃあ、今度から毎日下剤服用すれば? 下剤がないと美味しく感じられないんでしょ?」

 子猫は不満そうに言う。

「そういう意味じゃねえよ。普通にいつも通り旨いから。あ、そうだ」

 虎太郎は思い出したように鞄から袋を取り出す。

「ん? 何それ?」

 子猫が目を細めて袋を見る。

「今日、家庭科の調理実習があってよ。クッキーだ」
「焦げてない?」
「そこがまたいい。お前にはやらねえぞ?」
「いや、べつに欲しいなんて思ってないけど……」

 虎太郎は袋の中に入っている黒のクッキーを見る。竜美が作ったクッキーだ。

 銀杏竜美。

 虎太郎にとってただの転校生のクラスメイトではなくなった。

 もしかしたら、虎太郎の運命の相手の可能性が浮上した。今はまだ関係が険悪だが、もし自分が運命の相手だと信じてもらえれば、見方を変えてくれるかもしれない。

 しかし、そんなことよりも、やっと、自分の運命の相手に再会した可能性があることに虎太郎は有頂天だった。

 昔の記憶がよみがえる。
 たしかに虎太郎の運命の相手は長い黒髪だったと思い出す。

 しかし、それ以上は思い出せなかった。名前を教えあったかも覚えていない。どうしてネックレスを交換したかも忘れていた。

 だが、それでもだ。10年以上の恋がやっと見えるかもしれないんだ。

 見逃すわけにはいかない。そう虎太郎は決めた。

「ところで、そのお兄ちゃん特製の危険なクッキーはちゃんと自分で食べるんだよね? もったいないから捨てないでよ」
「捨てねえし、これはオレが作ったんじゃねえよ」
「あ、そうなんだ。失礼なこと言っちゃった。誰からもらったの? どうせまた、お兄ちゃんのことが好きな人でしょ?」
「いや、違う。むしろ、オレの好きな人かもしれん」
「えっ、そ、そんな……」

 子猫は驚き目を見開き、動揺する。

「そんな驚くことか? いやまあ、オレも驚いてっけどさ」
「お兄ちゃん、運命の相手の人以外に好きな人ができたの?」
「いやちげえよ。運命の相手がみつかったかもしれねえんだ」
「嘘……。どうやって見つけたの?」
「いやまだ全然確証はねえんだけどさ。なんとなくその可能性が出てきたってだけだ」

「ど、どうやってその可能性にたどりついたの?」

「転校生いただろ? あいつが来た瞬間、ネックレスがなくなった」
「それでどうしてその結論に至ったの?」
「そ、それはだな……」

 虎太郎の推測が正しいとなれば、自分に好意を抱いている人間が、その恋路を邪魔するためにネックレスを奪ったことになる。

 そんな人物がいるというのは自意識過剰だと虎太郎は思うが、リサの推測が正しければ、必然、その結論にたどりつく。

 しかし、子猫にどう説明したものかと虎太郎は悩む。

「……気のせいなんじゃないの?」
「た、たしかにそうかもしんねえけど、というか、その可能性の方が高いんだけどさ。でも、確かめてみてえんだ」
「もし、その人が本当に運命の相手だったら、どうするの?」

「前も言ったけど、仲良くなりてえよ。でも、今のところそいつとはあまり仲良くなれてねえからな。
 でも、そいつがオレの運命の相手だったら、少しは見方を変えてくれるかもしれねんだ。そうしたら、オレの恋がやっと叶うかもしれねえから」

「でも、その人は他に好きな人がいる可能性もあるよね」
「そう……だな」

 虎太郎はその可能性も考えていた。前に虎太郎、狐人、芽衣、竜美の4人で昼食を摂ったとき、竜美はこう言っていた。

『私に好きな人がいるという前提で話さないでもらえる? ……そんなのいないわ』

 この言葉が本当なら、仮に運命の相手が竜美でも、もう好意を抱いてもらえないかもしれない。虎太郎の片思いになってしまう。

――それでも、

「それでも、オレは好きな人に真っ直ぐ向き合う」
「……お兄ちゃんはやっぱり馬鹿だね」
「なんでそうなるんだよ!?」
「どう考えたってお兄ちゃんの片思いじゃん。たしかにお兄ちゃんはモテるけど、仲は険悪なんでしょ? やめときなって。傷付くだけだよ」

「『晴れのち晴れ』。きっと、上手くいく」

「……そっか。じゃあ、勝手にすれば」
「言われなくても勝手にする」

 虎太郎は話す中、夕飯を完食する。

 そして、自室に戻り、スマホで電話を掛ける。しばらく電話は繋がらない。

「狐人!」
『…………もしもし。どうしたの?』

 狐人が少し気だるげに電話に出る。

「おお、なんか悪い。寝てたか?」
『ああ、うん。ちょっとね。ごめん今都合悪いから後で掛け直していい?』
「おう、すまんかった」

 そうして通話を切る。

 虎太郎は罪悪感を覚える。下剤の量が多かったのかもしれない。さすがに悪ふざけとはいえ、体調を崩させてしまったのは申し訳ないと、今さらおかしな反省をする。

 それから30分程経ち、狐人から電話が掛かってきた。

『もしもし、虎太郎。ごめんね』

 まだ少し気だるげに電話の先で狐人が言う。

「すまん、さすがにやりすぎた」
『なにが』
「下剤、盛り過ぎた。体調大丈夫か」
『本当にその通りだよ。さっきまでずっとトイレにこもってたんだから』
「大便中だったか」
『おかげさまでお腹の中空っぽだよ。ああ、お腹減った』
「飯食ってねえのか? また後で掛け直すか?」
『いや、いいよ。そんな夜通し話すような内容じゃないんでしょ?』

「ああ、すぐ終わる。狐人! 今度4人で遊びに行こうぜ!」

『4人って、虎太郎と僕と、桜さんと銀杏さん?』
「おう! そうだ!」
『部活があるんじゃないの?』
「ああ、日曜は中止になった。灰音先輩と相談して、たまには部員を休ませた方がいいってことになってな」
『そうなんだ』
「おう! だからさ日曜、行くぞ!」

『ホ、ホントウニ言ってる?』

 狐人は動揺して片言になっている。

「ああ、マジだ! 気になることを確かめたいんだ」
『気になること?』
「聞いて驚くなよ?」
『その前振り、期待しないでいいんだよね』

「オレの運命の相手が見つかったかもしれない」

『…………』

 電話の先で狐人は無言になる。

「あれ、もしもーし!」
『ああ、もしもし。ごめん、まさか本当に驚かされるとは思わなかった。何? 運命の相手って銀杏さんの可能性があるの?』
「おおよくわかったな。でも可能性はなんとも言えねえんだけどな。でも、確かめたい」
『じゃあ、ふたりで行ってきなよ。どうして僕たちまで巻き込むのさ』
「お前も桜と仲良くなりてえだろ?」

 虎太郎はニヤニヤと笑みを浮かべながら言う。

『た、たしかに。そ、そうだけど、急に遊びに誘うなんて僕には無理だよ』
「オレが誘ってやるよ」
『断られたら僕が原因だと思って不登校になるけどいい?』
「卑屈すぎんだろ。大丈夫だって! きっと、上手くいく」
『……ちゃんとアプローチの手伝いしてよ?』
「ああ、もちろんだ。その代わりと言っちゃなんだが、銀杏がオレの運命の相手かどうか確かめる手伝いしてくれよな」
『うーん、まあ、いいよ。わかった』
「よし! じゃあ、日曜にショッピングモール集合な!」
『う、うん。わかった』

 そうして狐人は了承し、通話を切った。

「見つかったかもしれねえんだ」

 虎太郎は笑みを浮かべる。


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