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「How much are you?」 第20話:真相

 事務所の一件があった翌日、霞の家に仁が赴く。
 事務所で九条と話した旨を説明し、霞は唸る。

「うーん……どういうことだろうね」
「ええ、頭がこんがらがりそうです」

 霞はソファに寝転んでいたが、体を起こす。

「こういうときは一旦、今の状況をすべて整理して考えてみよう」
「はい」

 ここまでの経緯を振り返る。

 まずは、時系列から。

・瞭綜学園と聖城は瑠美菜がアイドルとして活躍することを確信し、特別推薦コースに入学させた。

・しかしここ1年間、瑠美菜はアイドル事務所のオーディションに落とされている。

・そんな中、瑠美菜が仁に個人株出品のお願いをする。

・聖城が胡桃を仁に仕向けさせる。

・仁が胡桃を支援している間に聖城が瑠美菜を支援するよう誘導する。

・アイドルオーディションで胡桃は合格させ、瑠美菜を落とす。

・それが、瑠美菜の価値を最ももたらす。

・そこで得た利益はすべて仁に帰属する。

「こんなところでしょうか」
「そうだね。まあ、最後のはキミに対する口封じということで間違いないだろうね。逆にいえば、とても口外できる内容ではないことだとも言える」
「そんな危険な片棒を担ぐわけにはいきませんよ。たとえ膨大な利益が出ても、爆弾を抱えればそれは不利益だ」
「うん。でも、その危険なことをしようとしているのが事務所の九条と話してわかったね。グッジョブだよ仁くん」

 霞はグッドポーズを仁に向ける。

「ありがとうございます。でも、危険なことってなんでしょう」
「なんだろう。でも、キミに利益を与えるということは、聖城くんはその件に関して身を引き、キミを隠れ蓑しようしているのかもね」
「ちっ、そんなことさせてたまるか」

 仁は母を思い出す。

 インサイダー取引を誘導させ、銀行から排除させ、病気に追い込んだ。
 それを思い出し、仁は余計に怒りの炎を燃やした。

「そうだね。そんなことはあってはならない。考えてみよう。瑠美菜ちゃんを落とすメリットはあるのか」
「それはひとつ考えられます。まず、成海にはアイドルとしての素質がいまいちです。だから、もっと訓練を重ねてからアイドルにさせる」
「うん。でも、それが目的ならここまでややこしいことにはなっていないはずだよ」
「それもそうですね」

 仁は顎に手をやり、考える。

「じゃあ、次。瑠美菜ちゃんを今、事務所のアイドルとして売り出すことのデメリットはなんだろう?」
「さきほどのことがありますが、そこが見えない。事務所が成海を利用しようとしていることから、成海を今後、事務所のアイドルとして売り出すことは目に見えている。それでも、今ではない。それがどうしてか……」

「端的に考えてみよう。いま、瑠美菜ちゃんを売り出すことによるデメリットは?」

「今の成海は事務所に大きな利益を及ぼさない」
「そうだね。でも、時間が経てば大きな利益をもたらす人材になる。それはなぜか……」

「時間が経てば、起こること……」

 仁は閃きかける。

「最後に、時間が経てば大きなデメリットを負う人物は誰か」

 霞はすでに気づいているようだ。

「大きなデメリットを負う人間。成海瑠美菜」
「どうして?」

「成海は母の治療費を稼ぐために、アイドルになろうとしている。しかも、それを1日でも早く」

「でも、聖城くんをはじめ、学園、瑠美菜ちゃんのお父さん、事務所はそれをさせない」
「なぜだ」

「都合が良いからだよ」

「都合が良い?」
「うん、もし瑠美菜ちゃんがアイドルとして成功したら、それらはすべてお母さんの治療費に回される。それは、瑠美菜ちゃんのお父さんとしてはデメリットだよ。もし、お母さんが亡くなれば、その利益は間接的に自分のものになる」
「……仮にも元妻だというのに」
「そして、事務所と学園の利益としては、亡くなった母のために、母に届くように輝くアイドルを育成できる。時間を掛けた分、アイドルとしての力量も増えた段階でね」
「そんな計画、あってたまるか」

「おそらく、それが真実だよ」

「でも、気になるのは聖城です。どうしてそんな計画に加担したんでしょうか」
「こんなやり方、むしろ聖城くんじゃなきゃ思いつかないよ。でも、おそらく、聖城くんの目的はやっぱり瑠美菜ちゃんだろうね。天国の母に想いを届けるアイドル。それらを見守る民衆。それが彼の見たい世界」

「そんなことのために人ひとりの命を捨てるっていうのか!」

「…………」

 仁は冷静さを失い、怒り叫ぶ。
 霞はそんな仁を受け入れ、何も言わない。

「そんな計画、俺がなんとしても食い止める」
「うん。キミならできる」

 霞は立ち上がり、仁の後ろに立つ。
 そして、背中を強く叩く。

「行ってこい!」
「はい!」

 仁は決意を胸に、歩みを進める。

   ×    ×

 胡桃の住所は契約時点で知っているため、胡桃の父親が住む家まで仁はやってきた。
 胡桃は今日、出掛けているようだ。
 一般的な家だった。

 黒い屋根に白い壁。駐車場が二台あり、表札があるところは石畳でできている。

 まずは父親だ。

 こんなふざけた計画を止めさせるために仁は直談判することにした。

 家には、胡桃の件で話があると言うと、簡単に入れた。

「お邪魔します」
「狭いところで悪いね。先客がいるんだがいいかね?」
「先客?」

 仁は眉間に皺を寄せる。

 胡桃の父、誠二が仁を客間に招く。

 すると、そこには想像を絶する人物、聖城真白がいた。

「っ!」
「やあ、桐生くん。待っていたよ」
「待たれる理由はないと思うが」
「時間が経てば、キミが真実に辿りつくのは目に見えていた」

 聖城がそう言うと、誠二は顔を青くする。

「聖城さん。この男は例の件を知ってるんですか?」
「ええ、間違いなく。でもご安心ください。彼にはこの計画を止めることができない」
「悪いな聖城、止めにきた」
「キミに何ができる?」

 たしかに、真実に辿りついたからといって仁にできることはない。
 しかし、聖城や誠二の態度からやはり例の件が真実だということがわかった。

 仁は舌打ちする。

「俺は利益を受け取らない。そうすれば口封じはできないだろう」
「キミにそれができるのかい?」

 聖城は飄々とした態度で笑う。

「なんだと」
「成海瑠美菜を真のアイドルにすればキミが得る利益は膨大だ。その利益を、キミは手放すというのかい?」
「こんな腐った計画に俺が賛同すると思うか」
「キミは、賛同せざるを得ない」
「要領を得ないな。俺は何と言われても首を縦に振るつもりはない。たとえ、成海がアイドルになれても、それは成海の本意ではないからな」
「彼女には輝く才能がある。その才能を開花させない理由がない」
「それで人ひとりの命がなくなるんだぞ!」

 仁は怒り、叫ぶ。

「そういう、運命なんだよ」

「は?」
「彼女が輝くための、運命なんだ。それは、彼女のお母さんも望んでいるんじゃないかな」
「そんなわけないだろ」
「成海瑠美菜の母、留美子は瑠美菜の夢を知っている。そして、僕が関わればどんな手段を講じても立派なアイドルにしてみせると言っている。母も娘の夢が叶うことを望んでいるんだよ」
「…………そんなわけ、ないだろう」

 仁は瑠美菜の母と会ったことがない。
 どこまで真実かわからない。

 仁が顔を歪ませていると、聖城は微笑む。

「そういえば、キミのお母さんは元気かい?」
「っ」

 仁の顔が青ざめる。

「本当に気の毒な事件だったね。同情するよ。いや、思い出すだけで怒りが湧いてくるよ」

「お前に何がわかる!」

「わかるよ。キミがお母さんのために頑張っている素晴らしい人間だっていうことがね」
「わかったような口をきくな」
「キミはお母さんが元気になるためならどんな手段も厭わない。頭取であるお父さんを越えるため、金に執着している」
「…………」

 どうしてそのことを知っている。
 霞どころか、誰にも話していない。
 仁は驚きを通り越し、気持ち悪さを覚える。

「キミがこの案件に協力してくれればキミは今までにない富を築くことができる。さらに上からの評価もうなぎ登りだろう。キミの野望を果たす運命が今、キミの前にあるんだよ」

 聖城は優しく諭すように言う。

「……それでも、成海の真意ではない」
「本当にそうと言い切れるのかい?」
「なに」
「悲しいお知らせをしよう。もう、成海瑠美菜の母の命は間に合わない。今のままではね」
「なに」
「だとしたら、せめて、彼女の夢を叶えることをしてあげた方がいいんじゃないかい? 彼女はアイドルにどうしてもなりたい、その気持ちはキミが一番わかっているはずだよ」

 瑠美菜がアイドルになりたいという気持ちは、たしかに仁が一番わかっていた。
 才能がないながら、毎日のように路上ライブをして、今もアイドルになるために必死に鍛錬に励んでいる。

 そんな瑠美菜がアイドルになるのを、仁も何よりも望んでいる。

「答えは今すぐじゃなくていい」
「……」

 仁は何も言えなかった。
 聖城は立ち上がり、仁の肩に触れ、去る。

「キミの夢の輝きに、期待しているよ」

 聖城が去り、誠二が口を開く。

「そういうことだ。桐生くんと言ったね。これ以上、この件には関わらないでくれ」

 そうして仁は成海宅を後にした。


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