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「赤い糸を盗る」 第18話:叶わない

 9月2日。

 今日は生徒会活動がないためリサは虎太郎の部活の応援に行こうと思っていた。そのとき、スマホからメッセージが届いた。

リサ・・、生徒会室に来てほしい』

 リサは寂し気にその画面を見た。

『うん、わかった』

 端的にメッセージを返し、リサは生徒会室に向かった。


 リサが生徒会室に入ると、すでに狐人はソファに座っていた。

「ごめんね。今日は虎太郎の応援をする予定だったかな」

 狐人が薄く微笑み、立ち上がる。そしてそのまま狐人は生徒会室の扉の鍵を閉める。

「うん」

 リサはいつもの明るい笑みを見せず、おとなしく言う。

「とりあえずさ、座ろうよ」

 狐人はソファに腰を落とし、隣に手をぽんぽんと叩く。リサは言われた通り隣に座った。

「今日はどうしたの?」

 リサが尋ねる。

「寂しくて」
「……寂しい?」
「昨日の朝はふたりで虎太郎の朝練を見に行ったでしょ? もしかして、僕とふたりきりなのが嫌なのかと思って」

 9月1日の朝。始業式が行われた日。リサはいつもより早く登校し、新聞部の夏休み特集の検閲をしていた。

 そのときに狐人は現れた。

 狐人はふたりきりなのが嬉しかったが、リサはすぐに虎太郎の朝練を見に行こうと言った。

「そ、そんなんじゃないよ! たしかにちょっと、その、黒崎くんと家以外でふたりきりなのは少し恥ずかしいなって思っちゃったけど、べつに、嫌とかそういうんじゃないよ!」

 リサは両手を振り、否定する。

「本当に?」
「本当だよ!」
「そっか、それならよかった」

 狐人はどこか寂し気に微笑む。
 傷つけてしまったのだろうか。リサは懸念した。

「ごめんね、寂しい気持ちにさせちゃって」
「いいんだ。でもやっぱり少しつらいかな。リサ・・はそこまで虎太郎のことが好きなんだなって思って。なんだか、やっぱり僕ってリサにとって何でもない存在なんだろうなと思って」

 狐人は上を向き、呟く。

「ご、ごめん。でも、黒崎くんはリサにとって何でもない存在じゃないよ」
「でも、僕は飽くまでキミのプロデューサーでしかない」
「リサにとってそれは、とても大切な存在だよ」
「僕にとっては、リサが何よりも大切な存在だよ」
「……うん、ありがとう」
「だから、今日は一緒にいてほしい」

 狐人はリサの手を取り握る。

「うん、わかった」

 リサも手を握り返す。

「ああ、そうだ」

 狐人は何かを思い出したかのように口を開く。

「どうしたの?」
「リサに言わなくちゃならないことがあるんだ」
「なに?」


「虎太郎の運命の相手が見つかった」


「うそ」
「本当だよ。このままじゃ虎太郎とその子は結ばれる」
「そ、それは、」
「大丈夫だよ」

 狐人が強く手を握り、リサに微笑みを向ける。

「僕がいる」
「……黒崎くんが?」


「僕がその運命を断ち切ってみせるよ。そうすれば虎太郎とその子は結ばれない」


「黒崎くん、何をするつもりなの?」
「ネックレスは僕のもとにある。でも、それは本物かどうかわからない。だからリサにお願いしたいんだ」
「なに?」
「虎太郎が今、ネックレスをしていないかどうか確認してもらいたいんだ」
「どうやって?」
「こうすればいい」
「っ!」

 狐人はリサを抱きしめる。

「これでネックレスがあるかわかるでしょ?」
「そ、そうだけど」

 リサは抱きしめられたまま声を発する。

「本当は、こんなやり方してほしくない……。本当は、本当は……僕がずっと……こうしていたい」

「わかったよ」

「え」
「ネックレスがあるかどうか確認してくる。それで、またここに帰ってくるよ」
「いいの?」

 狐人はリサから体を離す。

「寂しい思いさせちゃったお詫びにね」

 リサは笑って言う。

「ありがとう。待ってるよ」
「うん、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」

 リサは生徒会室を後にし、サッカー場に向かった。


 リサは狐人の言うことに逆らえなかった。虎太郎と運命の相手が結ばれるのを防ぎたい。

 もちろんその気持ちがある。でも、リサは狐人の想いを無下にできなかった。


 1年前。まだリサと狐人が1年生の頃。リサは虎太郎に恋をした。

 そして虎太郎に近づくため狐人にも近寄った。

 狐人はすぐさまリサの想いを知った。話してゆくうちに狐人とリサも仲良くなった。そして、狐人に知らされた。


『虎太郎には、運命の相手がいるんだ』


『運命の相手?』
『うん。虎太郎は昔出逢った女の子にずっと恋をしている。今も尚ね』
『だから虎太郎くんは誰の告白もオーケーしないんだ』
『そうなんだ。だから萌黄さんには、傷つく前に言っておきたかったんだ』
『……そ、そっか。そうなんだ。ありがとう』
『でもね、好きでい続けたら想いはいつか届くと思うんだ。そう、思いたいんだ』
『思いたい?』


『うん、僕が萌黄さんを想い続けているようにね』


『っ!』

 リサは動揺する。

『驚かせちゃったかな。前々からアプローチしてたんだけどな。気付いてもらえないものだね』
『そ、それは……』
『でも、虎太郎もそうだ。あいつも、気が付いていない』
『そう、だよね』

『気付いてもらえない虚しさ、僕はわかるよ』

『ご、ごめんなさい』
『何を謝ることがあるの。僕は、こうしてちゃんと想いを告げることができた。たとえ、報われなくても、それでも、いつか僕の想いが届いてほしいと、そう思ってるから』
『でも、リサには……』


 狐人の気持ちをリサは理解してしまった。届かない想い。気付いてもらえない好意。

 たとえ気付いてもらっても叶わない恋。

 その気持ちを抱いているのはリサだけじゃなかった。しかも、それが近くにいた狐人が自分に対してそういった感情を持っているとは思わなかった。

 罪悪感に苛まれた。リサはどうやって虎太郎に近づくかを狐人に相談していた。

 でもそれは狐人にとってとても残酷だった。どうして、今まで気付いてあげられなかったのだろう。

 リサは自分の不甲斐なさと、虎太郎に自分の想いが届いていないという実感に虚しさを覚えた。

 でも、やはりリサは狐人の想いをすべて受け入れることができなかった。だから、ちゃんと言わなければならない。

 狐人も分かってくれるはずだ。

 自分が虎太郎をどれだけ想っているかは、一番狐人が理解してくれるはずだった。
 リサが口を開こうとした瞬間、狐人がそれを遮った。


『僕に萌黄さんのプロデュースをやらせてほしいんだ』


『ぷ、プロデュース?』
『うん、萌黄さんが虎太郎と結ばれるためのプロデュースをやらせてほしいんだ』
『で、でもそれって、黒崎くんにとって……』
『うん、とてもつらいことだよ。でも、それでも、僕は好きな人に幸せになってほしい』
『…………』

 リサは何も言えなかった。どうして狐人はここまでしてくれるのだろう。リサが狐人の立場になったら同じように言えるだろうか。

 虎太郎が運命の相手と結ばれるために自分は自分の気持ちを犠牲にできるだろうか。

 きっと、できない。

 リサにはできないことを狐人はやろうとしている。それは、自分の好きな人に幸せになってほしいから。その気持ちはわかる。

 でも、そこまでのことをリサはできる気がしなかった。それを思う反面、狐人が自分をどれだけ想ってくれているかを理解してしまった。

 それに気付いてあげられなかったこと、そしてこれからも自分の想いに反して、リサの恋路をサポートする。

 そんな罪悪感、リサには耐えられなかった。

『胸が張り裂けそうだ。でも、でも……僕は、それでも! 萌黄さんに幸せになってほしい』
『……そこまで、しなくていいよ』
『いや、させてほしいんだ』

 狐人は真っ直ぐ真剣な表情をリサに向ける。

『……どうして?』

『そうすることでしか、僕はもう萌黄さんと一緒にいられない』

『っ』
『だから、せめて、一緒にいさせてほしい。僕の気持ちを受け入れてほしいなんて言わない。だけどせめて、萌黄さんの気持ちが虎太郎に届くまで、一緒にいさせてほしい』

 そんな風に言われてしまったら何も言えない。なぜなら、狐人の想いを、下手したら自分よりも強い想いを抱いてくれている人の気持ちを踏みにじることなんてできなかった。

『……でも、もしそれでリサの想いが虎太郎くんに届いたとき、黒崎くんは――』
『言ったでしょ? 僕は大好きな萌黄さんが幸せになってほしいって。でも、ごめん。僕もつらいだけだとやっていけないんだ。だからせめて、一緒にいてほしい。

 来年の生徒会で一緒になってほしい。そうすれば、虎太郎との関係も今より深くなる。お願いだ。僕と一緒に、キミの願いを叶えよう』

 狐人は寂しそうに微笑む。

『黒崎くんは本当にそれでいいの?』
『それしか、できないんだ』

 狐人は俯く。

 今、狐人はどんな気持ちなのだろう。きっと、自分には背負えないほどの葛藤があるのだろう。

 でも、そんなになってでも、自分を想って、応援してくれる人がいるなら――

『わかった。一緒にいる』
『本当に? いいの?』
『うん。今まで気付いてあげられなくてごめんね』

『いいんだ。やっと伝えられた。この想いがいつか本当に受け入れてくれる日が来たらいいな』

 狐人は顔を上げ、薄い微笑みを浮かべる。

『うん』

 リサはそれ以上何も言えなかった。

 そうして狐人とリサはふたりで会うことが増え、狐人の想いを少しでもリサは受け入れるようにした。狐人の気持ちを否定することができなかった。そんな残酷なこと、リサにはできなかった。

 今でもその関係は続いている。生徒会がない日や、生徒会で二人きりになるときに狐人とリサは狐人の想いを受け入れる。そんな関係が今も、続いている。


 9月2日。放課後。リサはサッカー場で虎太郎に抱きつき、ネックレスがないことを確認した後、リサは生徒会室に戻り、狐人を慰めた。


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