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短編小説「魅惑の自販機」

台風が近づき、風が吹き荒れるある夏のことである。

午前中の仕事が終わり、休憩に入る時間帯。

喉が渇いたので、自動販売機へコーヒーを買いにいくことにした。

いつも使っているビル一階の自販機は故障中だったため、外に出て路地を一筋入った場所にある自販機までコーヒーを買いに行くことにした。

その自販機は他の自販機と比べ、デザインが少し変わっている。眠たそうに目を擦っている猿、バナナを食べて上品に口を隠す猿、ヘッドフォンで音楽を聴いている猿など独特なイラストが描かれている。

自販機の側面を見ると、アブハチトラズと書かれている。
会社名らしい。聞いたことがないな。

どのコーヒーを買おうか吟味していると、売られているペットボトルや缶コーヒーのラベル部分にはどれも妙な文字が刻まれていることに気づく。

『出世に効果あり』
『恋愛運アップ』
『金運アップ』
といった文字である。

また、自販機の一番上には「持続的な効果あり!これを飲んで生まれ変わろう!」というポップまで貼られてある。

朝のニュース番組でよくある占い程度のものかと、鼻で笑いつつ『出世に効果あり』と書かれた缶コーヒーを買った。

試しに飲んでみると、なんの変哲もないコーヒーだった。

この時は、このコーヒについて、企業も変わった売り方をするなとぐらいにしか思っていなかった。

休憩時間が終わり、何事もなかったかのようにオフィスへと戻ることにした。

自己紹介が遅れたが、僕は営業部で働いている。

同じ営業チームのなかでも、誰からも信頼されているリーダー的な存在の田中課長。そして、中堅の少し気難しい性格の永田さん。最近入ったばかりの新人、小川さん。パートの佐々木さん。そして僕、佐藤である。

僕はその中でも中間管理職のポジションについていた。

いつものように、まずは、営業で使う資料をまとめ、一通り自分の仕事を終わらせる。

その後は、頼まれた仕事をこなす時間である。

頼まれた仕事をこなすとき、優先順位としては、期日が迫っているものを除けば、目上の人から頼まれた仕事を先に処理するようにしている。

こう言うと聞こえが悪いかもしれないが、上の人から頼まれる仕事ほど大事な仕事である場合が多い。

また、出世欲のある僕にとって、上の人の機嫌を伺うのは大切な仕事である。出世するには上からの評価がものを言う世界なのだ。

いつものように、課長に頼まれていた顧客リスト作成の仕事をやろうとした時だった。

『-5点』

どこからか、機械音のような人の声が聞こえた。
周りを見渡してみたが、他の人には聞こえてないようである。

-5点?どこから聞こえるのか、ちょっとした恐怖を覚えたが、気のせいだろうとそのままやりすごす。

次の作業に取り掛かる。次は中堅社員である永田さんから頼まれた仕事をこなす。永田さんからは、商品の売上の統計をとって資料にまとめて欲しいと言われていた。

『+7点』

仕事にとりかかろうとしたその時、またもや、機械音のような人の声が聞こえた。

+7点?今度はその音がどこから鳴っているか確実にわかった。

休憩時間に買った缶コーヒーからである。

出世に効果ありと書かれた缶コーヒー。

もしや、鳴り響いている点数は、出世と何か関係あるのだろうか。

缶コーヒーから人の声が聞こえているという異常な状況下では、そのような仮説を馬鹿にする気にはなれなかった。

ものは試し、缶コーヒーから聞こえる点数をもとに、仕事を進めていった。

缶コーヒーから聞こえる声を頼りに黙々と仕事をこなした。

気づけばもう退勤時間になっている。

もうそろそろ帰る時間だと、席を立とうとした時、社長から声をかけられた。

「佐藤くん、最近営業成績が良いね。役員の間でも話題になっているよ。
出世とかは興味ない?ちょうど役員が1人定年退職するから、空いたポジションに誰か推薦しなきゃいけないんだけど、佐藤くんどうかな?昇進すれば給料もあがるからね。」

「え、僕なんかが良いんですか?僕の前に、田中課長とか永田さんもいるじゃないですか?」

「田中くんはあと半月で、転職しちゃうからさ。それに、永田くんは中堅といえども、中途で入ってきたから、この会社の理解度でいうと佐藤くんが一番だと思うんだ」

こんな夢見たいなことがあるのか。
出世欲のある僕は、その提案に飛びついた。

そして、来年から役員になることがあっさり決定した。

これは絶対缶コーヒーのおかげだ。

そう確信した僕は、例の自販機で金運アップの缶コーヒーを買って帰ることにした。

会社から駅へと向かう道すがら、早速コーヒーを飲み干した。

そして、駅の構内で宝くじが売られているのを見つけた。

せっかくの機会だからと、ロト7を購入した。

今回もコーヒーから機械音が聞こえる。

その声を頼りに数字を選んでいく。

数時間後、抽選結果を確認してみる。

見事当選。73万円獲得である。

出世が決まって、給料もアップしたし、おまけに宝くじも当たったことだし、何か思い切って買ってみるか。

とりあえずは通販で気になっていた漫画を大人買いした。
そして土日には、車を見に行き念願のプリウスをローンで購入した。

次の月曜日は、ウキウキ気分で出勤した。

オフィスに着くと、見慣れない顔ぶれがいる。
新人だろうか。

そこに社長がやってきた。

すごく嫌な予感がした。

「佐藤くん、この前言ってた昇進の件だけど白紙になるよ。ごめんね。こちらは某大手企業で役員として働いてた吉田くんね。ヘッドハンティングしてうちの会社で働いてもらうことにしたんだ。役員のポジションについてもらおうと思っててね。」

「あ、そうなんですね。全然大丈夫です。僕なんかが役員なんてまだ早いと思ってましたから。」

こう言ったものの、内心ではすごく怒りを感じていた。

もうすぐ手に入るはずだったものが、手の隙間から呆気なく抜けていったのだ。

それでもまだ僕には余裕があった。なぜなら宝くじを当てたからである。
スマホを開き当選画面を確認する。

あれ、おかしいぞ。ハズレと画面に出ている。

当選画面を見たはずなのに、あれは幻だったのだろうか。

今まで好調だったのにおかしいぞ。
自販機には出世に効果ありと書かれていたはずだ。
持続的な効果が期待できるという謳い文句も書いてあった。

いったいどういうことだ。

怒りに駆られた僕は、オフィスを飛び出し、自販機の元へと向かった。

そこには変わらず「出世に効果あり」「金運アップ」「恋愛運アップ」という文字が記されたペットボトルに缶ボトル。「持続的な効果あり」というポップも貼られている。

効果があるはずなのに、なぜ僕は出世の道を阻まれ、宝くじも外れに変わってしまったのか。

台風が近ずき、ヒュウヒュウと耳障りな音を立てる風が、虚無感に覆われた心を突き抜ける。

吹き荒れる風が道端に落ちているゴミ、タバコ、紙を舞い上げる。

目の前にクシャクシャに丸められたチラシが飛んできた。

文字が記されているようだ。

丸められたチラシを開けて、内容を見てみると、「薬も過ぎれば毒となる。同じ効用のある飲み物は、効果が相殺、または逆効果」という注意書きが書かれている。

出世ができるコーヒーと金運アップコーヒーは、お金が増えるという効果がが被っったせいで逆効果になったらしい。

同時に二つのものを得るところだったのに、どちらも呆気なく失ってしまった。

少し良い思いをして、失うぐらいなら最初から得るんじゃなかった。

本来、簡単に得ることができないものを得て失っただけだからプラスマイナス0のはずだが、気持ちはマイナスの気分である。

恨めしく自販機を見る僕の目には、三匹の猿のイラストが映っていた。








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