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6.今後に繋がる出会い

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第1話「彼方の記憶」

【今回の登場人物】
     立山麻里 白駒池居宅の管理者
  滝谷七海 白駒地区地域包括支援センター 社会福祉士
  甲斐修代 白駒池特別養護老人ホーム ケアマネジャー
  想井と石田 居酒屋とまりぎの客

6.今後に繋がる出会い

 先客の男性客のうちの一人は、確かに石の地蔵のようにがっしりとした体格だった。
 もう一人は一見学校の先生という風貌のメガネをかけた中年男だった。
 「いらっしゃい。石田と想井と言います。三人が後から来ることはマスターから聞いてました。僕たちのことは気にせず、遠慮なく楽しんでください。」
 入ってきた三人の女性に学校の先生風の男が声を掛けた。
 「お邪魔しま~す。」
 三人がそう言う間もなく、二人は自分たちの話を始めていた。
 「折角日本でラグビーのワールドカップがあるのに、ちっとも盛り上がれへんね。どうしたものか。」
 「ほんまやな~ ラグビーはやっぱり見ていて難しいんかもしれへん。」
 2019年9月から始まる、ラグビーワールドカップの話のようだった。
 挨拶もほどほどに自分たちの話を始めた二人を無視するかのように、甲斐修代は椅子に座るなり、早々に現場のケアワーカーへの愚痴から言い始めた。そして一通り愚痴を吐き出すと、「はぁーすっきりした。」と、修代は話を収めた。
 地域包括支援センターの滝谷七海は、ケアマネジャーにのしかかる制度上の問題や、何でもかんでも包括支援センターに持ち込まれることへの不満を語ることが多かった。
 特に研修の多さやその内容については、三人に共通の不満材料だった。
 こうして三人が快活に話し始めると、隣の二人の存在は地蔵どころか、存在もしないような感じになっていた。
 ところが突然、修代が話を二人の男、石田と想井に振った。
 「ねぇ、ケアマネって本当に大変な仕事でしょ!」
 「え?」
 二人はきょとんとした顔で三人の女性を見つめたのだった。
 「あ、私たちの話、聞いてないから答えられないですよね。マスターの話によると、お二人は石の地蔵と一緒っていうから、安心して愚痴吐いちゃいましたけど。」
 修代は明るく想井と石田に声を掛けた。
 「お地蔵様ですか…」
 メガネをかけた先生風の想井は、そう返すと、石田と目を合わせ、合掌してお辞儀をした。
 「うわ、ほんとにお地蔵さまに扮してる!」
 修代が思わず噴き出した。
 「赤いよだれかけ付けてあげましょうか?」
 少しお酒が入ったためか、いつもまじめな表情の七海が続けた。
 「いや、お地蔵さまとちゃうし。お地蔵さまはビールも飲めへんし、焼き鳥も食べへんから。」
 眼鏡をかけた想井が大阪弁口調で明るく返した。
 がっちりとした体格の石田が「そうそう」と頷いた。
 「あれ、想井さんは関西の人ですか? マスターの正木さんと一緒ですか?」
 麻里が聞いた。
 「はい、関西からの流れ者です。正木さんとは同じ大阪ですが、マスターのほうが東京は長いから標準語と大阪弁が入り混じってますやろ。」
 「石田さんは、ラグビーされてるんですか?」
 今度は七海が石田に聞いた。二人の話にラグビーの話があったのが聞こえていたからだ。
 「はい、トップリーグで頑張ってましたが、今はコーチをしています。」
 「それで石の地蔵みたいな体格だったんだ! 今度タックルしてみよ!」
 修代は茶目っ気たっぷりにタックルするふりを見せた。
 こうして、三人と二人は気軽に話をするようになった。
 立山麻里たち三人のケアマネジャーにとって、想井と石田との交流は、この後、仕事の上でとても大きな影響を与える存在となる。
 特に立山麻里にとって、想井という男は重要な人物となるのだった。

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