【短編小説】面倒くさい病(やまい) 後編
ネオンはAIアイドルだ。
忙しい毎日の唯一の心の安らぎ。私にとってなくてはならない存在だ。
AIといっても、昔のような、単なるネット上の作り物ではない。今では革命的な進化を遂げ、AIとは思えない、美声、動き、ルックスを持っている。
人間のアイドルなんて、引けにならないほど輝き、絶大な人気を誇っているのだ。
私は"面倒くさい病"に罹ったはず。確かそうだ。
あれから、仕事は辞めた。上司からの怒りの電話で、身体が動かないなりに、病院には行った。
結果は陽性。仕事は続けられなくなった。
母も同様に罹ってしまったので、私たちは国から支援金をもらって生きている。
趣味だったテニスも、釣りも、みんな辞めた。やる気が起きないのだ。
多趣味だった私は、無趣味になった。
毎日がつまらない。しかし、身体は動かない。布団の中で携帯を見る毎日だ。
そんな中でも、何故か、ネオンちゃんの追っかけはできた。
携帯をいじりながら、毎日上がるネオンちゃんの配信動画が楽しみだった。
「どうも!みんな元気?ネオンだよー!」
「うほ!ネオンちゃーん!」
この声を聞くと安心する。重かった身体が起き上がり、動き出す。
ネオンちゃんの動画があるから、生きていける。動画を見ると、活力が湧いて、食事さえ摂りたくない気持ちを、正してくれるのだ。
私はどんどん、ネオンにハマっていった。
ある日、AIアイドルネオンのファン会があった。ネオンちゃんはネットの中の存在なので、サイン会や握手会はすることができない。その代わり、ファン会と称して、各地のファンがネット上に集まり、ネオンちゃんと会話をすることができるのだ。
私も応募し、初めて当選することができた。久しぶりに外向けの服を着て、パソコンの前に座る。
こんなにワクワクしたのも、久しぶりだった。
「やっほー!ネオンだよ!みんな元気?」
「は、始まった!」
心臓が高鳴って、息が切れてきた。本当に作り物とは思えないほど、美しい。
その美貌にうっとりしてしまう。
「今日はファン会だから、私に何でも質問してね!あ、変な質問はNGだよ!お話の後は、ライブステージもあるからね。今日はよろしく!」
質問はチャットで送る。今この時に答えてもらえるのだ。私は質問を数日間考えに考えたが、一つに絞りきれなかった。
悩んでいるうちに、素早く最初の質問が送られる。
「えーと、ナニナニ。『私は面倒くさい病に罹っているものです。ネオンちゃんを見ると、気力に満ち溢れてきます。何か秘密があるのでしょうか』」
美しい声で読み上げられた、その内容に驚いた。私もしようと思っていた質問の一つだ。まさか、同じ状況の者がいたとは思わなかった。
固唾を飲んで、画面内の返答を待つ。
「秘密は……、ありません!なんか、そういう人多いみたいで、よく感謝されるんだけど、アタシも分かってないの!何だか不思議……」
他にも沢山の人が、同じ状況になっているんだとしたら、やはり病に打ち勝つ何かが、ネオンちゃんにはあるということになる。要因は一体何なのだろうか。
「理由は分からないけど、アタシを見て、元気になってくれる人がいるなら、それは嬉しいことだよね!だから、アタシもみんなのために頑張るよ!」
画面の中の、ネオンちゃんが笑っている。この笑顔を見ると、心が安らいで幸せな気持ちになった。
もしかすると、この幸せな気持ちが"面倒くさい病"に打ち勝つ要因なのかもしれない。
私はとある作戦を思いついた。
後日、母にネオンちゃんの動画を見せてみることにした。母は私の気迫に押されて仕方なく、目にしていたが、それからは私と一緒にファンになった。
動画が上がれば、一緒に盛り上がって見ている。まるで、親子の時間が戻ってきたようで、嬉しかった。
病に罹ってからというもの、会話をすることが減った。元々沢山話すタイプではなかったが、更に会話をしなくなっていた。寂しさを超えるほどの気力がなかったのだ。
動画を通してだったら、今までの気力を保てる。母との時間を取り戻していった。
次に行なったのは、ネオンちゃんのファンクラブを作ることだった。
まだ、新人のネオンちゃんにはファンクラブがない。ましてや、AIアイドルは海外発祥のものなので、日本にAIアイドル専門のファンクラブがないのだ。
面倒くさい病を撃退するためにも、"AIアイドルネオン"の存在を少しでも多くの人に知らせたかった。
動画を流しながら、ファンクラブ発足のために、寝食忘れて、没頭した。
そして、遂に、ファンが1000万人を超えた。
ニュースでも、面倒くさい病に対抗できる力があるとして、AIアイドルネオンの存在が取り上げられ、その人気は国民的なものになった。
私は"ネオン"を通して、また社会復帰をすることができたのだ。
*
今日はネオンのファン会。パソコンを開いた後ろのテレビで、ニュース番組がやっていた。
普段ならテレビを消すのに、妙に気になって画面を見た。
「次のニュースです。"面倒くさい病"について、研究チームが発生原因を突き止めました」
堅苦しそうなメガネの女性が、ハキハキと文面を読み上げる。
切り替わった研究者らしき人物の背後にはネオンのポスターが飾られていた。
「えー、"面倒くさい病"はAIが独自に生んだ病だと、発覚しました。インターネット内に最初のウィルスと思われる残骸が発見されました。この事実から考えるに、AIは病原体を生む力も持ち合わせてしまったようです。皆さん、くれぐれもAIにはお気をつけて」
テレビはついているが、私の耳に音が聞こえなくなった。ふと、パソコンの音声が気になり、ゆっくりと視線を向ける。
普段通りのオープニング曲を聴きながら、そこにいるはずのない、穏やかな笑顔のネオンと目が合った。
完
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