33暇話1・お気に入りの国道めし屋
前回記述まで、お固いお話が多かったと思う。実際、私自身でも、思う内容を文字に起こす事の難しさを実感したし、疲れてしまった、というのが正直なところである。今回からしばらくは、何となく、今までの私の実際の日常行動の中からの事象や感情を、力を抜いた文章で記述を進めていこうと思っている。まぁ、力を抜いて記述を続けていれば、新しく記述する主題とするべき話題が思い当たったり、そのうちに浮かんでくるであろう。
で、今回は、【国道のめし屋】に付いてを記述する。
私は、遠隔地でも、軽トラックで向かうようにする。土地の方々と気持ちの距離が近いと感じるのもあるが、最近の軽トラックは整備を怠らなければ燃費も良く、力も十分で静かに走る。なによりも、経済的でタフだ。渋滞や流の遅くて距離が稼げない都市部では高速道路を利用するが、一般道が閑散道路で地点移動で距離を稼げる場合は、一般国道を主に利用する。
その道中での楽しみの一つの食事は、国道沿いのトラックドライバーが利用する、【めしの看板】についつい引き込まれてしまい、「美味い!」と感じた店はその後も一つ覚えで常用する事が多い。その中で、訪問するようになった、二つの飲食店を記述しようと思う。
《たら汁》
京都を10時過ぎに日本海側の国道8号線に出て、先ずは燃料が切れる前までの約600km先の新潟バイパス傍の新潟市中央卸売市場近所の給油場所を目指す行程で出発すると、たら汁看板が呼ぶこの地域がお腹エンプティーとなる18時過ぎだ。このめし屋からしばらく行くと、富山・新潟県境(越中境PAという北陸道PAが有る)で、もうすぐ知られた難所【親不知】である。断崖を縫う国道からの眺める日本海に落ちる落陽と日中の日本海の眺めは絶景で、ついつい、景色によそ見を誘われてしまうが、道のアップダウンと幅員の変化と先の見えないカーブからの対向する大型車の出現に気を使う場所でもある。
上記画像は提供されたたら汁。あっさりとした味噌味でたっぷりとタラ切り身が入っている。そもそも、浜の漁師が帰るのを待つ女子衆が、作って待った漁師料理がこの地区の名物になっているようで、左側・右側の両方にその【たら汁の看板】を見つける事ができる。下り線側(新潟に向いて右)の店では、入浴の施設(と言っても、銭湯のようなものではない。家風呂の広いモノ)も有る、めし屋が有る。惣菜も昔ながらのめし屋のように選べる。
ご飯とお惣菜を追加して、お腹一杯になって総額1500円程。
《シラス丼》
東京方面からの帰り道は、必ず立ち寄る。西湘バイパスのパーキングエリアのシラス丼。プリップリで、山盛のシラスが嬉しい丼だ。東京~京浜地区の激しい渋滞から解放されて、左に相模湾を見て、ゆららかで開放的な陽光の有料快走路のバイパスに唯一有るパーキングエリアで、箱根峠越え前に、一息つくのに最適な休憩場所である。湘南海岸の景色を眺めながら食すこのシラス丼は、食事するには中途半端な時間であってもすんなりと胃袋は受け付けてくれる。既に、私は、その小さなフードコートのなじみ客になっているようで、【よく来る京都おじさん】と従業員さん達に認知されているみたいだ。で、本来は対応しない大盛りの対応を、いつもこっそりしてくれる。
《京浜地区の味に疑問》
先ず、各社コンビニおにぎりが関西の味ではないので、東京~京浜地区では買わないようになった。富士川を東に超えると味が変わると推測するが、あながち間違いでは無いと思う。
私の勘違いで、美味しいお店を不知なだけであって欲しいのであるが、
特に東京都心部では美味しい食事に出会った事が少ない。そして、お客さんは入店するのに並んでいる。その並んでいるラーメン店や和食店や洋食店や中華店やその他飲食店に並んで食した事もあるが、どうしても、並ぶ顧客の努力と渇望に答えるべき性能が発揮されていない残念な店が多かった。
そうだ!ここで、声を高らかに断言するが、世界一納得できない味のマクドナルドが東京駅八重洲地下街にある。だいたい、何処で食しても均一でないといけないのに、品質は均一ではなく、間違った方法で提供をしているようである。
京都から進出した鰹節と昆布の販売会社東京支店が神田にあり、京都から単身赴任の所長が転勤前まで私の事業の営業担当者で、その彼と東京で会った時に京都在住時の面影が無くて驚愕した事が有る。理由を聞くと、「餌は有るが、食べ物が無い。」「東京の水は出汁が出ない。」「料理人が出汁を取る事が少ない。」で、京都から、奥さまが毎週分の夕食惣菜を送ってもらってるらしい。で、当然、残量を気にして食べるから、必然、食す量が減り激痩せしたみたいだった。この会社、社屋内に料理人向けの講習で使用する厨房を設けているが、料理に使用する水は京都から20ℓ入りポリタンクで送ってもらっていると。現に、京都市の水道水が有名店に売れると笑ったのが思い出に有る。総じての食を提供する店の事を解析してみたが、これは、町人が武家中心の治世に格式に値打ち乗せた食で接待をしたのではないかと思う。即ち。そこには安いものではいけない世界が必要であった。そんな食文化の未熟成長の影響が未だに残っているのではないかと推論もできよう。即ち、客に品格と粋を高額で食わせる店が良い店で喜ばれるので、真髄の味を食わせる店が少ない。関西人は、安くて早くて美味い店が流行るし好むが、江戸人は、価格や講釈や評判と品格と粋とに満足を得る事に群がる食への習性が有るのかもしれない。実際、京都料理店でもメディア露出の多い著名料亭には、盟主関西人は、興味がないのではないか?彼等は、看板・表札の無い店に出入りをしていたり、お抱え料理人が居て、彼等に自宅で料理をさせて食事を楽しんだりする現実を私は知る。又、各人が、決して他に明かさない贔屓店が有るものかもしれない。実際に、頻繁にメディア露出する京料理人の素性と、まともな経歴を有して無い事実を知れば、陳腐なイリュージョンのように誇張したギミック演出調理は、知れば知るほどメディア扱いに長けた能力だけが、先に見えて、マジシャンのようだ。
タイヤ屋発行のガイドブックにすぎないものが、偶々のあいまいな審査で評価と☆印で格付けされて、評価されたい気持ちもなんだか異様に見えたりもする。そもそも、欧州では、多くの十分な顧客サービスができていない店を避け、手短に支払う金員以上のサービスを提供されたいから、このようなガイドブックを必要とするのであって、取り上げらていない店でも、自身のお気に入りの店が、自身の評価で最上級で良いだけの事のように思う。
支払う対価に、十分過ぎる=お得を感じる事ができる贔屓の店さえ見つける事ができれば、それだけで、食の楽しみ方は充実して幸せな事だ。
今回はここまで。
ではまた。