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#15『噂』

 あなたが通っていた学校にも「学校の噂」は存在していただろうか。きっと、昨年創立されたばかりの新設校に通っていなかった限りは、何かしらの話を聞いたことがあるはずだ。そしてその内容は、都市伝説や七不思議のような怪談の類から、過去に在籍していた生徒の武勇伝まで様々だろう。
 よく聞く話としては、修学旅行先にまつわる噂だ。小学生の時の話である。私が通っていた小学校は修学旅行で栃木県は日光に行くことになっていた。関東地方の小学生が行く修学旅行先としては妥当な選択である。
 しかし、これに不満を抱いた児童は「先生!俺、京都が良い!」などと提案していた。確かに、国内の修学旅行先として真っ先に思いつくのは京都だ。きっと彼もその印象が強かったのだろう。この意見に対する、先生の返答はこうだった。
 「昔はうちの学校も京都に行っていたんだけどね、ある年、みんなの先輩にあたる子がね、金閣寺の柱に落書きをしちゃったの。その時に金閣寺の人から、もう〇〇小学校は京都に来ちゃいけません、って言われてね、だからもう京都には行けなくなっちゃったの。」
 教室は湧いた。行き先が京都に変更になったとしても、ここまでの騒ぎにはならないだろう。「スゲェー!!」「ヤベェー!!」小学生なのだから当たり前だが、教室には小学生並みの感想小並感が飛び交った。
 確かにこの話は小学生が聞いたら格好良い出来事かもしれない。しかし冷静に考えてみると、中々の大事件である。そしてほぼ確実に嘘である。もしこれが事実だとした場合、京都府警辺りが動き、学校名が報道され、日光を含む全国の観光地がその事実を知り、あらゆるところから修学旅行の申し出を断られてしまうはずだ。つまりこの話は、修学旅行先が京都ではないことの理由づけとしてでっち上げられた作り話であろう。もし児童達が京都以外の場所を提案してきたとしても、金閣寺を別の観光地に置き換えればいくらでも話が作れる。広島だったら原爆ドームとか、沖縄だったら首里城とか、仙台だったらこけし塔とか。
 不思議なことに、金閣寺落書き騒動は母校だけの話ではないらしい。近隣の小学校に通う友人達も、皆一様にこの話を知っているのだ。もしかすると、市や県の教育委員会で「児童達から修学旅行先に関する面倒臭い質問を喰らったら、金閣寺落書き騒動に話をしなさい。」と決められているのかもしれない。
 一方で関西圏の小学校では、ディズニーランドに行きたいと申し出る子供もいるらしい。関東の学校、特に私の住む千葉の小学校では考えられない話だ。
 その場合の作り話もだいたい決まっている。過去の卒業生がミッキーさんを池に落とした、という話である。これこそ「そんなわけない」話であり、「遠いから行けないよ。」で済ませられる話ではないか。
 これもまた不思議なことに、この話は全国的に広まっているらしい。大学生になった今でも、滋賀県出身の知人が「うちの小学校で昔、ミッキーさんを池に落とした奴がいたらしい。」と喋っているのを小耳に挟んだ。全国のおばあちゃんがすぐ殺されるように、全国のミッキーさんは何度も池に突き落とされているようだ。

 学校の七不思議系でいうと、高校生の時に校則にまつわる噂が流れた。
 普通、学校の七不思議といえば「音楽室の動く肖像」だの「徘徊する人体模型」だの、自らアクションを起こさなくとも勝手にやって来るタイプ恐怖である。アニメとかだと「校長のカツラ」が7個目になるが、これもどこからやって来た噂なのかはわからない。
 しかし、母校の噂は一味違う。その内容とはずばり「アシカに乗ると停学」であった。私が通っていた高校の敷地内には噴水があり、その中にはアシカの像が設置されていた。このアシカに乗ると停学処分を受けるらしい。だから何だって言うんだ。こんな噂、知っていたところで毒にも薬にもならない。だって、乗らないのだから。
 もしかすると、過去にアシカ像に乗っかった生徒が、注意を兼ねて停学処分を受けたのかもしれないが、それは七不思議とかではなく然るべき対応である。この仮説が事実だとした場合、毎朝校長が噴水の側で挨拶をしているのも納得がいく。校長自ら警備をしていたのである。
 この噂には続きがある。噴水の隣にある創設者の像に乗ると退学処分、というものである。こればっかしは完全なるでっち上げだ。あまりに上手く出来過ぎている。アシカの話を元にした二次創作であろう。
 結局のところ、アシカの話も事実とは言い切れないものの、嘘とも言い切れない。証明した者に出会ったことがないのだ。アシカに乗る生徒も、生徒手帳を読む生徒も現れなかったのだから。

 アシカの話の約2年前、中学2年生の時にもとある噂が流れた。理科準備室の床の扉が、学校中の床の扉に繫がっているらしい。
 床の扉というのは、家でいうところの台所や洗面所の床にある四角い扉のことである。梅酒が眠っていたり、花瓶が入っていたり、はたまたウサギとクマとパンダが出て来たりする、あの扉だ。あと、たまにウマも出て来る。
 そんな床にある扉(正式名称が分からないので、便宜的に床扉ゆかとびらと呼ぶ)が学校中に繫がるとは、一体どういうことか。話はさらに数日前に遡る。
 ある日の部活動中(筆者は科学部に所属していた)、とある生徒が理科準備室に床扉があることに気付いた。今まで誰もその存在を認識していなかったことから、突如出現した扉なのではないか、と言う者も現れたくらいだ。
 試しに扉を開けてみると中は真っ暗で、その深さが窺えた。うっすらと三角形の床が見えることから、何段かの階段があるのだろうと推測した。こんなの、入らずにはいられない。勇気ある誰某がゆっくりとその三角形に向かって足を伸ばし、教員にはバレないように静かに地下に潜って行った。
 誰某の帰還後、中の様子を聞いてみると、意外な事実が発覚した。なんと、壁の2箇所に穴が空いており、どちらも人が通れる程の大きさだと言う。片方は階段のすぐそばの壁にあるが、格子が張られていて通り抜けはできないらしい。しかし、もう一方は頑張れば通れるようになっているらしい。我々は後日、こちらの穴を調査することにし、その日は解散となった。
 後日、調査再開の日である。調査員第2号に選ばれたのは、小柄な部員Oだった。Oは怖がる素振りも見せず、ひょひょいと地下に潜り、穴に入って行った。
 しばらく経っても帰って来ないOを皆で心配していたが、突如として彼は想いも寄らぬ帰還を果たした。なんと、理科準備室ではなく理科室後方の床扉を押し上げて出て来たのだ。これには部員一同あんぐりであった。
 O曰く、理科準備室下の部屋から伸びた通路の先には、同様の部屋が3つ待ち構えており、最後の部屋の階段を昇って理科室の床扉から出て来たらしい。

理科室及び理科準備室の俯瞰図

 このことが発端となり、前述の噂が誕生した。Oが入らなかった方の穴の先には何があるのだろう。そして、一体この部屋は何のために作られたのだろう。理科室以外の床扉はどこにあるのだろう。
 私は友人であり部長でもあるKと校内を散策して回った。1階にある教室を巡って、第3の床扉を捜索することにしたのだ。しかしそんな上手い話があるわけがなく、1時間が経っても新たな扉を発見するには至らなかった。我々は志半ばで捜査を切り上げ、大人しく部活動を再開することにした。
 理科室に戻る前に用を足そうと、私は男子トイレに向かった。その時である。あったのだ。探し求めていた床扉第3号が、男子トイレの床にあったのだ。私は急いで理科室に戻るとKを連れ戻し、2人で床扉を観察した。
 ここで位置関係を整理すると、格子が張られた方の穴の先には廊下を挟んで女子トイレがあり、女子トイレの隣に男子トイレがある。この3部屋が地下で繫がっていたとしても、何ら不思議はない。
 いざ、開扉の瞬間がやって来た。気分はさながら開拓隊のようである。私とKは息を合わせて扉を持ち上げた。
 「いっせーの!」
 重々しい扉が持ち上がると共に、我々は希望の光に包まれた、はずがなく、辺り一面が異臭の海と化してしまった。そう、この床扉の下の空間には、錆と下水が広がっていたのだ。
 我々は即座に扉を閉めた。その間、実に5秒!!!
 この事件をきっかけに、誰も地下室の件には触れなくなった。そして噂もなくなった。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花

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