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ケムール人

響き渡る足音、動く人影とはおよそ呼べない何か。暗闇をものすごい速さで駆け抜ける。少し遅れてドタドタと多くの足音がさらに響き渡る。先を行く異形の者は、頭部にある触覚のような場所から光線状のものを発する。光を浴びた壁は消滅し、素早く空いた穴に飛び込む。
作られた穴のせいで天井が崩れていく。

両者の間に大きな壁ができる。

追う者は問いかける。
「なぜそんなにも若さを求める?」

追われる者は答える。
「時間が足りないのだ。ただただ時間が足りないのだ。」

追われる者は続ける。「全ての束縛からただただ欲のままに生きることができた。どんどん満たされる。しかし満たされる度にコップの淵は上がり、器は広がっていく。充実感が新たな空虚さを産んでいくのだ。私はこの空虚さを数百年埋め続けてきた。しかし生の終わりが見え始めた時とてつもない恐怖に包まれたのだ。それはなんだと思う?」

追われる者は問いかける。しかし答えなど聞く気はなく続ける。

「満たすことができない恐怖だ。二度とこの空虚さを埋めることができない恐怖、それが私を包んだんだ。この恐怖を初めて感じた時、初めて死を恐れたのだ。この二つの恐怖から逃げ切るには時間が必要なのだ。私だってもっと満足していられると思っていた。しかしそんなことなかった、時間が足りないのだ。そのためには若さが欲しい。時間が欲しいのだ。君もそうだろう?今この瞬間だってそう感じているはずだ。止まることのない焦燥感、時計の針が進むごとに押し寄せる恐怖を。いずれ私の気持ちがわかるはずだ。」


シンと静寂が訪れる。

回り込み、壁の向こう側にたどり着くと追われる者は既にいなくなっていた。追われる者は足掻き続けるのだろう。その足掻きが求めている時間を無駄にするとしても。

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