見出し画像

<地政学>バランシングとバンドワゴニングの意味と戦略

 地政学に関する書籍で必ず出てくるのがバランシングとバンドワゴニングだ。この概念は同盟関係を論じる際には必ず出てくる概念で、古くから提唱されていた。

 古代においてバランシングとバンドワゴニングの概念に気が付いていたのは春秋戦国時代の縦横家だ。彼らはこれを「合従連衡」という熟語で表した。それでは彼らを手本に二つの同盟パターンを考えていこう

バランシングとは何か?

 中国の戦国時代には戦国の七雄という7つの大国があった。この中で最も強大な力を持っていたのが秦である。この時代、秦の強大化は他の六か国にも明らかになっていたので、彼らは身の振り方を考えねばならなかった。

 縦横家の蘇秦が提唱したのが「合従」である。強大な秦に対抗するには残りの六か国が団結し、同盟を結ばなければならないという考え方である。要するに、一番手の勢力にバランスを取るために二番手・三番手・四番手が手を組むというやり方だ。

バンドワゴニングとは何か?

 一方で縦横家の中には別の意見を持つ人間もいた。それが張儀だ。秦が一番強大な以上、その国と同盟を組んだ方がいいだろうという考え方だ。要するに強そうな方にすり寄るという作戦である。バンドワゴンという単語は「勝ち馬に乗る」という意味だ。

 蘇秦は秦に内通していたため、このような意見を主張し、対秦同盟を切り崩すのに成功した。

どちらを採用するべきか

 バランシングとバンドワゴニング、どちらを採用するべきだろうか。これはその国が置かれている相対的な状況とパワーによってかなり異なる結論が出る。

 国家がバランシングを行うのは地域で突出して強い国が誕生して好き勝手に振舞うことを防ぐためである。放置しておけば地域の統一を目指して最強国は残りの国を征服するかもしれない。こうなると国家にとって最も住棟な生存が脅かされることになる。こうした恐怖に駆られてバランシングは行われる。

 近世から近代のヨーロッパでは常にバランシングが行われてきた。これがヨーロッパの歴史の大きな特徴かもしれない。近世において最強国はフランスだった。ルイ14世は積極的な拡張政策を進めたため、周辺諸国は同盟を組んで抑止した。イギリス・オランダ・オーストリア・プロイセンといった国々だ。大同盟戦争・スペイン継承戦争・ナポレオン戦争などでイギリスは常に大陸の反仏勢力をと同盟を組み、ヨーロッパの勢力均衡を維持した。

 1870年にドイツがフランスを打ち破ると、今度はヨーロッパの潜在覇権国の座がドイツに移動したので、欧州各国はドイツに対してバランシングを行った。二度の世界大戦でイギリス・フランス・ロシアはドイツを封じ込めるために膨大な犠牲を出し、最後はアメリカも加わった。

 最後にヨーロッパ最強国となったのは欧州中心部にまで進出したソ連だった。ソ連に対抗するために西側諸国はNATOを結成した。ソ連崩壊後にNATO不要論が出たものの、いまだにロシアの脅威が存在するため、NATOは存在し続けている。ヨーロッパはバランシングを考える上では極めて理想的な環境が整っており、地政学の考察も多くはこの時代のヨーロッパから引き出されたものである。

 国家がバランシングを行う条件は自分が同盟網に加わることで戦況を同盟側に有利にできることだ。したがってバランシングが可能なのは大国であることが多い。少なくともある程度自分の身を守れて、最強国と戦える国である。したがってバンドワゴニングをするべきなのは小国ということになる。

 バンドワゴニングは大国はやらないほうが良いと考えられている。バンドワゴニングを行うことで最強国がますます強くなってしまうからだ。最強国はバンドワゴニングを行う国のおかげでライバルを各個撃破することができ、最後はバンドワゴニングをしてきた国を裏切って地域を統一することができる。

バンドワゴニングの成功度

 地政学の世界は弱肉強食を前提とすることが多い。したがって、理論上はこの世に小国は存在できないことになる。しかし、実際には世界には多数の小国が存在する。これはちょっと不思議だ。

 実は小国は思われているよりもしぶとい。そもそも地政学的に大国が他国を征服するのは安全保障上の理由であることが多い。小国は誰の脅威にもならないため、スルーされることが多い。むしろ、小国は存在しているだけで緩衝地帯としての使い出があるため、大国のパトロンによって保護される傾向がある。

 小国のバンドワゴニングは意外に成功率が高いのではないかと思う。小国は最初から身の程を知っており、大国に張り合うのではなく、大国に恭順して自治が守ることを考えている。したがって、大国は自分にとって脅威にならない小国を攻撃するどころか、リスクを冒して保護することもあるのだ。

 例えばバンドワゴニングを最も効果的に行った国としてカナダが挙げられる。この国は世界第10位の経済力を持つにもかかわらず、小国のような振舞いを続けてきた。カナダは当初から南にアメリカが存在し、戦ったところでまず勝ち目は無かった。そのため、カナダは徹底的にアメリカにすり寄る方針を取り、アメリカから脅威と思われるような行動を徹底して回避してきた。アメリカの最も親密な同盟国として現在に至るまで繁栄している。

 見苦しいほどのバンドワゴニングを繰り返した国として興味深いのはルーマニアだ。二度の世界大戦ではあまりの無能ぶりにしばしば馬鹿にされる国である。ルーマニアは第一次世界大戦でどちらに付くか迷っていたが、1916年の連合国の攻勢で連合国側が有利と判断して中央同盟国に宣戦布告した。ところがルーマニアはあっという間に撃破され、勝手に降伏してしまった。1918年にドイツが崩壊寸前になるとルーマニアは今度は降伏を無視して中央同盟国に宣戦した。

 第二次世界大戦でも似たようなものだ。ルーマニアはハンガリーとの関係が悪かったので、連合国寄りだった。大戦序盤でポーランド軍の主力が脱出できたのはルーマニアの支援のおかげである。ところが枢軸国の方が優勢になってきたので、ルーマニアはドイツと同盟を組んで独ソ戦に参戦した。ドイツが負けそうになると、今度は突如としてソ連と同盟を組んでドイツを攻撃しはじめた。コウモリ国家ルーマニアは万事がこの調子である。一貫していたのは軍が弱体というところだけだ。

バランシングの難しさ

 バランシングは一見合理的に見える。二番手以下の国が同盟を組んで最強国を抑止すれば、最強国の侵略を抑止することができ、どの国も生き残ることができるだろう。

 ところが、実際はバランシングがうまく行くことはほとんどない。最初に例に取り上げた春秋戦国時代の中国ではバランシングに失敗して秦の中国統一が達成されてしまっている。どの国も肝心なところで連携できなかったり、保身に走ってしまって、団結して秦を食い止めようとはしなかったのだ。例えば始皇帝の征服戦争で斉は一切動きを取らず、秦にバンドワゴニングをしていた。案の定、他の国を征服した後で斉は滅亡させられた。

 似たような例は枚挙に暇がない。日本の戦国時代でも信長包囲網は失敗している。ロシア内戦ではあれほどボリシェビキが恐れられていたのに、各個撃破されてソ連の建国を許している。単一の勢力が大きくなると、他の勢力には止めようがないケースがほとんどだ。地政学に限らず、議会制の国に見られる野党連合も似たような状況が見られる。細川内閣のように、第一党以外の勢力が団結して議席の過半数を取るような政権はだいたい不安定だ。現在の野党も団結しようという気概は見られない。

 最強国の側は一つにまとまっているが、バランシング同盟の側はばらばらだ。国によって負担が異なるかもしれないし、リスク許容度にも差があるかもしれない。最強国にすり寄った方がマシと考える国もあるだろう。共通の敵に対する恐怖以外にまとめる理念が存在しないので、このような同盟は脆弱である。しばしば地理的にも分散している。

オフショアバランサーの存在

 近代ヨーロッパに見られるようなバランシング同盟が成り立つにはある条件を満たさなければならない。それはオフショアバランサーの存在だ。具体的にはイギリスが挙げられる。この国は海洋国家という特殊な立場により、振舞が大陸の強国とは全く異なるものになっている。

 イギリスは産業革命を世界で最初に成し遂げた国であり、非常に強大な国力を持っていた。しかし、フランスやドイツと違ってヨーロッパの地域覇権国へと拡大する意欲はなかった。理由はイギリス人の道徳性が高いからではなく、イギリス陸軍にその力がないからだ。海軍国家のイギリスにとって大陸に領土を拡張するのは極めて困難な仕事だ。仮に征服できても維持ができない。ジョン欠地王や百年戦争を見ても明らかだろう。

 この国は常に現状維持国で、ヨーロッパの平和を乱す一番手の国を常に妨害することを念頭に置いていた。イギリスに欧州を征服する能力はない。しかし、強力な工業力を生かして同盟国を支援することはできる。こうしてイギリスは同盟国への支援を通して間接的に大陸のライバル国を攻撃し続けた。

 このオフショアバランサーの良いところは、バランシング同盟の「軸」になれることだ。大陸の脅威から一歩引いた立場であり、強力な経済力で同盟国を取りまとめることができる。その上陸軍力が弱体なので地域覇権国にならないだろうという信頼がある。これらの事情により、イギリスは欧州のバランサーとして最適だったのだ。

 現在はイギリスに変わってアメリカが世界のオフショアバランサーとなっている。アメリカは北米大陸を超えて征服活動に従事したことはほとんどない。これもまた、海を越えてユーラシアを直接支配することが難しいからだ。アメリカは軍事行動を起こした後は信頼できる同盟国に引き継がせ、即座に撤退している。ソ連や中国のような地域覇権国になりかねない危険な国を同盟国を通して抑止しているのである。

 今も昔もアメリカの弱点はユーラシアでの陸上戦闘にある。南ベトナムやアフガニスタンは頼りになる同盟国が生まれなかったので、泥沼の戦争の果てに敗北することになった。韓国も李承晩時代はその恐れがあったが、幸い朴正煕以降にどんどん強力化していったので問題にはならなかった。第二次世界大戦後の日本とヨーロッパにあきれるほど寛大な措置を取ったのも、軍事力で直接支配するよりもマーシャルプランを送った方が楽だったからだ。

オフショアバランサーを排除したアメリカ

 見方にもよるが、現在世界で唯一の地域覇権国はアメリカだ。この国は1865年に南部連合を下してから北米大陸を完全に支配している。欧州と北米は異なる運命を辿ったことになる。この国の強さは統一の過程でオフショアバランサ―のような存在を排除できたからだ。お陰でアメリカの拡大を妨げるようなバランシング同盟が北米に出現することはなかった。

 北米大陸には付随する島の強国が存在しない。南東のキューバはあまりに小さく、アメリカに対抗できる存在ではない。したがってオフショアバランサーとなりうる国家は外部勢力だ。すなわちイギリスということになる。モンロー宣言はこうした介入を回避するためのものだった。

 実際、イギリスは何度かアメリカの地域覇権を妨害する動きに出ている。しかし、どれも結実しなかった。理由はイギリスがヨーロッパの勢力均衡にエネルギーを吸い取られていて、北米にまで介入する余力が無かったからだ。1812年の米英戦争でイギリス軍はワシントンを陥落させているが、当時激化していたナポレオン戦争に集中するためにイギリスはこの戦争にエネルギーを注がず、アメリカは命拾いしている。南北戦争でイギリスは南部を支援していたが、やはり介入は及び腰で、北軍が完全勝利を収めている。同時期にフランスはメキシコの征服を企てているが、これもアメリカの強力な圧力で排除された。

 欧州列強が北米に十分なエネルギーを割けなかった理由はどの国もヨーロッパの地域覇権国ではなかったからだ。ヨーロッパ内部の勢力均衡に気を取られ、北米に戦力を投射しようという国はなかった。一方でアメリカは地域覇権国になったので、このような制約はない。二度の世界大戦や冷戦でユーラシアに関与できたのは、北米内部の脅威が存在しなかったからだ。お陰でアメリカはヨーロッパや東アジアで思うままにオフショアバランサーの役割を演じている。

まとめ

 地政学で最も重要なのは自国が生き残ることだ。したがって、一番手の国が調子に乗って地域の統一を企てないように抑制するのがバランシング同盟の役割である。二番手三番手四番手の国が同盟を組めば一番手の国を理論上は倒すことができるはずだ。ただ、実際は同盟を結束させるのは容易ではなく、多くのバランシング同盟は失敗している。

 ここでオフショアバランサーは重要な役割を演じる。オフショアバランサーは一歩引いた立場から同盟を取りまとめ、同盟国を援助することができる。その上大陸に拡張する意思を持たないため、現状維持勢力だ。バランシング同盟がうまく行くときは基本的にオフショアバランサーが存在していることがほとんどである。

 こうした同盟関係を左右する能力を持たない小国の場合はバンドワゴニングに頼るしかない。大国に保護を求め、傘下に入った状態で自分なりに生きるのである。この戦略は意外に成功率が高く、多くの小国が生き残っている。小国は誰の脅威にもならないが故に滅ぼすのは難しい。

 実は、国際政治で最も悲劇的な運命を辿るのは中規模国だ。大国としてバランシング同盟に入るほど強くはないが、バンドワゴニングをするほど弱くもない。中途半端にプライドがあるため、大国の完全な保護下に入るのを良しとしないし、周辺国からも脅威と思われやすい。ポーランドやウクライナはまさに中規模国の問題が顕在化した存在なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?