最底辺に置かれる非ユーラシア民族の受難
人種に優劣は存在しないという記事を書いた直後だが、では民族間に格差はないかというと、それは違う。既存の人種概念はアメリカの国内問題に関するものが多く、グローバルな問題には無頓着である。実際に世界を俯瞰してみると、不遇な立場に置かれているのは黒人というよりも非ユーラシア民族と思われる。アメリカを見ても先住民の境遇は黒人と同じくらい悪く、同じモンゴロイドのアジア系移民とは大きな差が付いている。
この話は何度も書いているが、1500年の時点でユーラシア大陸とそれ以外の地域には大きな格差が開いていた。ユーラシア大陸は圧倒的に大きいだけではなく、人口密集地帯の相互の交流も盛んだったため、遥かに技術水準が高かった。それ以外の地域、北米・南米・サハラ砂漠以南のアフリカ・オセアニアは人口で劣るだけではなく、相互の交流も困難で、立ち遅れた状態が続いていた。大航海時代になると非ユーラシア人はヨーロッパ人に圧倒されてしまった。アジアの民族と違い、抵抗することもできなかった。それほどまでに大きな差があったのだ。
興味深いのは近世以前に生まれた膨大な格差が現在も継続されていることにある。この手の格差は交流が盛んになっても、なぜか長期間に渡って持続するのである。狩猟採集民の多くは近代社会に馴染めないまま、社会の最底辺に流れてしまう。様々な措置が取られているが、効果は今ひとつである。
非ユーラシア人といっても様々な民族が存在するが、共通点はどの民族もあまり成功していないということだ。というより、世界の中でも最も立ち遅れた人々である可能性が高い。ユーラシア人との関わり方によっていくつかのパターンが存在する。
1つ目は入植者が入ってこなかったパターンである。最貧国型と言うべきだろうか。アフリカの大部分とニューギニアが相当する。これらの国々は一応は自分の手で社会を治めている。しかし、その結果は悲惨である。世界の国の中でも最も貧困が深刻なのはアフリカ諸国だ。この地域が世界で最も遅れていることは議論の余地がないだろう。
2つ目は入植者と共存しているパターンである。階級型と言うべきだろうか。これは中南米と南部アフリカが相当する。白人入植者は非常に豊かであり、先住民は非常に貧しい暮らしをしていることが多い。中南米と南部アフリカは世界で最も経済格差が大きい地域である。両地域の階級社会はユーラシア人と非ユーラシア人の格差を国内に持ち込んでいるのだ。
3つ目は入植者に圧倒されているパターンである。保護型というべきだろうか。北米・オーストラリア・ニュージーランドが相当する。この場合は先住民は保護と配慮の対象となっているが、やはり社会的地位は非常に低い。先住民の貧困問題はどの国でも問題になっている。先住民の暮らしはアフリカ人に比べれば豊かかもしれないが、それは白人社会からの支援のお陰と考えたほうが良い。
4つ目は最も悲惨な形態だ。それは奴隷型である。南北アメリカ大陸に住む黒人は大半が元奴隷である。大西洋奴隷貿易もまたユーラシア人が非ユーラシア人を迫害する形で行われた。同じ後進地帯でもユーラシアの住民であるアラブ人や中国人に関する奴隷貿易は行われなかった。国にもよるが、元奴隷の人々の現状はあまり明るいものではない。アメリカの人種差別は良く知られているし、超格差社会のブラジルでも貧困層は黒人が多い。奴隷が反乱を起こして作った国であるハイチは世界でも例を見ない惨状だ。
4つの類型はほぼ地理で決まった。新世界のうち、西欧と気候が似ており、先住民が少数だった北米・オーストラリア・アルゼンチンでは白人によって占拠されてしまい、保護型となった。先住民が人口稠密だった中南米と南部アフリカは階級型となった。気候の関係で白人が入植できなかったアフリカの多くとニューギニアは先住民の社会が現存して最貧国型となった。カリブ海地域とブラジルでは先住民が減少したため、良く似た気候のアフリカから黒人奴隷が輸入された。
いろいろな形態はあるが、その民族もあまり繁栄していない。ユーラシア人と非ユーラシア人が接触すると必ずユーラシア人が圧倒してしまうのである。抵抗すら殆どできないことがほとんどだ。インカ帝国とアステカ帝国は海賊に毛が生えたような集団によって征服されてしまった。わずか数百人の荒くれ者が数万を誇る大帝国の軍隊を壊滅させてしまったのだ。その穴を埋めるために同時代のアフリカ人は奴隷貿易でどんどん売り出されていった。これらはヨーロッパ人が圧倒的な力を手にする産業革命よりも前の出来事である。近世のヨーロッパ人にアジアの国家を倒す力は無かったが、非ユーラシア社会の支配は赤子の手のひねるようなものだったのだ。奴隷貿易にはヨーロッパ人だけではなく、アラブ人も関与していた。例えば悲惨なコンゴの植民地化で障害となったのはアラブ人商人との競合であり、現地人の抵抗はほとんど無に等しかった。インドネシアにはもともとオーストラロイドが住んでいたと思われるが、これまた古代にマレー人が入植して一掃されてしまった。現在もオセアニア系の住民はインドネシアの支配下にあり、政治的にも経済的にも弱体である。
この点、ユーラシアへの入植は困難を極める。白人が入植した数少ない土地がアルジェリアとイスラエルだが、前者は戦争の結果入植者は追放され、後者も激しい抵抗に遭っている。西欧がユーラシアの他の地域を押さえつけるには産業革命による圧倒的な軍事力が必要で、その状況であっても入植はできなかった。日本やロシアのように西欧の技術を模倣して強力になった地域もある。近世以降にロシア人による入植が進んだ地域として内陸ユーラシアがあるが、これらの地域もやはりインディオや黒人ほど悲惨なことにはなっていない。そもそも彼らは近代までユーラシア最強の民族だったのだ。中東奴隷貿易ではユーラシア人も奴隷になっていたが、黒人奴隷よりも規模は小さかったし、社会的地位も遥かに高かった。それどころかマムルークのように元奴隷が国家を支配した例も珍しくない。黒人奴隷にそんな例はまずない。やはりユーラシア人はそれほど弱くないということだ。
比較的暮らし向きの良い非ユーラシア民族は存在するだろうか。おそらく最も良いポジションにいるのはハワイやグアムの先住民である。彼らはアメリカ人の平均所得と同じくらいであり、特に貧困には陥っていない。他のポリネシアの国も豊かではないものの、極端な貧困国は多くない。トンガのように王政を守っている国もある。ポリネシア人に次いで良いポジションなのはボツワナだろう。この国は非ユーラシア人がメインの国にしては珍しく中進国になった。アフリカの奇跡と言われるゆえんである。なお、アフリカの富裕国であるセーシェルとモーリシャスはユーラシア人の入植者が主流の国なので、議論には適さない。それに次ぐのはメキシコやパナマといった比較的暮らし向きの良い中南米の国だろうか。上層部は白人メインではあるが、国の所得水準が中進国であるため、先住民の子孫もそれなりの暮らしではある。あまり豊かではないが、国家ぐるみで先住民との混血を進めたパラグアイも比較的良い状況かもしれない。
それ以外の民族は本当に不遇である。最貧国か、国内で底辺に置かれるかのいずれかだ。人種格差というと普通は黒人が思い浮かぶだろう。アフリカの貧困とアメリカの人種差別が要因だ。しかし、実際は黒人に限らず、非ユーラシア民族はどれも不遇な立場なのである。アフリカ人はネグロイド、ニューギニア人とアボリジニはオーストラロイド、アメリカ先住民とマオリはモンゴロイドである。マダガスカルはモンゴロイドとネグロイドの混血だ。コーカソイドは近世以前はユーラシアにしか存在していなかった。
逆にユーラシア人の中で比較的弱体だった民族はあるだろうか。おそらく該当するのは東南アジアの諸島部だろう。フィリピンは近世以前に見るべき文明がなく、スペイン人にあっという間に征服されてしまった。インドネシアの東部もまた同様である。黒人には遥かに規模が劣るが、マレー人の奴隷貿易もまた行われていたようだ。これらの民族はユーラシアではあるが、比較的島という隔離されていた立場だったので、あまり強くなかったのだろう。インドネシアの東部の場合はそもそもオセアニアに近いという考え方もできる。ただし、フィリピンとインドネシアはサハラ砂漠以南のアフリカのような悲惨な経済状態にはない。特にインドネシアは急速に発展している。イエメンもユーラシアでは最も遅れた地域だが、この地域の文化は隣接するアフリカの角に近く、インドネシア東部と同様の境界地帯なのだろう。経済状況だけを見ればアフガニスタンは壊滅的だが、弱い民族かと言うと全くそんなことはない。むしろイギリス・ソ連・アメリカを打ち破ったとんでもない山岳民族である。やはりユーラシアの民族は非ユーラシアとは全く基盤が異なると考えられる。
世界の人種はネグロイド・コーカソイド・モンゴロイド・オーストラロイドの4つとされることが多いが、厳密にはあと2つある。一つはピグミーであり、もう一つはコイサンである。この2つはもともとアフリカの南半分に広く住んでいたと思われるが、数千年前に農耕を発明したバンツー系のネグロイドに圧倒され、南端部にかろうじて残っている程度である。彼らは非ユーラシア系民族の中でも特に弱体な民族と言えるだろう。