暴かれるシリア・アサド政権の闇【検索注意】
ここのところ急変しているシリア情勢だが、筆者もあまりに予測不能すぎて今後のシリアを考察することは難しい。旧政権の残党はまだ海岸部に存在しているようだが、いつまで持つのだろうか。おそらくシリアのアラウィ派はフセイン政権崩壊後のイラクのように武装した派閥として生き残りを図っているのだろう。2010年代の政権軍はとんでもない粘り強さを見せたのに対し、今回の政権軍は2週間で崩壊し、あまりのあっけなさである。
ところで、アサド大統領はどうなっているのだろうか。一時期搭乗機が撃墜されたという話が出たが、ロシアによるとモスクワに亡命したらしいとのこと。一応生きてはいるらしい。
しかし、アサド大統領はまだ59歳、寿命はたっぷりある。そして、このまま逃げおおせるのは難しいのではないかという新材料が明らかになってきた。「シリアのアウシュビッツ」ことサイドナヤ刑務所が暴かれたからである。あまりにも多くの政治勢力がナチス等に言及するので、このワードは希薄化しているのだが、筆者は断言する。サイドナヤ刑務所は本当にやばい。
以前の記事でアサド政権の崩壊は地政学的にはトラブルを引き起こす可能性が高いが、純粋に人道的な側面では喜ばしいことであると述べた。シリアの政権は内戦で20万人以上の民間人を殺害しており、他の勢力と比べても抜きん出て多い。ISISやロシア軍によって殺害された民間人はせいぜい数千人である。
ただ、なによりも恐ろしいのが、この他にアサド政権の秘密刑務所で処刑・拷問死した人間は相当な数に登ると思われる点だ。シリアの近年の困窮状態はシーザー法と呼ばれるアメリカの経済制裁が原因の一つだが、この制裁の論拠となったのはアサド政権による収容所の存在である。政権の兵士が収容所のデータをリークし、それが国際社会の目に触れ、問題視されているのである。
こうしたデータをもとにドイツに難民として移住していたシリア情報機関の元大佐が実は拷問の関係者だったことが判明し、人道に対する罪で終身刑に処されている。今のところシリアの政権関係者で逮捕・起訴されているのはこの人物が唯一である。
だが、政権の崩壊で数十年に渡る悪行が明らかになったことで、このプロセスは加速する可能性が高い。ダマスカスの陥落でついにシリア最悪の収容所であるサイドナヤ刑務所が解放されたが、この刑務所のキャパは想像よりも大きく、大量の囚人が拘束されていたことが判った。内部の映像が投稿されているが、陰惨極まりなく、国際的な強い反感を呼び起こす可能性が高い。犯罪は半世紀によって積み重ねられており、中にはソ連崩壊を知らない囚人もいるらしい。
未だに世界にはここまで恐ろしい施設が存在するのである。第二次世界大戦後の強制収容所でもこのクラスの場所はカンボジアのS21以来なのではないか。独裁政権が倒された例はいくらでもあるが、シリアのサイドヤナ刑務所のような施設はなかなか見ない。内部の映像からもヤバさは伝わってくる。迷宮のような地下施設に大量の牢獄と拷問室があり、凄まじい数の市民が拘束されていた。囚人をプレスする装置が大量に見つかっていたり、21世紀の光景とは思えない。あまりに陰惨なので、繊細な人はトラウマになると思う。調べることはオススメできない。
また、現在問題になっているのは、あまりに地下施設の構造が複雑なため、囚人の救出活動が難航している点である。反体制派は救助活動の困難を認め、反体制派は免責を条件に看守に名乗り出ることを要求しているが、効果が上がっているかは分からない。国際社会の緊急支援が求められているが、食料や酸素の残量を考えると、直ちに行動しなければ手遅れになってしまうだろう。看守が電子ロックを遮断したまま逃亡したため、現在も2万5000人の囚人が閉じ込められていると思われ、今すぐ救助しなければ手遅れになってしまう。
サイドナヤ刑務所は秘密施設にもかかわらず、国際社会で良く知られていた。それくらいやばい場所だったということだ。筆者も最近の世界でここまで残忍な施設は見たことがない。カダフィやムバラクとはレベルが違う悪行である。このクラスの残忍さを示す政権は、最近では北朝鮮くらいではないだろうか。サイドナヤの闇が暴かれれば確実に国際社会は憤激に駆られるだろうし、アサド政権の関係者を処罰せよという意見が高まることは間違いない。
権威主義政権といってもいろんなレベルがある。人道に対する罪で国際裁判にかけられるレベルの政権は少数だ。ナチス・ドイツを筆頭に、カンボジア、ルワンダ、ユーゴスラビア、シエラレオネなどが挙げられる。既に拷問部隊の関係者が終身刑に処されている現状を考えると、シリアのアサド政権もこのリストに名を連ねるだろう。
となると、アサド大統領が無事でいられる可能性は高くないのではないか。ここまで国際社会で悪名高い存在になってしまうと、アサド大統領を引き渡すような強い圧力がかかるだろうし、生きている限り永遠に責任を追及されるはずだ。まだアサド本人は良いが、政権関係者は逃亡できなかった人間も多いだろうから、なおさら問題になる。近いうちシリア特別法廷が開催される可能性は高いし、何人かは終身刑に処されるだろう。サイドナヤは負の世界遺産として登録されるかもしれない。
これまでシリア・アサド政権は地政学的な重要性により、「必要悪」と認識する有識者は多かった。アメリカやイスラエルも本当のところでアサド政権の崩壊を願っていたようには思えない。しかし、サイドナヤの闇が暴かれたことで国際世論は大きく動くだろう。おそらくアサド政権はいかなる地政学的利益に優先してでも消滅させるべき政権だったという扱いになる。カンボジアやルワンダの政権と同じだ。平和を愛する国際社会の決まりごとでも、ジェノサイド政権に限っては倒しても問題ないということになっている。2013年にシリア介入を中断したオバマは「保護する責任を果たさなかった」という批判を受けるかもしれない。ISISよりもアサド政権のほうがひどかったのではないかという議論が巻き起こるだろう。
今回はアサド政権への責任追及について書いたが、サイドナヤ刑務所から流れてくる映像は本当に恐ろしい。あまり検索しないほうが良いかもしれない。既に数万人の囚人が解放されているが、まだ地下施設に閉じ込められている囚人も多いと見られ、一分一秒でも早い救助活動が求められる。米軍でもイスラエル軍でも良いが、部隊を投入した方が良いのではないかと思うが。