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ばあちゃんの話#03~おふくろの味~

 祖母は料理上手でした。

 世にいう「おふくろの味」は、私にとって、「ばあちゃんの味」でした。「いやいや、それじゃあ『おふくろ』じゃないじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、それこそ一般的にいう「おふくろの味」という言葉からイメージする料理を作ってくれるのが、祖母だったのです。


1.ばあちゃんと料理と太刀魚とタコ


 私が知っている祖母はいつも台所にいて、家族に料理を作っていました。お正月やお盆の集まりでは、大袈裟ではなく、本当に1日中台所にいたように思います。

 祖母は、魚屋が休みの日曜日と休日以外は有明海の新鮮な魚介類を買ってきて、美味しく料理してくれました。クチゾコ(舌平目の仲間)、オオメ(のどくろ)、ヒラメ、カレイ、コノシロ、イカ、エビ、タイラギ、ワケ(イソギンチャク)、シャコ、ワタリガニなどを、刺身、煮つけ、味噌汁、天ぷら、サラダに調理します。

 中でも小さい頃から好きだったのは、太刀魚の煮つけです。

 祖母は九州の人なので、少し甘めの味付けでしたが、それが最高だったのです。肉厚でふわふわの太刀魚。ほんのり甘くて、うまみもたっぷりです。もうね、ご飯が、ご飯が、すすむ君。

 祖母が作るものは何でも美味しかったので、普段は特に好きではないものも祖母が作れば別、といった具合でした。

 その一番いい例がタコです。タコはそれほど好きではありませんでした。嫌いではないけれど、別に食べなくてもいいなと思う分類。

 祖母は新鮮なマダコが入ると、1匹丸ごと大きな鍋でゆがいて食べさせてくれました。料理を見るのが大好きだった私は、その過程を見ながら、タコは塩をまぶして揉み込むとぬめりが取れること、そして、ゆがく際には茶葉を入れることで色鮮やかに茹で上がることを知りました。

 茹で上がると、祖母は「このままかぶりつくとうまかよ」と言いながら、タコの足を1本くれるのです。初めて食べた時の感動は、今でも覚えています。

 タコってこんなに味がするんだ!!
 しかも柔らかいぞ!!

 ってね。


2.ばあちゃんとからあげと손맛

ばあちゃんの料理を、自分で作れるようになれたら最高だ。

 そう思い、祖母からは色々な料理を教わりました。しかし、なかなか思い通りの味は出ません。

 その最たるものが、からあげでした。

 祖母が作る鶏のからあげは、今まで食べた中でも飛び抜けて美味しかったです。祖母とは離れて暮らしていたので、自分でも作れるようになりたいと思い、中学の頃に作り方を教えてもらいました。

 醤油、酒、砂糖、おろし生姜、卵を混ぜてタレを作り、そこに鶏もも肉を浸して1、2時間ほど寝かせます。衣に使うのは片栗粉です。タレに付けた状態のところに片栗粉を適量入れて混ぜ合わせ、油で揚げたら出来上がりです。

 特に難しいことはありません。

 しかし、祖母はすべてを目分量で作るため、その感覚を掴むのが難しく、もちろん真似て作ったものも美味しいことは美味しいのですが、祖母のからあげと比べると、やはりどこか惜しいのです。

 でも、何が惜しいのかは分かりません。

 祖母に見てもらいながら作ったりもしたのですが、そのときは良くても、次に自分だけで作ってみると、やはり何かが違うのです。

 韓国には、「손맛(ソンマッ)」という言葉があります。

손(ソン):
맛(マッ):

 直訳すると「手の味」という、料理に使うとちょっと引いてしまいそうな表現になりますが、要は「その人にしか出せない手作りの味」のことをいいます。

 祖母のからあげの美味しさは、まさに 손맛 の成せる業だったのかもしれません。決して真似できない、美味しさ。

 
 あと10年くらい作り続けたら、
 私にも、
 ばあちゃんのからあげが、
 作れるのかな。

할머니의 손맛(ハルモニ エ ソンマッ):おばあちゃんの手料理の味


3.ばあちゃんと孫と名言

 最後に、そんな料理上手な祖母が発した名言をひとつ。

 私を含め、孫はみんな祖母のことが大好きだったので、夏休みになると、自分たちだけで祖母の家に来て1、2週間過ごすことがよくありました。

 ーーある夏の暑い日、兄と私、5つ年下の従妹は祖母の家で過ごしていました。朝ごはんも食べ終わり、しばしの間、畳の上でゴロゴロしながら過ごします。従妹はまだ小学校に上がる前で、暇だったのか、眠たかったのか、駄々をこね始めました。

「ばーちゃん、ばーちゃん、つまらん~~~~っ!」

 横になって TV を見る祖母の身体を一生懸命に揺らしながら、従妹は繰り返しこう言います。

「つーまーらーんー。つまらん~~~~っ!」

 すると、祖母は従妹の方を振り返り、こう言ったのです。

「つまらんとね? そりゃでけんね~」


「そばってん、ばあちゃんはつまる! つまる!!」


 まさかの返しに、従妹も「つまらない」と言うことがばかばかしくなったようで、ケラケラと笑い出しました。

 そして、私はというと、そんな光景を見ながら感心していました。

 そうか、つまらないの反対は「つまる」なのか。
 確かに「つまって」いれば、楽しくないとか感じないかもーー。

 ばあちゃん、マジ最高だな。

◆◆◆

 もう何十年も前の話ではありますが、いまだに、ふと「つまらないなあ」と感じることがあると、決まって祖母の声が聞こえてきます。

「ばあちゃんはつまる! つまる!!」

 うん、そうね。
 前言撤回。
 やっぱり私も
 つまる。


(つづく)

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