日本のドラフトはなぜ完全ウェーバーにならないのか
プロ野球のドラフト会議をめぐっては
「完全ウェーバー制」の導入が
しばしば話題になる。
2022年現在では
1位が一斉入札からの競合抽選、
2位以降は
偶数巡がウェーバー、
奇数巡は逆ウェーバーで
指名が行われるのだが、
アメリカの各スポーツで採用されている
完全ウェーバー制は
なぜ日本で採用されないのか。
その理由を探っていきたいと思う。
「完全ウェーバー」の利点と課題
「完全ウェーバー」の経験がない日本人
まず
これまでの日本プロ野球では
完全ウェーバー制が採用されたことが一度もない。
指名選手の抽選が行われないウェーバー制ですら
1967~77年の11年間しかなく、
指名順は予備抽選。
しかも偶数巡は逆ウェーバーで、
この奇数巡と偶数巡で順番を入れ替える手法は
今も踏襲され続けている。
なので
現在「完全ウェーバー制」を主張する人でも、
アメリカのように
全巡同じ順番で指名していく「完全ウェーバー」を主張する人は
意外と多くないように見える。
他の競技、企画だと
前年の成績に基づいた指名順による
全チーム参加のドラフトが行われることがまれだから、
アメリカの各スポーツに親しんでいない日本人が
完全ウェーバーに触れる機会も非常に少ない。
八村塁が指名された2019年のNBAドラフトを
見たことがあるか程度ではなかろうか。
もし今後完全ウェーバーが採用されたとしても
55年以上にわたって続いた形式の変更を嫌がるファンは
相当な数にのぼるだろう。
同時入札と競合抽選の文化
二つ目は
日本のドラフトでは抽選が行われるもの
という固定観念が
野球ファンや評論家等に出来上がっている点だ。
1位入札での単独指名がやたらと叩かれるのも
この固定観念が理由の一つと言える。
いくら予備抽選があったといっても
1位指名がウェーバー制だったのは
1977年まで。
あれから44年間
プロ野球のドラフトはずっと
全チーム同時入札と競合抽選が継続しており、
特に1978~90年は
本指名全てが同時入札だった。
この間
1位入札の競合抽選が行われなかった年は
一度もない。
アメリカのように
「全体〇位」という表現ができないこともあってか
現在のドラフトでも
同じ巡目では全チーム同時に入札していると
勘違いしているような人も少なくない。
この傾向にさらに拍車をかけたのが
逆指名・自由枠制度だ。
ただしここで重要なのは
逆指名が導入されたことよりも
逆指名対象外だった高校生を中心に
同時入札と競合抽選の制度が残ったことである。
もしここで
高校生にも逆指名が導入されていたら、
逆指名反対の声自体は強くとも
競合抽選制度の廃止には
徐々に慣れていったかもしれない。
しかし
1993~2004年までの12年間のうち
抽選が行われなかったのは
93、96、2000、03、04年のたった5回。
半分以上の確率で抽選が行われたことが、
「1位入札で競合抽選が行われるのがドラフトのあるべき姿」
という風潮をさらに強める結果になったのだ。
タンキング問題
完全ウェーバー制において
常に問題になるのがタンキング、
すなわち
ドラフト指名順のために
わざとチーム力を落とし負けやすく行為である。
これまでの日本だと
「そんなことするわけがないだろう」と言う
完全ウェーバー制論者も多かったが、
現実のMLBでは
実力がかなり劣る若手と格安のFA選手に特化して
開幕前からシーズンを捨てる行為が横行したため、
2022年開幕前の労使交渉で重要な議題の一つになった。
多少策を講じても
タンキングを完全になくすことは不可能だと思うが、
少しでもこの懸念を緩和する方策としては
NBAやMLBで導入されている
ロッタリー方式がある。
これは
下位チームの指名順を抽選で決めるシステムのことで
MLBでは全チームの勝率下位6チームに、
NBAでは
プレーオフに進出できなかった計14チームに対して
実施される方法だ。
全チーム確率が均等だったプロ野球の予備抽選時代と違い
より下位のチームが早い指名順になりやすいように
確率が調整されている。
またNPBにはクライマックスシリーズという
30チーム中16チームが進出できるNBAに近い
プレーオフ制度がある。
なので確率が複雑なこと、
アメリカの宝くじの抽選方法が
日本人にとってわかりにくいことを除けば
少しは有効な手段となる可能性もある。
ただし
先ほど書いたように
タンキングをなくすこと自体は不可能と言ってよく、
当のNBAでも
タンキングは深刻な問題点になっている。
一方で日本の場合だと
「ただとにかく若手が見たい」
「2位のウェーバー順を早くしたい」
などの理由で、
開幕前、開幕直後から
一部の若手至上主義のファンや
ドラフト評論家、スポーツライターなどが
積極的なタンキングを主張する光景が散見される。
なので
日本で完全ウェーバー制が導入される際にも
「ファンの声」に沿ったタンキングの懸念が
現実となる可能性がある反面、
これらの人たちからは
タンキングを行うチームが多ければ多いほど
拍手喝采されると思われる。
資金力の乏しい球団にもデメリットが?
この項はあくまで推測の話。
タンキングの問題一つをとっても
完全ウェーバーは資金力の乏しいチームに有利で
金満チームが反対するから実現しない
ようにも見えるが、
実は
資金力が乏しいチームにも
デメリットが存在する可能性がある。
一つは単純に自分たちが強くなった場合。
3連覇している間に
中村奨成、小園海斗の抽選を引き当てたカープを
想像するとわかるだろう。
もう一つは
全体上位指名選手に対する契約金の問題だ。
現在は1巡指名だと
大学生と社会人は
競合か外れ1巡かにかかわらずほぼ一律。
高校生の場合だと
競合した選手、単独入札できた選手は
大学生・社会人と同じ上限のほぼ満額、
それ以外は
低くても満額の80%程度が基本相場になっているが、
チームや候補によって多少の差が出る。
なお昨年のNPBは例年以上に差が少なく
12人中11人が1億円、
スワローズの山下輝のみが9000万円だった。
一方、
完全ウェーバーを採用しているMLBとNFLは
全1巡指名の半数にも満たない
全体1位と全体12位とですら差が非常に激しく、
特にNFLでは
契約金・年俸の上限・下限が
指名順によって厳格に定められている。
プロ野球でも完全ウェーバー制を採用すると
MLB、NFLのように
全体1位と12位で
契約金に極端な差が生じる相場に変わる可能性がある。
その場合はどうしても
全体1位から上位の契約金を大幅に上昇させなければならず、
資金力の乏しく弱体化したチームが
高い契約金続きで首が回らなくなる可能性も出てくるのだ。
また
FA移籍の補償がドラフト指名権の譲渡・追加になった場合も
これと似た問題が生じる。
一応付け加えておくと、
これまでのNPBは
契約金にまつわる諸問題によって
現在のドラフトの形式に落ち着いた経緯がある。
なので
たとえ完全ウェーバーになったとしても
現行の慣習は変わらない、
というより何が何でも変えないし変えられない
といったことも考えられるが、
そうなると今度は
「じゃあ何のために完全ウェーバーにしたんだ?」
という疑問が
金銭を払う側と受け取る側双方から生じても
何の不思議もないだろう。
「完全ウェーバー」を主張する人たちの真意
さてここでもう一つ。
今の日本でなぜ完全ウェーバー制が主張されているのか
考えてみたい。
「ドラフト」と矛盾する「完全ウェーバー」の手段
ドラフトが行われる理由として
よくあげられるのが「戦力均衡」である。
ドラフト自体が
アメリカ式のスポーツリーグ
いわゆる閉鎖型リーグに必要不可欠な
「戦力均衡」の手段の一つとして採用されているものだ。
優勝チームが最も優れた選手を獲得する可能性がある
1位同時入札と抽選制度をやめ
完全ウェーバーを採用せよという主張は
一見すると筋が通っているようにも見える。
ところが
日本の完全ウェーバー制に賛成する主張を見ると
おかしなことがある。
一時期採用されていた
交流戦やオールスターゲームで
勝利したリーグへの指名順位優先権の復活を
主張する人が多く、
それとともに
交流戦やオールスターゲームでのドラフト優先権廃止に対しても
反対する野球ファンが非常に多かったのだ。
タンキングを防止する、
交流戦で分の悪かった
セリーグ(巨人)に優先権がいくのが腹立たしい、
といった理由が彼らの中にはあるのだろうが
いずれにしても
彼らの言う「戦力均衡」とは真逆の弱肉強食の思想である。
「戦力均衡」とは正反対のこの点に
疑問を持つ人もまれに見かけるが
本当にまれにしかいないのが実態だ。
「残酷ショー」「見せ物」の現実
ドラフト会議当日前後に目立つ光景として、
「ドラフトは残酷ショーだ」「指名選手を見せ物にするな」と
ドラフト中継を批判する人たちが
完全ウェーバー制を主張するものがある。
この人たちは
ドラフト中継や会場への観客の招待を
日本独自の習慣ととらえており、
その需要の原因は1位入札の抽選にあると考えている。
なので
「ドラフトが完全ウェーバー制になれば
神聖なるドラフトの見せ物要素が排除され
アメリカのように粛々とした指名が行えるはずだ」
というのが彼らの主張だ。
しかし
2021年に再び多くの観客、招待選手等を入れて行われた
NFL、NBA、MLBの
ドラフトの様子を見るとよくわかる。
完全ウェーバー制は
次のチームの指名まで時間をとりやすいので、
コミッショナーが
指名選手を祝福して帽子をかぶせてやったり
指名選手にインタビューを行ったりといった
演出が非常に容易。
実のところ
ドラフトを彼らの言う「残酷ショー」「見せ物」にするには
完全ウェーバー制ほど適したシステムはないのだ。
これがもし
「アメリカの真似をするな。日本には日本のやり方があるんだ」
などと主張していたのならまだ筋は通っている。
しかし
現行のドラフトを「見せ物」と非難している人たちは
どういうわけか
「ドラフトで若者を見せ物にするのは日本だけ」
「こういうところこそアメリカをまねてドラフトの演出をやめろ」
と事実と正反対の主張をするので
非常におかしなことになっている。
しかもMLBは
2021年になってドラフトの演出を大幅に強化。
初日の指名は
デンバーにある5000人収容のコンベンションセンター
Bellco Theatre を貸し切って行われ、
指名候補選手とその家族、そして多数の観客を入れる
NFL、NBAに近いドラフトになった。
2日目と3日目は2019年までと同じ演出だったが、
2日目は
中継の中で指名選手の簡単な解説が行われ
その解説が終わってから次の指名に移るため、
指名1人あたりにかけられる時間は
2巡目以降の日本プロ野球より長く、
それが10巡目すなわち全体300位強まで続く。
全体13番目以降は
機械的に淡々と指名が読み上げられ、
1000人もいるはずの観客も
よほどの有名選手じゃないとまばらにしか拍手が起こらない
日本のドラフト会議に比べて
はるかに強化された演出が行われ続けているのだ。
単にドラフト会議に関する知識が
地上波で放送されている1位入札と
その後の感動番組しかないだけかもしれないが、
感動番組の間にネット上でも無料配信されているドラフト中継と
先ほど挙げた動画とを見れば
「ドラフトは日本特有の見せ物」などとは
到底言えない。
そしてこの理由だと
本当にふさわしい制度は
完全ウェーバーではなく
入団発表や雑誌等での進路公表なども
すべて禁止したうえでの完全自由競争、
いやもっと言えば
エンターテイメントの興行である
プロ野球そのものも廃止し
アマチュア化しなければならないはず。
しかし完全自由競争だと
「球界の盟主」である
巨人や渡邉恒雄主筆らの主張と一致することになる。
野球に詳しくない人でも
彼らを嫌う人は少なくないだろうし、
おそらくは
逆指名や自由枠時代の
裏金等のイメージも残っている。
この層にとって完全ウェーバーとは
自分が本当の理想としている
自由競争を主張しづらいがゆえの
本能的な妥協の産物にすぎないからと
考えるほかない。
「自由競争」のもとでの完全ウェーバーを主張する人たち
他には
「自由競争」を主張しながら
プロ野球の完全ウェーバー制も主張する人たちがいる。
このような書き方をすると
何のことかと思われると思うが、
要は
NPBに対しては完全ウェーバー制ドラフトを主張する、
だがその前に
ほんの少しでもアメリカに行きたいという夢を持つ選手は
全て日本のプロ野球を経ず
アマチュア球界からもさっさと離れ
直接海外に行かせるべきだ
と主張している人たちのことだ。
しかもこの人たちは
マイナー、独立リーグとの契約や野球留学をサポートする団体から
安易な渡米はお薦めしないと直に警鐘を鳴らされていても
全く聞く耳を持たないのである。
何らかの理由で日本の野球界が嫌いなのか
中南米などを含めた海外の野球が好きすぎるのか
正確な理由は人それぞれだろうが、
とにかく選手には安易な渡米、
逆に言えばMLBによる徹底した青田買いを熱烈に推奨する一方で
NPBには完全ウェーバー制のドラフトを求める。
またこの中には
日本の球界を
あくまでMLBへの供給源ととらえている人も少なくなく、
この場合だと
FA権の短縮、自動FAと完全ウェーバー導入をセットに主張する一方で
FAになった「ロートル」選手を獲得するNPBのチームには
「若手の出場機会を奪う」「育成する気がない」と
頭ごなしに非難するケースが多い。
こうした人たちは
たとえば2022年にドジャースとマイナー契約した松田康甫選手や
彼の在籍していた茨城アストロプラネッツを
過剰に称賛しつつ日本球界批判へ主張が移るので
わかりやすいのだが、
彼らの思想が端的に表れていたのは
2020年ドラフトでの
田澤純一選手の「指名漏れ」に対する反応だろう。
この年の田澤は
BCリーグのなかでもさほど良い結果を残したわけではなく
しかも34歳。
この年齢の時点で
「田澤純一」じゃなければ
指名候補に名前が挙がることすら考えづらいばかりか、
たとえMLBからの出戻りだったとしても
よほど好感度が高いチームじゃなければ
「なぜ獲るんだ、それなら若手を使え」と叩かれるのは
目に見えている状態だった。
またMLBでの実績と知名度を考えれば
育成指名や下位指名は
さすがに失礼にあたる可能性が高い選手でもある。
そのような状況の中で
最終的に他の若い選手を指名し
田澤を指名しない選択をした12球団に対して、
他の理由を全く考えることなく
「NPBが閉鎖的だからだ」「排除の論理」とばかり
批判した人がそれなりの数いたが、
ここであげた海外移籍を推す人たちは
ほぼ例外なくこの中に加わっていた。
この人たちにとって
日本のプロ、アマチュア球界は
「その年の海外移籍を断念した選手が仕方なく契約するか
MLBに挑戦する気がない腰抜けがプレーする場」
程度にしかとらえられてないのかもしれない。
またこの場合も
国内での自由競争、つまり
「『各チームへの偏った流入』は認めないが
『各チームからの自由な流出』は徹底的に認めろ」
という主張であるため、
日本のプロ野球の戦力均衡化やビジネス面での向上、
リーグの質のレベルアップなどには
全く関心がないことも明らかである。
結論:日本のドラフトが完全ウェーバーにならない本当の理由
なぜ日本のドラフトが
完全ウェーバーにならないのか。
それは
本当に完全ウェーバー制を望んでいる人が
ほとんどいないからである。
NPB側から見ると
資金力で劣るチームにとっても
完全ウェーバー制は
必ずしもうまみがあるわけではなく、
1位入札競合のエンターテイメント性も
わざわざ捨てるほどのものではない。
ファン視点に立っても、
長年慣れ親しんだ抽選システムが廃止され
一度も見たことがない
完全ウェーバーが導入されることには
抵抗を覚えると思われる。
しかしもう一つ重大なのは
完全ウェーバー制を主張している人の大半が
完全ウェーバー制を望んでいないことだ。
それぞれの真意は
本当は弱肉強食のプロ野球界を望んでいる、
ドラフト中継が嫌いなだけ、
とにかく金満球団巨人を批判したい、
アメリカでプレーする選手さえ増えれば
日本国内のプロ、アマチュアは衰退してかまわないなど
まちまちだが、
完全ウェーバー制にする主な目的であるはずの
セ・パ両リーグの戦力均衡と
プロ野球全体の活性化を
望んでいないのはたしかだと言える。
どれをとっても
セ・パ両リーグの戦力均衡はおろか
エンターテイメント産業でもある
プロ野球の発達にも
全く関心がない。
本来的な意味での
完全ウェーバー制導入を主張している人は
ごくわずかにすぎない。
完全ウェーバー制の採用が
議論にもならないのは、
結局のところ、
球界内部、外部とも
完全ウェーバー制を本当の意味で推進したい人が
ほとんどいないことが
根底にあると考えられるのだ。