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店員さんに声かけられるのは基本的に苦手だけど「スープ割りいりますか?」だけはまじで聞いてほしい

店員さんに声をかけかれるのが苦手だ。

アパレルショップでも、電気屋さんでも、コーヒーショップでも。

どれだけ優しく声をかけられても、こちらのタイミングじゃないと少しだけ煙たく感じてしまう。人と話すのは苦手じゃないはずなんだけど。

でも唯一、店員さんに声をかけてほしい瞬間がある。今日はそんなはなし。

***

入口に置かれたスタンド看板のメニューを眺めて迷う。さて、なににしよっかな。醤油ベースもいいなぁ。でも今日の気分は鶏白湯かなぁ。

近所にできたラーメン屋さん。最近ぼくのまわりでは、清潔感があって上品な印象の、オシャレなラーメン屋さんが増えている。こちらのお店もそのひと。推しメニューはつけ麺のようだ。このお店では「つけそば」と呼んでいるらしい。

「トッピングはなしでいっか」と、一番安いつけそばにしようと決め、店に入る。

店内には券売機代わりのデジタルサイネージが置いてあった。タッチパネルを触って「つけそば」を選ぶと、一番上に大きく表示された「特製鶏白湯つけそば」の写真が目に飛び込んでくる。

俯瞰のアングルで撮影されたつけそば。きれいにたたまれた麺、飴色に輝く半熟玉子、縁からはみ出るように盛られたチャーシューたちが、まっ白な器の上で鮮やかに輝いている。さっきまでシンプルつけそばにしようと思っていたぼくは、その美しい写真に惹かれて思わず「特製」を選んだ。デジタル化を進める理由は何も利便性だけじゃないなと、ひとり納得して席に着いた。


しばらくすると料理が運ばれてきた。画面で見たのと相違ない、鮮やかなつけそば。よく見ると麺には何かが混ぜ込んである。なんだろうと思い卓上の説明文を読む。

「麺は老舗の製麺所にて特注。食物繊維やビタミンB1を多く含む全粒粉を、小麦粉とブレンドしています。」

全粒粉。

一度は聞いたことあるけどなんなのかはよく知らないオシャレ粉。

(あとで調べたところ、小麦を丸ごと粉にしたもので、お米で言う玄米のようなものらしい。ちなみにぼくは麦ごはん派。)


ふむふむ、こういう説明文っていいよね。食べる前から期待感高まるよね。

あ、おすすめの食べ方も書いてある。

①麺をそのまますする
②藻塩や山葵を麺につけて食べる
③つけ汁に浸して食べる
④卓上調味料で味の変化を楽しむ
⑤麺を完食したらスープ割りを頼んで〆

言われるがまま、①から試す。


……おいしい。

麺って、麺だけ食べてもおいしいものなのね。麺そのものの味って意識したことなかった。味というよりかは香りがとてもいい。

さて、次は②だ。いいお肉を食べるみたいに、添えられた藻塩と山葵をそれぞれちょこんと麺にのせ、やさしく口に運ぶ。


……おいしい!

山葵もちょっといいやつだ!いやな辛さのない、爽やかな後味。薄ピンク色の藻塩も、塩味よりも旨みが勝っている丸みのある印象。こりゃいいぞ~!!

期待感がきちんと食欲へ移行し、ぼくは夢中でつけそばを食べた。鶏と魚介がベースのつけ汁は濃すぎず、それでいて香ばしさや甘みが感じられる複雑な味わい。卓上調味料も「山椒」「醤油ダレ」「黒胡椒」「煮干し酢」と豊富に揃っている。ちょっと黒胡椒を効かせてみようかな、煮干し酢ってどんな味なんだろう?と、最後まで飽きることなくいただいた。

さて、あと残すところは⑤だけだ。

⑤麺を完食したらスープ割りを頼んで〆


……。

つけ麺あるあるスープ割り頼むのちょっと勇気いるううぅぅ~~!!!


これはぼくだけなんだろうか。スープ割りを頼むのってちょっとだけ勇気がいる。いいお寿司屋さんで最後に玉子焼きを頼むくらいに頼みづらい。

そして今日に限って、残ったつけ汁の量が少ない。そもそもこれは割れる量なのか?「え、こいつ、この量でスープ割りすんの?」とか思われない?

辺りを見回す。店員さんは近くにいない。そしてぼくの声はとても通りにくい。「すみません!」と店員さんを呼ぶのはかなり苦手だ。かといって席を立って店員さんの元へ行くのも気が引ける。

あぁ、こんなとき、こんなときこそなんだよ……。


店員さん!お願いです!!
ぼくに「スープ割りいりますか?」って聞いてもらえませんか!!!!


背後でガガガッと椅子を引く音がする。別のお客さんが食べ終えて席を立った。「ありがとうございました~!」の声とともに、店員さんがテーブルを片付けにやってくる。

……きた。今がチャンスだ。


首だけじゃなく、しっかりと体ごと振り向いて、姿勢を正して声を出す。

「す、すみません!」

「はい?」

「スープ割りって、いただけますか・・・?」
(どうするアイフルチワワ目意識)

「あ、はい!つけ汁いったんお下げしますね。」


どきどきどき。
やった、やったよお母さん。
スープ割り、ひとりで頼めたよ。

厨房へ下がった店員さんが戻ってくる。

「お待たせいたしましたー」

き、きたー!

ちょ、ちょっと増えてる!(そりゃそう)

これが適量なのかそうじゃないのかわからないが、とりあえず一口。


あ、あったかまろやか~~!!


これまたおいしい。先ほどのつけ汁よりも、いっそう角が取れた感じ。細かく刻んだ玉ねぎのシャキシャキ食感も楽しめて、つけそばを食べている時とはまた違った発見がある。


ぼくはスープ割りを飲み干し、満足顔で席を立った。

ガガガッと響く椅子の音。三つ隣の席の大学生らしき男の子がこちらを見て、視線を戻す。食べているのはつけそば。視線の先には空の器と、少し残ったつけ汁。何をするわけでもなく、卓上で肘をつき、指で指先をいじいじしている。

せ、青年!
君もか!君もなのか!!
店員さんに声かけられるのは基本的に苦手だけど「スープ割りいりますか?」だけはまじで聞いてほしいタイプなんだな!
待ってろ、店員さんはもうすぐ来るからな!
そのタイミングを逃すんじゃないぞ!


勝手な先輩風を吹かせながら、ぼくは彼の後ろを通って出口へと向かった。すぐに背中の方から「すみません」と声が聞こえる。それを聞いてぼくはひとり、マスクの下でニマニマ笑みを浮かべた。

青年よ、このスープ割りバトンは必ず次の同胞に紡いでくれよな。




……いややっぱ店員さん、「スープ割りいりますか?」ってなるべく聞いてもらえませんか~!!!




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