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掃除のおばちゃんのやさしさを感じる、我が家の無人落とし物センター

風鈴の音色に夏を感じるみたいに、おばちゃんの不在に日曜日を感じる。

そっか、
もう1週間経ったんだ、
いけない、燃えるごみを出さきゃ。

ぼくは賃貸マンションに住んでいる。明るい煉瓦色の外壁で、高さは9階。オートロックの扉を開けるとエレベーターホールがあって、オーナーさんの趣味なのか、優雅でクラシカルなBGMが流れている。ホールの隣には共用の待ち合いスペースがあって、室内にはパキっとしたオレンジ色のソファと透明のローテーブル、そして「いったい誰が飲むんだろう」と思うラインナップの自動販売機が置いてある。

もう長いことやらせてもろてます、でもちゃんとリノベーションもしとります感のあるレトロな佇まいが気に入っていて、住みはじめてもうすぐ5年になる。

入居当時からずっと、このマンションを支えてくれている人がいる。マンションをきれいに保ってくれている、掃除のおばちゃんだ。

おばちゃんはいつも藍色のジャンパーを着て、下は撥水素材の黒色のズボンを履いている。靴は長靴で、自転車でやってきて自転車で帰って行く。

植木に水をやったり、ごみ置き場を片づけたり、各階の廊下を掃除したりするのが主な業務のようだ。晴れた日に窓を開けると、ホースから水が噴き出す爽やかな音が聞こえてきて、玄関の向こう側からは、ざーっ、ざーっとコンクリートの上を箒で履く音が聞こえてくる。


おばちゃんとは朝、ぼくが出勤する8時過ぎによく出会う。必ず「いってらっしゃい」と声をかけてくれて、ぼくは「いってきます」と返す。近所の人にあいさつをするのは小学生の頃は当たり前だったのに、都会で暮らすうちにいつしか珍しいことになっていた。おばちゃんとあいさつを交わすたび、実家に帰ったときに感じる無条件の安心感みたいなものが込み上げて来る。

そんなおばちゃんのやさしさを、ぼくが勝手に感じている場所が、マンションの一角にある。

エレベーターの前、ホールの中にある掲示板。
▲ボタンを押してエレベーターを待っていると、紙を留めるために使われている押しピンに、そっとぶらさがっている黒いコードの存在に気がついた。

数日経ってエレベーターを降りると、黒いコードは消えていた。でもその後も時々、黒いコードのあった場所に別の物がかかっていることがあった。キーホルダーだったり、髪を束ねるシュシュだったり、折り畳み傘の袋だったり。

この場所はどうやら、我が家の無人落とし物センターらしい。「落とし物です」とも、「○月△日、どこどこで発見」とも書いていないけど、住人が必ず通るこの場所に置いてあるだけで不思議と伝わってくる。

ぼくはどうしてか、この一角におばちゃんのやさしさを感じる。「誰か落としてたよ」、「ここ置いとくからね、次は気をつけや」と言ってくれてるような気がして。

たまに台風なんかで風が強い日曜日には、玄関先に落ち葉が固まっていることがある。

大型連休のときには、ゴミ捨て場が散らかっていたりする。

そんなとき、ぼくはおばちゃんの存在を改めて実感する。当たり前すぎて意識していなかったけど、このマンションが清潔で過ごしやすいのは、きれいにしてくれるおばちゃんのおかげなんだなと。でも同時に、おばちゃんの存在を感じていたにも関わらず、おばちゃんがしてくれていることへの感謝の気持ちは薄かったなと反省もする。


おばちゃん、いつもありがとう。


「ちゃんと分別してくれてありがとうね〜」と言ってくれるあなたのために、ぼくはこれからも燃えるごみとプラスチック製容器包装をしっかりわけ続けます。ペットボトルのキャップはプラスチック製容器包装で出さなきゃいけないことに今さら気づいたから、次の木曜日からはちゃんと分けるね。


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