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友人信仰

どうしてそんなに優しくするの。

アイは僕をそっと上目遣いで見つめる。
きゅ、と眉を寄せて唇を一文字に引き結び、何かを堪えるような表情をしていた。
「だって、だって。俺はユウのこと嫌いって言ったのに。嫌なことたくさんしたのに」
戦慄く唇が紡ぐ声は、震えていて、掠れていて、それでもなお愛おしい。僕は君に嫌われていたとしても、その気持ちに応えたいと思ったんだ。

『たとえそれがどんな形であったとしても、君の想いを大切にしたい。
君からもらえるならどんな感情でも嬉しかった。だからね、安心して。僕は大丈夫だから。
君に何をされたって構わない。何を言われたっていい。僕のことを憎んでくれてもかまわない。
ただひとつだけお願いがあるとするならば、それは。
――どうか僕以外の誰かを好きにならないでほしい。』

なんて、そんな事君に言えるはずもなく、僕はただ微笑む。
「君は素直じゃないから、ね」
そう言って頭を撫でると、君はまた泣き出しそうな顔をしていた。
ごめんなさい、ユウ……と呟いた言葉は、遠くから聞こえる雑音にすらかき消されてしまいそうなほど弱々しくて。

――ああ、なんて素敵な日なんだ!

僕は狂喜を押し込めながら、可能な限り優しくアイに触れた。
この子は僕の愛情を試そうとしていた。いわゆる、試し行動というやつだ。そんな事をする理由は、いつか捨てられるのが怖いからだろう。
僕がアイのことを捨てるはずないのに。それどころか、一生離してやりたくないのに。
なんていじらしいひと!
「……っ!」
びくり、と肩を震わせてこちらを見上げたアイに、僕は笑いかける。
怯えているのか。
それとも、僕に嫌われてしまったと思っているのか。
どちらにせよ、可愛いことに変わりはない。
アイは、僕の服を躊躇いがちに握っていた。
どうしたの、と促すように視線を合わせると、おずおずと口を開く。
「まだ、ユウのこと、すきでいてもいい……?」
不安げな瞳は、今にも雫を落としそうだ。ああもう、本当に可愛くて仕方がない。
僕は衝動のままにアイを抱き締めた。ぎゅう、と腕に力を入れれば、戸惑いながらも抱き返してくれる。
アイの身体からふわりと石鹸が香った。
「僕は絶対に、君を否定しないよ」
お互いに、どろりとした視線を絡み合わせる。
自分でもうんざりするほど甘ったるい声が出たが、アイは恍惚とした表情で僕の声を聴いていた。……本当に、どこまでも愛おしいなぁ。
「ユウは、かみさまみたいだね。俺だけの、かみさま……」
僕はすり寄ってくるアイを優しく見つめながら、そっと目を細めた。

違うよ。神様はアイの方。僕の何も無い、灰色の人生を彩ってくれた。
僕は君が、欲しくて欲しくて堪らなかった。
だから、君を堕としてしまえばいいと考えて、それを実行したんだ。
――僕が、君にとって都合のいい理想の「かみさま」を演じている間は、隣にいてくれるでしょう?

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