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子どもを全力応援する親だったら知りたい「究極の選択」



突然ですが、質問です。


今、お子さんが夢中でがんばっているスポーツがあるとして、残念ながら最後の試合は悔しい結果になってしまうとします。


いつもの動きは全くできずに、まるで初心者を試合に放り込んだようなスランプが、よりによって最後の大一番の試合にあなたのお子さんに起きてしまったら…?


体調は悪くなく、身体もしっかり作り込んで、これまで以上に準備をして来たにも関わらずです。



その時、一番近くでお子さんを見守ってきた親であるあなたは、結果を受け止めること自体が非常に辛いことでしょう。


お子さんの今までの努力の日々を思い返したら、夜も眠れないぐらいに悔しさと悲しみに打ちひしがれると思います。


そして、その結果を前にしてしまったら、後悔する気持ちをゼロにするのは難しいでしょう。


もっと何かできたのではないか?
サポートの立場から、何か言ってあげたら、やってあげたらこの結果にはならなかったのではないか?



そんな思いが浮かんでは消え、を繰り返すこともあると思います。



ここで、究極の選択です。


1.子どもの本来の力を信じて「この子は大丈夫!」と心から信頼して子どもを見守ることができた今までを経た敗戦。



2.子どもが自主的にやることを待てず「この子のため!」と親が先導してきた今までを経た敗戦。


どちらの道を進んでも、最後の結果は同じです。


どうせ最後の結果が同じなのであれば、あなたはどちらの親で在りたいと思いますか?


どちらが「上か?下か?」の質問ではありません。
やり方やあり方が違うだけで、同じ熱量の愛情を持ってこれまでのお子さんの活動を見守り応援をしてきた過程の話です。



スポーツが怖いのは、ケガやスランプがついて回ることです。それまでどれだけ努力をしても、どうにもできないタイミングで訪れることがあります。


才能や能力や努力の差に関係なく、誰にでもそれが起きてしまう可能性があるのです。


私自身は、超熱血ママとして「2」を選択していました。正直なところを言えば、私の中で「1」が選択肢にあったのかも微妙なところです。


最初から「1」が選択肢にあるならば、私だって苦労していない!という心境でしたから。


当時の私は「1」を選べる親は、子どもが自分でどんどんやれる子に限ると思っていました。


我が子が、本田圭佑選手やイチロー選手や大谷翔平選手のように、卒業文集で「プロになる!」と堂々と宣言できる子だったならば、私だって喜んで「1」を選択していたし、そうであれたのに…と思っていました。


「2」を選択せざるを得ないから「2」なんです。それが本音でした。


その結果が、娘は最後の大会で今までに経験したことがないスランプに陥りました。ちょっと調子が悪いというレベルではなく、全くプレーにならなくなった大スランプです。


なぜ、最後の最後で娘がこうなってしまったのか…?と、その現実に打ちひしがれました。


私にも何かできることがあったのではないか?を考えているうちに行きついたのが、



私は何かを間違えていたのではないか?という疑念でした。



たしかに対戦相手は強かったです。
でも、絶対に勝てない相手ではありませんでした。勝機はあったし、娘がいつものプレーができていれば…と思ってしまう点差でもありました。


「娘のために」という大義名分はあったけれども、今までの私のサポートは、本当に娘のためになっていたのだろうか?


その答えが最後のスランプだったとしたら…?


私は、この最後の結果があったから、自分の今までを振り返って認めたのです。「2」を選択してしまったことを後悔している自分を全面的に受け入れました。


もし、あの試合で大逆転をして全国に行っていたら、私が今までのあり方を否定する理由はありませんでした。


自分を変えることを真剣に考える機会は得られませんでしたし、7歳下の息子にも娘と同じことをしていたと思います。


娘も息子も「プロになりたい!」と卒業文集に書くような大人にわかりやすくやる気を見せてくれません。


私が熱くなることが好きなタイプなのに対して、よくそんなに燃える元気があるねって関心しちゃうぐらい真逆のタイプです。


スラムダンクのキャラクターで言えば、私の子ならば相田彦一(要チェックや!!の子)が生まれてきそうなのに、2人して流川楓だったみたいな…笑


私は流川くんに対して、やる気がダダ漏れの熱さを求めて、それができるようになったら完璧だと思っていたようなものでした。


中身が彦一の流川くんなんて全然違う。なんでそれを求めてたんだ自分…。


よく見てみ?流川くんだよ?ってスラムダンクに置き換えたらわかることも、我が子だとわかりませんでした。


それくらい盲目になってしまうのが我が子のこと。


こっちの方がいいよって情報があれば、そうしたいしそう出来たらどれだけいいかって思います。


でも、当時の私は怖かったのです。
今までやって来たことをやめてしまって、結果が出なかった時にやめたことを後悔するのが本当に怖かった。


もしかしたら、今までの努力が報われるかもしれないのに。という希望だってありました。
あとちょっとで、結果が出るかもしれないのにと思ったら、やめられませんでした。


そこで、追い討ちの「究極の選択」その2。


1、あなたの努力が報われることが1番大事?

2、子どもの可能性を信じたことを誇れることが1番大事?


これは10年前の私が読んだら、ぐうの音も出ない意地悪な質問ですよ。本人がそう言うので間違いありません。


プレーをするのは子どもですが、それを全力サポートする親だって、体力も気力もすり減らして毎日の生活を送っています。


子どもの夢を自分事にしたくなるのもしょうがないぐらいハードな生活ですから。



早朝に起きてお弁当を作ったり、何回も洗濯を回したり、時には人間関係にも気を使ったり、練習や試合の送り迎えだって大変です。



子どもへの愛情がなければ成り立たない時間を積み重ねての「今」です。


それだけのエネルギーと時間を費やしていたからこそ、結果がどう転んだとしても自分が納得いく選択をしたかった。と今は心底思っています。

10年前の私が聞く耳を持つとしたら、最悪の結果を経験した今の私の言葉だったかなと思います。


だから、私が伝える意味があるのだと思います。


頑固で「娘にはやる気を出させる声掛けは必須!」の思い込みが激しかった当時の私でも、ぐうの音も出ない角度に切り込めるのは、今の経験値がある私だけだからです。



大事なことなので、もう一度。
スポーツのように勝敗がつく結果に関しては、時の運だったり、自分の努力だけではどうにもならない要素が絡んでいるものです。




これまでの努力は関係なく、どっちに転んでもおかしくないことがいくらでもあるものなのです。



だからこそ、最高な結果だけではなくて、どんな結果が出ようとも親として後悔しない選択をしたいのです。それができたならば、結果はどう出ようが失敗はありません。



どんな終わり方だったとしても、それまでのすべてを親子にとっての良い時間にできます。


私のように「からやむあり方、やり方」は、これからの親子関係にマイナスに響いてしまう可能性だってあります。


それを踏まえて考えてみてください。


「どう転んでも怖くない親のあり方」でいられたなら…正直、無敵ですよね?



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