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【短編小説】悪魔の晩餐会-file1-

 それは蒸し暑い真夏の夜の出来事だった。雲一つ無い澄んだ空には真ん丸な月がぽっかりと浮かび、辺りを煌々と照らしている。ここは静かな森の奥深く。
 ほのかに暖かい風が吹いて、木々の葉を揺らしている。この森には大きな川が流れており、淡々としたリズミカルな川のせせらぎが聞こえている。
 生い茂った木々の間から長く伸びた草たちが生えており、その合間から数々の夏の虫が合唱を響き渡らせている。それは森の木々たちが寝静まった深夜一時を過ぎたぐらいのことだった。

 森の奥から草を掻き分け、折れた枝を踏み鳴らしながら、歩く音が聞こえてきた。その足音は徐々に川辺の方に向かい近づいてくる。

 やがて、月明かりに照らされて、真っ黒で大きな体をした三体の生物が木々の影から姿を現した。その陰影は、耳が尖り、目つきは鋭く、口元には鋭い牙が生えていた。

 しかも、その手と足には、鋭く尖った長い爪が生えており、それはヌメリを帯びているかのように艶やかで光沢を放っていた。その三体は、それぞれの口に何かの物体をくわえており、その鋭い牙の間からどす黒い液体が滴り落ちているのである。

 その三体は何かを探している様子で、首を左右に振りながら、しきりに辺りを見回している。やがて、その中の背の一番低い一体が、大きな岩場を見つけると、三体はそこへ移動して平らな岩の上に腰かけた。

 そして、一番背の高い一体が、おもむろに口に咥えていた物体を岩の上に離した。すると、岩の上に滑り落ちた途端、その物体が大量のどす黒い液体が吹き出したではないか。黒い液体が岩スジを伝って滴り落ちていく。それを見た他の二体も同じように、咥えていた物体を離す。

 どす黒い液体に染まった目の前の岩を見つめながら、一番背の高い一体が、突然、その物体を鋭い爪で串刺しにすると、岩に叩きつけ始めたのである。

 次第に頭の部分がザックリと割れて、鮮血が飛び散った。そして、すさまじい勢いで叩きつけられる生き物は、次第にぐったりと力を失った状態の首と胴体の関節が破壊され、全身の皮膚組織を剥がされながら、辺りに血しぶきと皮膚を飛び散らせていく。

 ようやく終わったかと思った、次の瞬間だった。今度はのこぎりの刃のように連続的に尖った岩を見つけ、そこへ思いっきり、ヤスリを掛けるかの如く何度も往復させるのである。完全に皮膚が剥がされ、赤く血に染まった肉が剥き出しになった。

『ははっ、こいつは、美味そうだなぁ』

 そう言って、血の滲んだ肉の部分に尖った牙を押し当てると、引きちぎりながら口の中へと、ほおばっていくではないか。それを見ていた他の二体も、息を飲み込むと、同じ動作をして食べ始めたのだ。

『おほほほっ。ああ、このはらわたの生臭い事。ドロドロしていて、これは、美味しいわ』

『本当だっ!ああ、こんなに目玉がうまいとは、これはビックリだね』

『この頭めっ!これが脳みそか・・・。なんか、酸っぱいような何とも言えない味だなぁ』

三体はガツガツと必死で、その生き物を食していく。時折、骨を吐き出しながら、食べる。食べる。

『はあ、美味かった。良く食べたなぁ』

『本当、良く食べたわ。あんたも残さず食べなさい』

『はーいっ』

 だが、そんな恐ろしく、おぞましい姿を遠くから見つめる、六つの目があった。コールマン製の深緑色のテントの隙間から覗く、その目。それは川を挟んだ対岸で、キャンプをしていた家族であった。

「ねぇ、お父さん。あれは何をしているの?」

小さな娘が、父の袖を引っ張って小声で尋ねる。

「ああ、あれはね・・・。そう、あれは”あくまの晩餐会”だよ」

「えっ?!何っ?!もう一回言って」

小さな娘が耳を疑うような仕草をして催促する。

「ああ、うん。じゃあ、もう一回言うぞ。あれは”あっくまの晩餐会”だ」

「それって、ダジャレよね?」

それを聞いていた隣にいる美人妻が冷淡に言った。

「うん・・・。まあ、なんだ・・・正確に句読点まで言うと、”あっ、熊の晩餐会”だな」

「誰も、そこまで聞いてないわよ」

「で、このオチはどうなるのぉ?」

呆れる美人妻。小さな娘は目をクリクリさせて父を見ている。

「いや・・・オチっていうか・・・。まあ、古典的なギャグだからなぁ」

「本当ね。この夏にピッタリのお寒いギャグだわ。しかもオヤジギャグ・・・」

「オヤジギャグぅぅ~。オヤジギャグぅぅ~」

 小さな娘が狭いテントの中でダンスを躍り出した。

「こらっ!静かにっ!たかちゃんが起きちゃうだろう!」

 とりあえず、自分のギャグが滑ったことを、下の子供をダシに使って、娘のダンスを止めさせたイケメン夫であった。それに気づいた熊たちは、バカにしたような目つきで、テントの方を見ている。

『ねぇねぇ。あの人間達は、あんなところで、何をしているの?』

小熊が親熊に尋ねる。

『あれは、キャンプと言うものをしているんだよ、坊や。それにしても、風情の無い、うるさい家族だねぇ』

『全くだ。近所迷惑って言葉を知らんのじゃないか。時間をわきまえろっての!俺が文句言ってやろうか?』

『もう、いいわよ。食事も済んだし帰りましょ』

『そうだね。お腹いっぱいで、眠くなってきたから帰ろうよ』

『フンっ!』

そのまま、三匹の熊はそっぽを向いて、森の中へと消えて行った。テントの家族も熊が立ち去ったので、仕方なく眠りについた。静かな森に再び平穏な時間が訪れたのである。

了・・?



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