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子哭き寺②

青い目玉

私の鼓動が急速に大きくなり、全身を小刻みな振動が襲った。私は震える唇を何とか噛みしめながら、躊躇ちゅうちょした。いくら、肝試しと言っても、これ以上進むのは危険だろう。

  親友の唐田とうだ 景子けいこは高校三年になり、いち早く車の免許を取ったため、私と他の友人二名を連れだって、高校生最後の夏休みの思い出にとやってきたのは、何でも十五年前に一人の若い女性が惨殺ざんさつされたという、いわくつきの廃寺はいじなのだ。

 景子は当初、ドライブに誘ってきたのだが、途中から肝試しをしたい言い出した。私は、夏の夜に、こんな山道を登り、廃寺を目指すのは、いささか不満だった。
 
 景子の話によれば、本来は周防寺という山の六合目辺りにあった寺だったそうだが、夜な夜な女の子がすすり泣きする声が聞こえるとかで、いつしか子哭き寺と呼ばれるようになったと言っていた。

 そんな廃寺の写真を撮ってくることが肝試しだというのだから、呆れてものが言えない。しかも、くじ引きで私が最初になってしまうなんて、何故なのだろうか。

 私はスマホを取り出して、友人の景子にメールすることにした。別にさっさと帰ってもいいのだが、今時、リタイアする時のルールがメールでやり取りをする事だから仕方が無い。

”景子。悪いけど、私はリタイアするね”

暗闇の中、景子の返信を待った。生暖かい風が私の頬と髪を舐めるようにでて行った。

「もう、景子、何しているの?早く返信してよ」

 私はスマホの画面を見ながら苛立いらだつ。リタイア連絡をして景子が返信したら、山から降りるというルールを作った張本人は景子だ。それなのに、一分経っても連絡が来ない。私は苛立ちを抑え切れず

「もういい。降りよう!大体、なんで返信を待たなきゃいけないのよ!」

 私は憤慨ふんがいして急いで降りようとした、その時だった。

 突然、スマホが震えたのだ。景子からのメールだ。しかし、その内容は私の予想を裏切った。

裕美ひろみ、急いで、お寺に入って!後ろから追われているよ!”

一体、どういうことだろう。景子たちに、何か起きたのだろうか。

「追われているって、一体、誰に・・」

 私は一瞬、登るべきか、降りるべきか迷った。もしかしたら、景子が悪戯いたずらを仕掛けた可能性もある。そもそも肝試しにいわくつきの廃寺なんて選ぶものなのかと私には疑念ぎねんがあったのだ。

「いや、とにかく、景子たちに合流して確認しよう」

 と、私が階段を降りようとした、その時だ。下の方から登ってくる二つの青い光が見えたのだ。それは、左右に揺らめくようにして、こちらへと近づいてくる。

「えっ?!何っあれっ?!」

 私は、その青い光から目が離せなかった。だが、その物体は、こちらを睨みつけるかのようにして、勢いを増して近づいてきた。そして、それが大きな青白い目玉の黒い物体だと判明したのは五メートル程、手前まで迫った時だった。

 いつの間にか、私は廃寺を目指して走り出していた。後ろに青い光が揺らめき、青色の目玉も私に追従ついじゅうしてくるのが分かる。

「なんなのよっ!これっ!」

 私は全力で走りながら走った。口から心臓が飛び出るほど、息を切らせて走る。その間にも青い目玉が私に迫ってくる。

「はあっはあっ・・」

 テニスで鍛えた脚力と持続力で何とか廃寺の老朽化した門をくぐった。四角の大理石が整然と埋め込まれた石畳を走っていくと、寂れた平屋の廃屋が目を引いた。

 廃屋は外壁から内壁が見えており、屋根が朽ちて所々陥没していた。引き戸と窓のガラスはほとんどが割れ、骨格以外の原型を留めていなかった。

 ここは、おそらく、その昔、寺務所だったのだろう。入口付近に”周防寺”と書かれた木の看板が落ちていた。

「あそこに隠れよう」

 私は咄嗟とっさに寺務所のガラス戸を引いた。鍵は掛かっておらず、その戸は簡単に開いた。それは、まるで私を誘うかのようだった。


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