サンタクロース・ラストミッション
ある時期、我が家には、クリスマス・イブになるとサンタクロースがやって来ていた。
眠った息子の枕元に、そっとプレゼントを届けると言った、つつましいサンタではなく、玄関のチャイムを鳴らし、ドアを開けて、大袈裟なリビングに入ってくるサンタである。
「パパ! パパーー!
サンタさんが来たよーー!
降りて来てーー!」
保育園に通う息子は、なぜか毎年、サンタの現れるタイミングで、二階の仕事部屋に消えている父親を呼び、サンタさんに会わせようとする。
が、お察しの通り、当然、無理な話なのであった。
世の親の大半は、子供にサンタクロースの存在を信じ込ませようとするらしい。
もちろん、私もその中に入っていて、毎年のミッションを全力でこなしていた。
12月24日。
いつもより、ちょっと豪華な夕食を終えて、しばらくすると、架空の仕事関係の電話が入る。
「パパ、お仕事の電話をしてくるからね」
息子にそう言うと、後は妻に任せ、私は二階の仕事部屋へと移動する。
ここからは、時間との勝負である。
あまり時間をかけると、息子に疑問を抱かせてしまうかも知れない。
鏡の前に座り、用意していた包帯を手に取り、ミイラのごとく顔中に巻く。
包帯の間から見える目の上に、作り物の白眉、口元に、長い白髭をセットする。
ここまでやると、見ただけでは、正体が私だとは分からない。
ただの不気味なミイラ男である。
次に白いボンボンのついた赤い三角帽子を被り、服の上から、フリーサイズのサンタの上着、ズボンを身につける。
さらに靴下を白に履き替え、白い軍手をはめたら、音を立てないように階段を降りて行く。
リビングに通じるドアが閉じられているのを確認すると、静かに暗いキッチンに移動し、裏口から外に出るのだ。
裏口から出た場所には、白いシーツを縫い合わせて作った、巨大な袋が用意されている。
プレゼントの入った袋である。
その袋を担ぎ、完璧なサンタクロースとなった私は、外から玄関に回り、チャイムを鳴らすのであった。
ドアが内側から開けられ、サンタに扮した私が玄関に入ると、小さな息子は、「サンタさーーん」と、嬉しそうに抱きついてくる。
むぎゅーー。
……すっげー幸せ。
「こっちだよ。こっちだよ」
息子に手を引っ張られ、リビングへ向かって移動する。
途中、息子が二階に向かって、「パパ! サンタさんだよ! サンタさんが来たよ! 降りて来て!」と叫ぶが、はい、今、手をつないでいる怪しげなサンタがパパです。
「パパは、お仕事で忙しいからね。
ほら、サンタさん、プレゼントを持ってきているよ」
妻がフォローに入る。
『プレゼント』の言葉に反応した息子は、割とあっさりパパを呼び出すことをあきらめ、「来て。来て」と、私をリビングへ連行するのであった。
リビングで大きな袋を肩から降ろした私は、中に手を入れる。
袋一杯におもちゃを買ったら、とてつもない出費になるので、中のほとんどは、かさ増し用の膨らませた風船である。
赤、青、黄色、緑と、カラフルな風船を次々と出し、最後に、息子が『サンタさんへの手紙』でリクエストをしていた、戦隊モノの武器やロボットなどを取り出す。
プレゼントを受け取り、「ありがとう」とお礼を言う息子の頭をなでる。
まだ、ちょっと舌足らずで可愛い。
ちなみに、しゃべるとサンタの正体がバレてしまうので、私は一切しゃべらず、意思の疎通は身振り手振りでこなしていく。
プレゼントを渡すと、息子と一緒に何枚か写真を撮り、サンタは玄関から去っていく。
……ガチャ。
玄関のドアが閉じられた。
ここから、また時間との勝負である。
裏口からキッチンに入り、静かに二階の仕事部屋に戻ると、軍手を取り、サンタの衣装を脱ぎ捨て、靴下を履き替え、顔の包帯をほどいていく。
服の上にサンタの服を着ていたから、けっこう汗まみれ。
サンタからパパに戻ると、音を立てて階段を降り、リビングのドアを開ける。
「電話、終わったよ。
そろそろ、サンタさんが来る時間じゃないか?」
白々しいことを言うと、「今、帰ったよ!」と、息子が慌てて立ち上がる。
「まだ、外にいるから!」と、息子に手を引っ張られて、二人で寒い屋外に出る。
「もう、いっちゃったかなあ」
暗い住宅街を見回す息子。
「あ! いたいた、あそこ!
今、あそこの角を曲がっていった!」
私はアドリブで、適当な場所を指さして言う。
「本当!?」
「ああ、見えなくなっちゃった。
また来年来るだろうから、その時は、パパも会えるかな。
ほら、寒いから中に戻ろう」
ここまでやると、息子は完全にサンタの存在を信じてしまった。
もちろん、当時の年齢が、四歳か五歳だったって言うこともある。
しかし、小学生になり、学年が上がっていくと、息子の耳に色んな情報が入って来るようになった。
「サンタなんていないよ」
「いるはずないじゃん」
「プレゼントを買ってきてくれるのは、お父さんとお母さんだよ」
ついに、このときがやってきた。
いよいよ、サンタクロースのラストミッション。
息子に真実を伝える時期がやってきたのであった。
◆◇◆◇◆◇
そもそも多くの子供は、何歳までサンタクロースを信じているのだろうか?
調べてみると、7~8歳ごろまでは、サンタを信じていたという回答が一番多いらしい。
小学校2~3年生までと言うことになる。
ちなみに、私自身には、サンタを信じていたという記憶がない。
世代の違いや親のタイプもあるのだろうが、クリスマスプレゼントは、親と一緒におもちゃ屋に行って、買ってもらうものであり、サンタは、桃太郎や一寸法師と同じく、おとぎ話の登場人物だと思っていた。
息子が小学校二年生の冬。
町のあちこちでクリスマスの飾りつけが始まったころ、息子とこのような会話をした。
「そろそろ、欲しいプレゼントは決まったか?
サンタさんに、手紙を書くか?」
息子は「ん~~」と悩んだ顔をみせる。
欲しいおもちゃが、複数個あることは知っている。
しかし、サンタさんからのプレゼントは、ひとつだけ。
どれに決めるのか、悩んでいるのであろう。
だけど、こちらとしては、早めに決めてもらわないと、買いに行った時には、目当てのおもちゃが売り切れていたということにもなりかねない。
「……〇〇くんと△△くんのおうちは、サンタさんじゃなくて、お父さんとお母さんが、プレゼントを買ってくれるんだって」
ところが、息子の口からは、プレゼントのリクエストではなく、別の言葉が返ってきた。
ついに、そういう情報が入ってきたかと、私は少し焦った。
「ねえ、パパ。
サンタさんって、本当にいるの?」
次に、この質問が来ると予想した。
唐突だったので、まだ答えは用意していない。
しかし、息子の質問は、予想とは違うものだった。
「じゃあ、ぼくも、サンタさんからのプレゼントと、あと、パパとママからのプレゼントも、もらえるんじゃないの? 二個?」
うわあい、すげーー解釈したな。
「えーーと、だな。
サンタさんのプレゼント、あれは、あとでパパが、サンタさんに、プレゼントのお金を払っているんだよ。うん。
だから、あのプレゼントは、パパとママが買ってあげたのと同じなんだよ」
「そっかあ」
身も蓋もない説明だったが、息子は納得してくれたようだった。
とは言え、今年はともかく、来年、再来年には、外部からの情報で、息子はサンタの正体にたどり着きそうである。
いずれサンタの正体を知られるのであれば、外部からの情報ではなく、自らバラしたい。
そう考えた私は、何人かの友達に声をかけた……。
「そろそろ息子に、サンタの正体をバラそうと考えてるんだ。
うん。その方法なんだけど、まあ、聞いてくれよ。
24日のイブの夜、いつものように、玄関のチャイムが鳴るんだ。
息子は「サンタさんだ!」と、よろこんでドアを開けるだろ。
でも、そこにいるサンタは、いつものサンタとは違うんだ。
サンタの恰好をしているけど、顔を隠す包帯が黒いんだよ。黒。
そう、ブラックサンタだ。
ブラックサンタは、ロボットみたいな動きで家の中に入り、こう言うんだよ。
『ツリー、ヲ、壊ス……』
息子は怖がって妻に抱きつくだろうな。
そう言う変なサンタが突然入ってきたら、大人でも怖いから。
で、ギクシャクとした動きで、ツリーに近づくブラックサンタ。
息子は「やめてーー!」と叫ぶかな。
その時だよ。
「待てい!」と声をあげ、毎年来ていた、ホワイトサンタが現れるんだ。
そうそう、白い包帯のホワイトサンタ。
ここから、ホワイトサンタとブラックサンタの戦いだよ。
で、戦いの最中、ホワイトサンタの包帯が外れるんだ。
素顔がさらされるホワイトサンタ。
それを見た、息子は「パパッ!?」と、これまで毎年来ていた、サンタクロースの正体に気付くんだ。
ここでホワイトサンタは、ブラックサンタを羽交い絞めにして、こう叫ぶんだ。
「息子、キックだ!」
もう、今年一番のクライマックス。
息子のキックを受けたブラックサンタは、呻きながら家の外へと逃げていく。
守ったツリーの前に立つのは、包帯が完全にほどけ、素顔をさらしたサンタクロース姿の私。
「パパーー」と、私に抱きついてくる息子。
サンタの正体はバレたが、親子の力によって、見事、怪人ブラックサンタを撃退したのであった。
どう? これほど完璧なストーリーは無いだろ。
そこで、相談なんだけど……」
「断る」
「24日のイブの夜に……」
「嫌だね」
「ブラックサンタを演じてくれないか?」
「絶対に無理」
当たり前だが、イブの夜に、そんな役を引き受けてくれる酔狂な友人はおらず、ラストミッションは練り直し。
別の方法を考えることになったのである。
◆◇◆◇◆◇
ブラックサンタ計画は頓挫してしまったが、その年のクリスマスは、例年通りにホワイトサンタを召喚し、何とかクリアできた。
そして、次のクリスマスまでの間に、我が家には大きな出来事が起こった。
私の仕事の都合で、関西から関東に引っ越したのである。
新しい住居は、三層式のメゾネットタイプの賃貸マンションだった。
玄関は一層目。
リビングは二層目。
仕事部屋は三層目。
仕事部屋から玄関に行くには、必ずリビング横の階段を使わないといけない。
リビングにはドアがあり、階段を使っても見えることは無いが、三層目で着替えたホワイトサンタが、リビングにいる息子に気付かれず、一層目の玄関に移動するのは、難しい構造となっていた。
クリスマスが迫ってくると、妻に頼んで、息子に探りを入れさせた。
このような会話になったらしい。
「ね、サンタさんって誰なんだろうね」
「ぼくは、たぶん、お父さんだと思う」
(バレてる)
「お父さん?
どうして、お父さんだと思うの?」
「サンタさんから、お父さんの匂いがするの」
(……それは、タバコか)
「あとね、サンタさんが帰る時、お父さんのサンダルをはいて帰っていった」
(……けっこう見てるんだ)
「じゃあ、次のクリスマス、本当にお父さんがサンタさんかどうか、お母さんと確かめてみようか? やる?」
「うん! やるやる!」
こうして、息子は、サンタの正体を暴くミッションをスタートさせた。
自ら先手を打って行動する、アクティブなミッションだと思い込んでいたようだが、残念、お前をミッションに誘導したお母さんは、お父さんから放たれたスパイだったんだ。
手の平、手の平。
ちなみに、二年生までは「パパ」「ママ」と呼んでいた息子だが、三年生になった時に「お父さん」「お母さん」へとチェンジしました。
そして、息子が小学三年生となった、クリスマス・イブ当日。
リビングで夕食を終えると、私は立ち上がった。
「ちょっと上で、仕事の電話をしてくる」
私の言葉を聞いた息子を見ると、笑いをこらえた表情になり、妻に目配せをしている。
それに気づかないふりをして、私は三層目の仕事部屋へと移動した。
妻には事前に、このように伝えてあった。
「私が上にあがって、1分ほど経ったら、息子と二人で、そっと仕事部屋を覗きにきて。
ドアは、少しだけ開けたままにしておくから。
大丈夫。覗かれたときに目が合わないよう、私は、ドアに背中を向けた形で、サンタの服に着替えているよ。
私が着替えている姿を息子と一緒に確認したら、ゆっくりとドアを閉め、リビングで息子と待っていてね」
さて、仕事部屋でサンタの上着に腕を通していると、背後に人の気配を感じた。
……来たか?
……息子と覗いているか?
しっかりと確認したいが、振り返ることはできない。
と、カチャっと、ドアの閉まる音が小さく聞こえてきた。
そこで私は振り返った。
少し開けていたドアが、完全に閉まっている。
よし! 作戦通り。
私はサンタの服を脱ぎ捨てた。
手早く準備を終えた私は、階段を降りて、リビングのドアをノックした。
コンコン。
「はーーい」
息子の笑いを含んだ声が聞こえる。
ガチャ。
私は、大きくドアを開けた。
「メリークリスマス!」
サンタクロースではなく、トナカイの着ぐるみに身を包んだ姿である。
「……?」
妻は笑い出したが、息子は、今までに見せたことの無いような複雑な表情で固まっていた。
何が何だか分からないと言った顔である。
「どうした?」
「……なんで?」
丸くなった目で、トナカイの姿をした私を見る息子。
やはり、何が何だか分かっていないようであった。
後で息子に話を聞くと、サンタに変装した私が現れたら、「お父さんだろ!」と言うつもりだったのに、サンタではなく、トナカイの着ぐるみ姿のお父さんが現れ、意味が分からなくなったらしい。
トナカイ? トナカイが出てきた。
お父さんのトナカイだ。
じゃあ、さっき、お父さんの部屋で見たサンタの後ろ姿は誰だったのか?
知らない人が、お父さんの部屋でサンタになっていたの?
何か、怖い話が始まっているの?
そして、なぜ、お父さんはトナカイ?
どこで、どうやって着替えたの?
今までのサンタは一体……。
入ってきた情報量か多すぎて、予想以上の衝撃を受けたらしい。
許せ、息子よ。
こうして、サンタクロースのラストミッションは終了した。
楽しんでいたのは、息子より、むしろ父親の私だった数年間でした。
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