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無知の仮面

──酎愛零が承認欲求を与える側に立って考える話──

 今年のお正月は少人数(10人以下)ながらも親戚の集まりを再開し、久しぶりに従妹いとことも会って話すことができました。その席でのお話。

 従妹も私に負けず劣らず神秘的なものやファンタジックなものが大好きな性格で、その手の話にも詳しいんですね。その彼女が、首からさげているなにやら文字を図案化したようなペンダントトップを見せてきて、『〇〇(私の本名)ちゃん、これなーんだ!?』とニッコニコで訊いてくるのです。ざっくり描くとこんな感じのやつを。

これがなんだか一発でわかる人はたぶん私の同類

 私はそれを見るなり、こちらもニコニコしながら日常会話のようになんの気なしに「フェオ!」と答えました。ご存知の人はおわかりいただけると思いますけれど、これはルーン文字のフェオ。家畜、転じて財産を象徴し、自分の内なる価値への気づき、あるいは成就を暗示する文字です。しかし問題はこれがなんなのかではないのです。

 答えた瞬間(えっ……)という従妹の顔。続いて『……いきなり文字名を答えるとか……やっぱさすがだね……』という、心なしか落胆した声。そしてこの話はここで終わりました。

 やっちまった……!

 明らかに会話の選択肢を間違えてしまった。例えるなら育成シミュレーションゲームで連続イベント発生のとっかかりとなる会話イベントで間違った選択肢を選んでしまって、そのあとに続くイベント全部発生しなくなった、というところでしょうか。

 たぶん従妹は自分で興味を持ったものに私も興味を持ってもらいたくて話しかけてきたのであり、その後に続く会話で、仕入れた知識を披露して私からの称賛や同調を期待していたのだと思います。したがってこれらを逆算して考えれば、『これなーんだ!?』と訊かれた時に最適な返事の選択肢は『知らない』か、最低でも『ルーン文字……?』であり、決して文字名そのものを答えるというものではなかったと思うのです。

☆    ☆    ☆

 会話というものは、ことに承認欲求が絡んだ会話というものはむずかしいですよね。相手が望んでいる答え=相手の承認欲求を満たす答えである場合、受け答えにはスキルが求められます。私は観光案内コンシェルジュという仕事柄、様々な人たちと接して会話する機会があり、中には話し相手が欲しくてやってくるお客さんの相手をすることもあります。とくにお年寄り、それも高齢の男性の方は──偏見でもなんでもなく統計として──ご自分の自慢話や武勇伝を語りたがる方が多く、そのたびに受け答えには気を使っています。

 気の使い方……ありていに言えば、語られる事柄について『知らないふりをする』ということなんですけどね。ああいう方々の心理って、どうなんでしょうね。わかるはずもないんですけど、「尊敬されたい、称賛されたい」という承認欲求が働いているものだと思ってとりあえずお相手しています。『ええ〜?(↗)』『そうなんですか〜?(↗)』『ええ〜(↘)』『はーい(↘)』『そうなんですね〜(→)』でランダムローテーションを組んで相づちを打っているだけで(たまに相手の言ったことをそっくりそのまま復唱する)、こちらから意味のある言葉を発することはほとんどないです。ワタクシ的なコツは「語尾を適度に伸ばす」ことであり、かつ「あまりアホに見えないようにふるまう」ことですかね。あまりアホっぽい挙動をするとわざとらしくなってバレるかもしれませんし、(この小娘が!俺の話を理解しているのか)と思われてもいけませんので、やりすぎないように気をつけてはいます。

 ただ、苦手なんですよね。そういうの。一方でコンシェルジュとしてなんでも知っていなければならない面があり、それでいて一方ではときたま知らないふりをしなくてはならない面があるという、相反する面を使い分けなければならないので、そこがめんどいっちゃめんどいのです。これ、実際に私がお仕事でしゃべるところを見てみればおわかりいただけると思いますけど、ついさっきまで別のお客さんに立て板に水という調子でしゃべっていたのに、別のお客さんに切り替わったとたんに『ええ〜』『そうなんですね~』しか言わなくなるって、けっこうあからさまに異様な光景ですよ。

 これ、「なんでも知っている」の方はお仕事で、「知らないふりをする」の方はコミュニケーションスキルなんですよね。こういった場面は大なり小なり誰にでも訪れるもので、誰もが使い分けているものだと思います。

 で・も、苦手。

 知識を吸収することに無類の喜びを感じる私にとって、知らないふりをするというのは、切り替える際に若干のむなしさを伴うからです。とはいえ、これもお仕事。いつか自分も年をとったらこんなふうになるのかも……と思いつつ、無知の仮面を窓口の引き出しに常備して働いています。

 今回は、お仕事から離れた親戚との宴席ということで、その仮面を手に持っていなかったのが原因で起こってしまったことでした。仕事で使う仮面をプライベートに持ち込むのはどうかという意見もあるでしょうけれども、プライベートだからこそコミュニケーションスキルを最大限に発揮して優しくしてあげたい相手もいるというものです。とっさの時にうまく対応できないようでは、私もまだまだですね。


☆    ☆    ☆

 世はオミクロン株の感染社が急激に増え始め、予断を許さない状況になってきています。従妹と次に会えるのは春のお彼岸かと思っていましたけど、どうなるでしょうか。もしそのときまた会えるなら、私もなにかルーン文字のペンダントでもしていきましょうかね。そうしたら、お正月で発生しなかった連続イベントが、ふたたび誘発するかもしれません。そのときは、このルーン文字にしようと思います。

これがなんのルーンかわかった人は、たぶん私の同類


 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 それでは、ごきげんよう。

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