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【#dbn二次創作大会】禁酒失敗そのX【即興ファンタジー(本編)】その②

「釘一本一本にだよ……」アイレイが自分の杖にかけている魔法はダンジョンズ&ドラゴンズで言うところの「ストライキング」の呪文。


 どうも、禁酒25日目の私です。


 今回はdbnさんの2次創作、ファンタジー連載の第2話です。はてさて、どうなりますことやら!



(前回までのあらすじ:
 かつて中央に近衛兵として服務していたドバンは紆余曲折あって心に傷を負い、辺境の閑職極まりない砦へと赴任してきた。ある日、酒浸りの毎日を送るドバンに州都からの特使が訪れる。特使の若き騎士レイモンサウアーは、昨今起こっている連続行方不明事件の謎を究明するべく、隊長であるドバンに調査隊の編成を依頼するのだった。)



リカー・ワールド・ストーリーズ
ローカルエピソード その3
ミッズワーリー砦の戦い
(Local episode 3: The battle of fort Midsworly)

ミッズワーリー砦、黒い風の月 14日、国歴225年



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「えー!さすがにそれはないなぁ」

 廊下をドバンと連れ立って歩くアイレイが声を上げた。

「迎え酒って、言葉でしか知らないよ。やったことあるの?」

 特務魔道士に意見を出してもらいつつどうにかこうにか調査隊へ編成する兵士たちを選び出し、ドバンはひと仕事終えたような顔をして、先程よりはよほど落ち着いた様子である。失礼だとは思ったが女魔道士の歳を訊いてみると、自分よりひとつ年下の同年代であることがわかり、アイレイのあまり細かいことを気にしない能天気な性格もあって、それらはドバンの安心感を深めるのに役立った。

「え、やるよぉ。やるやる!」

 ドバンは反論した。

「二日酔いで頭痛かったり、気持ち悪かったりするときにお酒を飲むと、頭痛も気持ち悪さも少しましになるんだよ。みんなもそう言ってるもん。そうして少しお酒入ってた方が、仕事も上手くできるって、言ってたよみんな」

 言うまでも無く、間違っても上役である特使に聞かせる話ではない。酒気帯びで仕事をしても許されるのはせいぜい民間の限られた職に就く者であって、如何に辺境とはいえ、曲がりなりにも防衛施設に駐屯している軍人がそんなことをしていいわけがない。
 逆に言えば露見していないからそんなことが出来ているのであって、黙って部下と口裏を合わせていれば、もしくは上役に袖の下を握らせておけば、事が明るみに出る恐れを摘むことができる。にもかかわらず今、特使の1人であるアイレイにこれほど気を許してべらべら内情を喋ってしまっているのは、いかさま不思議なことではある。これはとりも直さず、ドバンがアイレイに非常な親近感を寄せているからに他ならず、それは彼女が正規兵ではなく期間の定めのある傭兵であり階級が意味を持たぬこと、この国の家柄や学閥など知りもしない外国人であり気が置けないこと、何よりも自身と同じく酒好き大酒飲みの同性同年代であるということに因るのであろう。

「それね、ましになってるとか治ったりしてるとかじゃないんだよ。痛みとか感じなくなってるだけ。今度二日酔いになって迎え酒したらアタシを呼んでみ?ひっぱたいてあげるからさ、それで痛み感じなかったらもう、のうみそが麻痺してるってことだよ」

「えっ、来てくれるの?うれしい!」

 話の内容とは別のところで喜ぶドバンであった。

「アタシは今んとこ、州都のレイモンさんちに泊めてもらってるからね。昼間は探索に出かけたり、契約で上の方からの任務もこなしてるけど、夜はたいてい飲んでるから、ドバン隊長も非番になったらおいでよ!」
 あれ、来てくれるはずでは……?と首を傾げつつ、ドバンは自分がここへ赴任してから一度も外出らしい外出をしていないことを思い出した。安息日であってもせいぜい砦の周囲を散歩したり、近くの泉に足を漬けながらぼんやりしていることがほとんどで、人の多い町まで降りてゆくことなど無かったのだ。行ったところで知り合いがいるわけでもなし、独りぼっちで飲むよりは、娘や孫のように接してくれる砦の老人たちにかまってもらう方がずっといい。でも、これからは違う楽しみができそうだと、ドバンは一人ニヤついていた。それにしても州で一、二を争うほどの貴族家を「レイモンさんち」とは恐れ入る。

「ねぇ、これ、魔法の杖?だよね。」

 アイレイが左手に持つ、彼女の身の丈を越える長さの杖をしげしげと見た後、ドバンは尋ねてみた。一般に魔道士と呼ばれる者は魔力の増幅や異界の存在との交信を行うための媒介として、様々な物体を持つ。主流なのはやはり嵩張らずに他の用途にも使える「杖」の形をした物で、懐にしまっておける大きさの物から文字通り杖として使える長さの物、アイレイが持つ物のように持ち主の背丈を越える長大な物まで幅広い規格の物が存在する。弓を得手とするドバンは魔法の杖なるものを教科書くらいでしか見たことがない。魔法職を生業とする者の数はそう多くはないし、殺傷力の高い魔法を操ることができる魔道士はさらに少ない。そういった物騒な魔法を使うには免許が要る上に、職業魔道士は登録制であり、無免許・未登録でそういった魔法を行使する者は厳しく罰せられるのがこの国の習いだ。しかし、本物の杖を見たことが無いドバンであっても、アイレイの持つそれが何やら普通ではない異様な物であることは薄々感じ取っていた。

「そうだよ。これに目をつけるとは、お目が高いねえー!ドバン隊長ー!そんじょそこらに売ってるようなもんじゃないよ。私がとある場所から拾ってきた、世界に二つと無い伝説の杖なんだ!……まあ、伝説はこれから作るところだけど。持ってみる?」
 肩を竦めてみせたアイレイに曖昧な笑いを返しながら、ドバンは魔法の杖を借り受けた。驚くほど軽い。もう一度杖を、杖の先端を見つめた。全体に木で出来ている物だが、先端は太くなっていて、そこにたくさんの釘が打ち付けてある。それも適当に打たれたものではなく、全体として美しく調和するように計算されて打たれたものであり、素人の仕事でないことは明らかだった。この材料でこの形をしていてなお軽いというのは、一体どういうことなのか。魔法がかけられているのか。何よりこの見た目では魔法の杖ではなく、まるで棘付きの棍棒だ。この女魔道士はあんな細腕で肉弾戦をするというのか。

「魔道士なのになぐりあいするのか、って思ってるでしょ」

 アイレイはドバンの目を覗き込みながら言った。

「いちいち詠唱してたら、間に合わないときもあるからね。あとめんどいってのもあるし。そういう時は、その杖でなぐれば、たいていのやつは倒れるし壊れるよ。強化魔法を永続でかけてあるんだ。」

 なるほど、自分のような弓兵も、敵に肉薄された場合は弓を捨てて剣を持つ。それと同じようなことか。

「だから、杖に強化魔法をかけてるんだね」

 あはは、と笑ったアイレイはその言葉をやんわり否定した。

「違うよ、杖にじゃないよ」

 真顔で発せられた続く言葉は疑問顔のドバンの心胆を寒からしめた。

「釘の一本一本にだよ……」


────────


「貴族の坊っちゃんのお守りかい。老いぼれたかァねえな」

 砦の門を警護する赤ら顔の兵士、バランタインが零した。交代の時間だ。

「言うな、赤っ鼻。貴族は貴族でも、辺境伯領のレイモンサウアー家と言やあ、話のわかるお家柄で名を知られている貴族家よ。そこのお坊っちゃんに、まずは簡単な仕事をさせて慣れさせようってんだろ。まず真っ当な話じゃねえか」

 バランタインから椅子を奪ってどっかりと座り、背の高い兵士ヘネシーが言った。

「いかにも、いかにも。かわいい子には旅をさせよ、獅子は千尋の谷に我が子を落とすと言うぞ。若者の成長のため、我ら凡骨の老骨がせめて露払いをしようではないか!」

 ヘネシーの後を受け、高らかに相槌を打つのは肥満体で理屈屋のハーパーである。

「おめェさんは選抜組に選ばれなかっただろうがよ。こちとら、これから仮眠して、朝イチで行軍しなきゃならねェんだ。なんなら今から代わってやってもいいぞ、ハーパー!」

「なあに、老人の朝は早い。お前もいつも日の出前に起きているではないか」

「ハッ!そいつぁ違えねえや!」

 ドッと沸く三人を尻目に、押し黙ったまま一人眼前の森に注意を向けているのは砦の中で最も若手の──それでも六十に近いが──ジムである。その様子に気づいたヘネシーが声をかける。

「オウ、どうしたいジム坊。何か見えるのかい。すっぽんぽんのキレイな姉ちゃんとかよ?」

 ジムは厳しい表情を崩さないまま、人差し指を顔の前に立てて答える。

「あんたには聞こえんのかね、ご老体。さっきから森がざわめいている。いつもとは違う音が、彼方からしている。よくわからんが、普通じゃあない」

 ジムは槍を腰だめに構えて森の方へ向けた。

「通常でなければ、異常だ。備えたほうがいいぞ」

 口をへの字にして眉根を寄せるバランタイン、半開きの口のままキョロキョロと辺りを見回すハーパー、そして両手を耳に当てて怪訝な顔をするヘネシー。

「……確かにな。パキパキ枝を踏み折る音がするぜェ。何だか知らんが、こっちに近づいて来ていやがる」

 バランタインが言い終わらぬ内に、他の二人も槍を構えていた。

「若いっていいな、ジム坊」

「吐かせ。あんたらの注意力が足りんだけだ……」

 二つの篝火が砦の門前を明明と照らしてはいるが、すぐ目の前の森の奥に少し目をやればそこは暗中である。何か潜むか皆目わからぬ闇は不安と焦燥を加速させるものだ。

 音が近づいてくる。

 下生えを掻き分け、枯れ枝を踏む音は、一つではない。あちらこちらから……

「頬当てと酒のアテにかけて……」

 ヘネシーが祈るように呟いた時、篝火に照らされ、森の際の闇の中に、ぼうっと何人もの人間の顔が見えた。

「そこで止まれ!何者か!!」

 大音声でバランタインが誰何した。
 森の人影は呻き声ともなんともつかぬ声を上げ、次々に火の灯りの元へまろび出てきた。見れば皆、汚れ破れた簡素な服を来た平民の様相である。老母を背負った男、乳飲み子を抱えた女、幼い弟妹の手を引く少女、歩けぬ者に肩を貸す者。激しく咳き込む者、嘔吐の跡が見られる者までいる。大人も子供も老人も、憔悴しきって虚ろな目をしているか、異常に怯えている者が大半である。中でも比較的正気を保っていると思しき若者が兵士たちの前に最後の力を振り絞るように足を引きずりながら駆け寄り、彼らの足下にどうと倒れ、お助けください、どうか、と息も絶え絶えに絞り出した。
「どうした!何があった!」
 只事ではないと見て、槍を置いたジムが若者を抱き起こし、赤ら顔のバランタインが強い調子で訊く。しかし若者の口から聞けたのはただ一語、

「……怪異な……」

 だけであった。


(続く)


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