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狛犬の足~北海道神宮頓宮

【遊月パワースポット物語 その5】北海道神宮頓宮

「どうしてうまくいかないの」
何度この言葉を口にしたことか。


好きでいる気持ちと、相性は別なのだと思う。

お互いに好きな気持ちは本当だと思う。
なのにいつも口喧嘩になる。
しまいには別れようって言葉が出てきて、実際に別れたこともある。

理由はいつだって大したことないもの。
言葉のきつさとか、大切にしているものが少し違っていることとか。

それが別れにまで発展するのだから、心底私たちは相性が悪いとしか思えない。

私は言葉がきつくて匠を傷つけてしまうし、匠は言葉が足りなくて、何を考えているか分からない。
私はそんな匠にイライラしてしまう。

もっと気持ちを話してほしいって何度も言ったのに、匠はちゃんと話してくれない。
そんな態度に腹が立ち、きつい言葉で当たり散らす。
そして傷ついた匠の顔を見て自己嫌悪に陥るのだ。

何度も別れては戻ってを繰り返してもう三年以上にもなる。
だけど今回はもうダメだと思う。
結局私たちは分かり合えないのだ。
それに。
これが一番大きな問題だと自分でも気づいている。
私は来年早々、十の位が変わってしまうのだ。

結婚願望が強いわけじゃない。だけど、結婚したり母になったりしている友達が増える中、漠然と感じてしまう焦りをどうしても消せないのだ。

「男はいいよね」
「なにそれ」
私の言葉のきつさに匠の声も強張る。

「結婚しても仕事辞めなくていいし、マタハラとかもないし、子どもがいても気兼ねなく遅くまで飲みに行けるだろうし」
共通の友達の結婚式の帰り道で、匠の車の中で私が発したセリフ。

本音ではあった。
でも、匠にしたら言いがかりに過ぎない内容だった。そんなのはわかっている。

匠は結婚したら仕事辞めろとはいっていない。私がいつか妊娠して、誰かにマタハラをされるとしても、それは匠のせいじゃない。飲み会とかそんなことで自由を束縛する人じゃないのも知っている。

なのに何故、匠にそんなことを言ってしまったんだろう。

運転席で黙り込む匠は、そのあとまともに話してくれなかった。無言で私を家まで送り届け、何も言わずに去って行った。

駅前から自宅までの二十分ほどの道が何時間にも感じられて、信号で止まる度、早く動けと願ってしまった。早くひとりになりたい。早くひとりにしてあげたい。

謝れば良かった。匠が悪いわけじゃないのにごめんねと。
でも私は素直じゃない。そんなに可愛く謝れない。

ごめんねって簡単に謝れるような性格ならば、こんなに何度も別れたりすることもなかっただろう。
自己嫌悪がさらにひどくなる。

幸せそうなウエディングドレス姿の友達よりも、娘の晴れ姿に涙するご両親の姿が、私の心をより強くえぐってしまっていた。
誰も悪くないのに心がスースーした。

それなのにそんな心のすきま風をわかってくれない匠の穏やかな顔に腹が立ったのだ。

あの日から、お互い誘わないまま、二つの週末が過ぎて行った。そんな日曜日の夜遅く、匠からLINEが来た。
数分おきに覗いていたスマホの画面に浮かび上がってきた言葉は
『別れたほうが美冬のためだと思う』
それだけだった。

わたしのためじゃなくて匠のためでしょ、と書いてやりたくなった。
それとも素直に別れたくない、と答えればいいのか。

まず先にごめんねと言うべきだったのはわかっている。そんな簡単なことができなくて、大切なものを失うなんてばかみたいだけど。

日曜日が月曜日に変わっても、画面を何度も睨みつけてはどうすることもできずに、その度スマホを裏返してため息をついた。

返事はしないまま、どうしていいか分からずに一週間が過ぎてしまった。
『恋愛運をあげる神社』
同僚がよく話していて、いつか行こうと思っていた場所が頭をよぎった。

恋愛運の問題なのかはわからない。そもそも恋愛運って何だろう。
いい人と出会う運ならもう使っている。問題はその先なんだけど。

別れるのなら、もう二度と会わない。そう考えると心がつぶれそうだった。
だけど、同じことの繰り返しにはうんざりしていた。

神様のところに行こうと思ったのは、心が洗われて、もっと自分が変われるかもしれないとか、万が一があるかもしれないから、神頼みをしてみようとか、そんな不純な動機だった。

とにかく家でじっとしているとどうにかなりそうだったから、日曜日の朝一で、わたしはここまでやってきたのだ。

神社では、狛犬の足を触るといいとしか知らなくて。
来てみたら狛犬がいっぱいいて、どの狛犬なのかわからずとりあえず入口の狛犬の両足を触った。

お社に向かうと、立派なイチョウの木が二本、まるで神様に続く大きな門のように、両脇に立っていた。

隣り合う巨木のちょうど真ん中に立って見上げると、朝日が当たって黄金に輝くイチョウの葉で覆われた、二本の木の先が混じり合っていた。

まるで夫婦みたいだ。

地面では別々なのに、見上げたうんと先で、どちらの枝がわからないほど混じり合って一つになって輝いている。

もともとは別々。

そうだよね。
匠は私じゃない。だから私のイライラの理由を匠は正しく理解できなくても仕方ない。
匠は優しい人だから、こうしてほしいと頼めば受け入れてくれるのに。

私は言葉で伝えることを怠り、態度でわかってほしいのに、私の心を察してくれない匠に勝手にイラついた。
今なら身勝手だったとそう思える。

言葉に出してくれないから、匠の気持ちがわからないと思っていたけど、私も同じことをしていたんだね。

今ならちゃんと謝れるような気がした。
私はお社で神様にその決意を伝えた。

もし別れることになったとしても、最後にちゃんと謝ります。
もし別れずに済んだのなら、これからはもっと素直に言葉で伝えます。
ごめんねもありがとうも大好きだよも、みんな言葉に出して伝えます。

だからもう一度匠と話すチャンスをください。

帰ったら会いたいってLINEをしよう。
そう誓って振り返ると、イチョウの木の下に匠がいた。

「なんで? 」
「やっぱり美冬だった」
二人同時にそう言って、同時に笑った。

「あのLINE送った後先輩にめっちゃ叱られた」
「先輩って、よく話している小林さんのこと?」
「うん。その小林さん。
好きなのになんでそんなこと書いたんただ、馬鹿なのかって言われた」
「うん」

「だけどその後もずっと美冬にメッセージ送れずにいたらさ、昨日先輩の家に来いって呼ばれてさ。
先輩の家に行ったら、先輩の奥さんにめちゃめちゃ叱られた」
「え? なんで? 」

「三年も付き合ってプロポーズしていないのかとか、女は結婚したらほんとうにいろいろ大変なのに、もっとわかってやれとか、なんとか。
なんか知らんけど先輩も一緒に叱られてた」

ちょっとよくわからないけど、その奥さんにめちゃめちゃ感謝したくなる。
「結婚のこと、考えてないわけじゃないんだ」
「そうなの? 」
そんなそぶりがまったくないので、結婚する気持ちなんて全くないと思っていた。

「だけど、自信がなくて。美冬と話していると、物知りだしさ。しっかりしているし、先のことまでちゃんと考えているし。それなのに俺は何も考えてなくてさ。
そんな俺が結婚してしあわせにできるかなぁって自信なくて。
だからその話、ずっと避けていた」
「そうだったんだ」

「でも、本気で向き合おうって思って。うまくいくかどうかはわからないけど、もっと美冬の気持ちとか、結婚した後の環境とかのことも、いっぱい考えてさ。わかってやれる男になろうと思って」

「そんなこと考えてくれなくても匠は十分優しいよ、私、そんな匠のこと傷つけてばかりで、私の方こそ… 」
「いいよ。傷つく俺が弱いんだよ。
だからさ、俺、神頼みとかパワースポットとか、そういうの信じないんだけど、自分を変えたいなら新しいことをしろって言われてさ。あ、奥さんにね。
神にでも誓ってもっとびしっとしろって言われてさ。
ああ、神に誓うっていいなって。
それで、美冬が前にここ通った時、恋愛運上げる神社なんだってと話していたの思い出して。
神頼みは嫌いだけど、神様に誓いを立てるのなら、何かしっくりくるかなって。
先輩の奥さんにそう言ったら、なんか許してくれてさ。
明日朝一で行って、狛犬の足触ってこいみたいなこと言って、背中バンバン叩かれた」
うん。その奥さんに会いたくなった。

「それでさ、来てみたらさ、美冬にそっくりな女の人がそこに立っててビビった」
匠の言葉に思わず笑ってしまった。

「そりゃあびっくりするよね」
「うん、なんかさ、神様って信じていなかったけど、マジでいるって今思いかけている」

昨日まで全然笑えなかったのに、お腹の底から笑いがこみあげてくる。
うん、匠はもう神様信じちゃっている。きっとこれからしょっちゅう神社通い出しちゃう勢いで信じちゃっている。そう思うと笑いが止まらない。


「私の方こそごめんね」
笑いながら素直にそう言った。
やっと心からそう言えた。
「もういいよ」
照れ臭そうに笑いながら匠が近づいてくる。
素直に謝ったせいなのか、私もなんだか照れ臭くなって、
「そうなの、狛犬の足を触るとね、恋愛運が上がるんだって。
だから私も全部触ったよ。
入口の二体の両足と、こっちの狛犬の両足」
と、お社の横に立つ狛犬を指差した。
「まじかよ、こっちの狛犬は子宝に恵まれるって聞いたぞ」
「ええ? 」
ちょっと恥ずかしくて顔が熱くなる。

匠は笑って
「俺はいつでもいいぞ」と言った。
「何それ」と怒った口調で言いながら、口元がほころんでしまうのを必死でこらえた。

「今度さ、一緒に先輩の家に行こう。先輩と奥さんのこと紹介するよ」
と言われ、なんだかわからないけど、もう一歩先に進めた気がして、ご利益があったなと、心から感謝でいっぱいになった。


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