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知らないおじさまとランチした日

正式に言うと、知らないおじさまをじっと眺めながら昼にラーメンを食べた日。
デートクラブやパパ活ではない。タイトルで目を引いた人の期待を大きく裏切ることを断っておきたい。

新潟市万代に出かけた。
新潟駅周辺に午後から用事があった為、久しぶりにお昼ご飯をバスセンターのカレーにしようと考えていた。

予想以上の行列の長さに、カレーを諦めてとぼとぼ歩く。

ふと、シルバーホテルの2階に目をやった。
紀伊國屋跡地が確かフードコートになったはず。

中に入ると席は割と空いていた。
連れのいないひとりの客は、外を見渡すカウンターに一つ飛ばしで腰掛けている。
私もそこに荷物をかけた。

ラーメン、おにぎり、米粉麺など、専門店が入り、すぐに注文できた。味噌ラーメンの食券を買った。

席で待つ間、ガラスの向こうに広がる景色を眺めた。
レインボータワーがあったんだっけ。建物は変わらないが、何十年の間に塗り替えられ、修復され、懐かしい記憶と合致しない。

ガラスの向こうに、テラス席が用意されている。ただの外通路だったところも、白い丸椅子とテーブルを置くとおしゃれな女子が似合う。

呼び出しベルが鳴った。
ラーメンを両手に席に戻ると、目の前のテラス席にひとりの60手前くらいのスーツ姿のおじさまがいた。
髪型はしっかりセットされ、姿勢も良く、腕にはスマートウォッチ、ビジネスバッグは厚く重そうに足元に立ててある。

ガラスを隔てて2メートル程の距離だ。
私からはおじさまは真横を向いて見えている。
おじさまは、スープ専門店のランチスープセットを前に置き、セットに付いているハードパンを小指を立ててつまみ、小さくちぎってスープに浸して食べている。
時々スプーンでスープをゆっくりすする。
ブイヤベースのスープだろうか。貝殻を指でつまんですぼめた口で掬う。

私はこってり味噌ラーメンを、おじさまを見ながらすする。

おじさまからは私はきっと見えないのだろう。外の陽の光がガラスに反射して、中の様子は隠れ、ミラーのようになっているようだ。
こちらを全く気にしていない。
この至近距離で私が凝視していることがわかったら、おじさまだってギョッとなる。
私だけが、おじさまとランチを共にしている。
そんな錯覚。

おじさまはどんな話をするのだろう。
うちの子ね、大学卒業したら就職しないで院で研究するって。よくわかんないけど今の子ってそうなの?
孫がね、可愛くて可愛くて、ダメだね初孫は甘やかしちゃう。お金がいくらあっても足りないね。
うちの奥さんピラティスに飽きて今度はピアノ習いはじめちゃって。いい年して趣味が多くて困っちゃう。

とか?

つまらない。

僕、自己破産してるのにまだギャンブルやめられないんだよ。給料日までどうやって生きていこうか。
実はさ、前の奥さんに浮気がバレたとき、パイプカットさせられたの。おかげで今は女の子に忙しくって。
うちの子ね、20年も引きこもってて、8050だっけ?まさにうちのことだわ。僕が死んだらどうなるのかね。

こっちの方が人間的魅力を感じる。
あくまで私の個人的嗜好。

おじさまは紙ナプキンで口を拭き、指に残ったパンのかすを両手で小さくぱんぱんして落とした。
私は最後に残しておいたチャーシューを口に頬張った。

おじさま待って。

おじさまはスープ専門店の返却口にトレーを返し、
私を見ずに立ち去っていった。

いつかまた会えたら、私にだけ話してほしい。おじさまのことを。

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