相続放棄〜生き別れた父の死〜(前編)④

2022.2.25(金)相続放棄という選択肢


仕事の昼休みを遅めに取る。12時台だと大抵どこも昼休み中で対応しないだろうからと、こちらが時間をずらして13時過ぎにK市役所に電話をかけた。受話器の向こうから「固定資産税係の〇〇です」と名乗る女性の声。書類に書いてあった担当者の苗字と一致する。「もしもし、先日そちらからの書類を受け取った、福岡の宮岡と申します」「あぁ、ご連絡お待ちしておりました」


そんなやりとりから始まって、電話を切るとスマホの画面に通話時間17分と表示された。この通話で分かったことは、やはり父は再婚しており、しかしその女性(後妻)に先立たれたこと。2人の間に子供はいないこと。父の死亡届を出したのは、後妻の親族であること。そして、今回の物件、すなわち父が住んでいた自宅については、その親族側にもどうするか聞いてみたが「法定相続人である長男(ぼく)の意向次第」という返事だったこと。意向とはつまり、相続して所有権を移転するか、あるいは相続放棄をするかのどちらかである。つまり、ボールはぼくが持っており、それをいつどっちに向かって投げるのかはぼくが決めなければならない。ちなみに、法定相続人はぼくと弟の2人だが、弟は他界しているため、弟の分は彼の子供たち(ぼくからみると甥)3人だということだった。甥っ子3人は皆未成年だ。いちど義妹に聞いてみなければなるまい。


相続放棄は被相続人(父)の死を知って3か月以内という原則がある。あまり悠長にしていられない。自分の戸籍謄本を取り寄せるくらいはどうってことないが(なにしろ自宅から区役所まで徒歩5分)、父の戸籍謄本については郵送で手続きをしなければならないだろうし、そもそも父の本籍地がどこになっているのかは分からない。これに甥っ子3人の戸籍謄本もつけて…となると、かなり煩雑な作業になりそうだ。それら書類を揃えた上で、家庭裁判所(しかも父の居住地の)に提出し、相続放棄を認めてもらうことになる。


周囲のフリーランス・個人事業主の仲間たちは、今まさに確定申告の真っ最中で、領収書や支払調書をかき集めたり書類を書き込んだりして忙しそうだが、それは毎年1回必ずしていることで、要領が分かっているだろうから大変かもしれないが、慣れている筈である。一方、相続手続きとなると一生に1度か2度あるかどうか。それも、親の存在がはっきりしていて、たとえば死期が迫っていることがある程度でも分かっていれば、いろんな準備もできるだろう。ところが今回の場合は、40年間消息不明だった父が去年11月に死んだことを突然知らされ、これから3か月以内に相続するか放棄するかを決めなければならい。


夕方6時を少し過ぎた頃、電話がかかってきた。声の感じから若い男性の弁護士だった。30分間無料ということだったが、電話を切ったのは6時20分。事案がややこしいからなのか、もともと営業熱心ではないのか、積極的に代理人に委任してもらおうという感じではなかった。それがいいのか悪いのかは分からないけれど。


弁護士が教えてくれたこと。不動産の価格は分かったとして、預貯金や負債については容易には調べられないこと。どの銀行に口座があるかは”あたりをつけて”問い合わせ、その回答を得られるのは何か月も先になるということ。もし負債があって返済が滞っていた場合、自宅マンションを差し押さえられることがあるが、死亡前まで返済をしていて、3か月程度の滞納であればまだ差し押さえる前の段階かもしれないということ。一方で、後妻の親族が把握しているかもしれないので、彼らに聞いてみればわかるかもしれないということ。最後に、もし相続という選択肢を選んだ場合は、自分たちだけで財産を独り占めするのではなく、後妻の親族に対しても財産分与をしてはどうかというアドバイスももらった。たしかにそれは弁護士が言う通りである。後妻が亡くなった後、父の身の回りの世話をしてくれていた可能性は高い。市役所に死亡届を出したということは、遺骨の保管・納骨や遺品の整理もしてくれているかもしれない。


夕食を食べながら妻が言う。「お父さんの財産が1億とか2億とかあれば話は別だけど、そうじゃなければ変に揉めたりするよりも相続放棄したら?逆に負債を抱えるかもしれないんだし」ぼくの脳裏にストリートビューで見た、コンクリートむき出しの父のマンションが浮かぶ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?