令和6年度税制改正要望②税制適格ストックオプションの利便性向上のための見直し

本稿のねらい


前回の記事にて紹介したとおり、2023年8月31日、経済産業省及び金融庁はそれぞれ「令和6年度税制改正要望」を公表した(経済産業省金融庁)。

そこで挙げられている税制改正要望事項のうち、筆者の興味関心に照らし次の6つを紹介することを予告していた。

本稿では、前回の「エンジェル税制の拡充」に続き、No.1の「税制適格ストックオプションの利便性向上のための見直し」(本税制改正要望事項)について説明する。

  1. ★税制適格ストックオプションの利便性向上のための見直し

  2. エンジェル税制の更なる拡充

  3. オープンイノベーション促進税制の延長

  4. パーシャルスピンオフ税制の恒久化

  5. 暗号資産の期末時価評価課税の見直し

  6. 種類株式に係る課税上の取扱いの明確化


税制適格ストックオプションとは


本税制改正要望事項の内容に入る前に、そもそも税制適格ストックオプションとは何かを知る必要がある。

その点について、以前の記事にまとめているため、適宜参照されたい。

社外高度人材に対するストックオプション税制の適用拡大


本税制改正要望事項との関係上、以前の記事では掘り下げなかった社外高度人材に対するストックオプション税制について、簡単に説明する。

(1) 平成31年度(令和元年度)税制改正

課題意識:高度人材の機動的な確保 ⇦ ストックオプション活用

  • ベンチャー企業は、成長に向けた段階に応じた優秀な国内外の人材が不可欠であり、必要な時期に必要な能力を有する高度人材を機動的に確保することが極めて重要となっている

  • しかしながら、高度人材の獲得競争はグローバ規模で激しさを増しており、エンジニアを中心に有能な高度人材の獲得は年々難しくなっている

  • 特に、手許資金が乏しいベンチャー企業においては、ストックオプションが有効な人材確保手段の一つとなっており、本制度の要件を緩和することで、ベンチャー企業のグローバルでの人材獲得競争力を高め、国内外の有能な人材を獲得しベンチャー企業の成長を実現する必要がある

経済産業省「平成 31 年度税制改正要望事項」8-2

経済産業省「平成31年度税制改正に関する経済産業省要望【概要】」34頁

(2) 制度概要

税制適格ストックオプションの要件・効果は、すべて租税特別措置法第29条の2及びその関係施行令と施行規則に示されている。

下図の要件では端折っているが、租税特別措置法第29条の2第1項は、「社外高度人材」(中小企業等経営強化法第2条第8項)のうち「認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画」(同法第9条第2項、第8条第1項)の実施時期の開始の日から当該ストックオプションの行使日まで継続的に居住者である者を「特定従事者」と定義し、税制適格ストックオプションの対象範囲に含めている。

2023年8月13日筆者作成

この特定従事者にかかる税制適格ストックオプションについては、中小企業等経営強化法第13条が起点となっている。

(課税の特例)
第13条 認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画に従って行われる社外高度人材活用新事業分野開拓に従事する社外高度人材が、当該社外高度人材活用新事業分野開拓を行う認定新規中小企業者等(会社であって資本金の額その他の事項について主務省令で定める要件に該当するものに限る。)から当該計画に従って与えられた新株予約権の行使により当該認定新規中小企業者等の株式の取得をした場合における当該株式の取得に係る経済的利益については、租税特別措置法で定めるところにより、課税の特例の適用があるものとする。

中小企業等経営強化法
2023年9月4日筆者作成
※ストックオプションに関しては「税制上の支援」が関係

この規定を受けて、租税特別措置法第29条の2に飛ぶということである。

そうすると、特定従事者が税制適格ストックオプションの税制優遇を受けるための要件には、以前の記事にて説明した税制適格ストックオプションの通常の要件に中小企業等経営強化法第13条による要件が追加されているといえる。

2023年8月13日筆者作成
※税制適格ストックオプションの通常の要件

この中小企業等経営強化法第13条が求める要件は、概ね次の4つである。
概要は下図のとおりである。

  • 社外高度人材」であること(同法第2条第8項)

  • 「社外高度人材活用新事業分野開拓計画」が認可されること(同法第9条第2項)

  • ストックオプションを付与する会社が「資本金の額その他の事項について主務省令で定める要件に該当する」会社であること

  • 社外高度人材が認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画に従ってストックオプションを付与されること

2023年9月4日筆者作成
2023年9月4日筆者作成
※みなし譲渡課税はややこしいため本稿では触れない

税制適格ストックオプションの通常の要件に加えて中小企業等経営強化法第13条による要件を満たすと、晴れて、税制適格ストックオプションの税制優遇を受けることが可能となる。(課税繰延に加え、事業所得ではなく譲渡所得になる点が妙味)

本税制改正要望事項


(1) 背景

前回の記事でも紹介したが、2022年11月に公表された「スタートアップ育成5か年計画」(5か年計画)が羅針盤となっている。

経済産業省「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」8頁
※この資料は非常に読みやすく役に立つ(必見)

本税制改正要望事項との兼ね合いでは、次のような方針が示されていた(5か年計画12-13頁)。

(ストック・オプションの環境整備)

  • スタートアップの従業員報酬としてグローバルに活用されているストックオプションについても、スタートアップの事業の成長速度に応じて権利行使(上場)のタイミングを柔軟化でき、また簡便な手続きで活用できることが望ましいため、スタートアップについて、ストックオプション税制の権利行使期間の延長を図る(筆者注:令和5年度税制改正措置済み)

  • 税制適格ストックオプションについて、現状では非上場時に権利行使をした場合に求められる株券の保管委託義務を不要化するとともに、さらなる緩和を図る(筆者注:本税制改正要望事項

  • 会社法上、株主総会の決議に基づくストックオプションの発行枠の設定から1年以内に従業員にストックオプションを付与する必要があり、こうした柔軟なストックオプションの発行は認められていないところ、米国の例を参考にしつつ、会社法の措置の見直しや税制面の対応を含め、ストックオプションプールの実現に向けた環境を整備する(TBD)

  • 未上場の場合に、種類株の価格をどのように測定するかルールが不明確であることから、報酬としてストックオプションを付与する妨げとなっているため、ガイドライン等を通じ、種類株の価格算定ルールの明確化を図る(筆者注:令和6年度税制改正要望事項?

その後、2023年6月16日、新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版が公表され、上記5か年計画を推進するとして、本税制改正要望事項との関係では、次のような方針が示されていた(37−38頁)。

① ストックオプションプールの日本での実現に向けた会社法制上の措置

  • 株主総会から取締役会への委任内容について、新株予約権の権利行使の価額や権利行使期間等も含めることができるよう会社法制上の措置を講じる

  • 新株予約権の発行に係る募集事項の決定の委任について、株主総会から取締役会への委任決議の有効期限が現行では「1年以内」となっているところ、この制約を撤廃することを検討する

  • 新株予約権の発行上限を決める際には株主総会の決議が必要となるが、実開催を行わずに決議があったものとみなすためには議決権を有する株主全員の書面等による意思表示が必要となっており、機動性に欠けるとの指摘があるため、必要な検討を行う

② 税制適格ストックオプションの制度見直し

  • 非公開会社では会社法の制約によって株式に譲渡制限が付されていること、また、発行会社及びストックオプション付与対象者によって税務処理が行われていることに着目し、非公開会社における税制適格ストックオプションの株式保管委託要件の撤廃を検討する

  • 社外高度人材への税制適格ストックオプション付与のためには、一定の要件を満たすスタートアップに限定され、かつ中小企業等経営強化法による計画認定が必要となるが、この認定制度について調査を行った上で、認定に伴う手続負担なしで税制適格ストックオプションの付与を可能とするよう検討を行う

  • スタートアップの人材獲得力向上の観点から、税制適格ストックオプションの上限額の大幅引上げ又は撤廃を検討する

③ 未上場会社の株価算定ルールの策定

  • 未上場会社であるスタートアップが税制適格ストックオプションを導入する場合の当該株価の算定について、売買実例等により算定した価額に加え、財産評価基本通達の純資産価額方式(会社の総資産の価額から負債等の額を差し引いて評価額を定めるという、小規模会社向けの簡便な算定方法)による算定を認めることとする(措置済み

  • 会社が種類株式を発行している場合には、その内容を勘案しつつ、純資産価額方式によって算定された価額となることを明確化するべく、速やかに通達等を整備する(整備済み

本税制改正要望事項は、上記②の「税制適格ストックオプションの制度見直し」に関係するものである。

なお、上記①の「ストックオプションプールの日本での実現に向けた会社法制上の措置」は会社法の改正を伴うものであり、同法の所管は法務省である。「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」によれば、ストックオプションプールの環境整備は2024年度から2025年度にかけて行われることになっているが、万事動きが緩慢で制度改革の意識が極めて低い法務省の関与が必要となるとなかなか動かないだろう。

内閣官房「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」8頁

そのため、「早期に実現する観点から、会社法改正ではなく特例法によって、スタートアップにのみ会社法の規定の例外を認めることが望ましい」との声もある(経団連「株式報酬をめぐる動向」8頁)。

(2) 本税制改正要望事項の概要

本税制改正要望事項の「要望内容」

株式保管委託要件の撤廃、社外高度人材への付与要件の緩和・認定手続の軽減、権利行使限度額の大幅な引き上げまたは撤廃その他の利便性向上のための所要の措置を講じる。

経済産業省「令和6年度税制改正要望」04-1
経済産業省「令和6年度税制改正に関する経済産業省要望【概要】」17頁

① 株式保管委託要件の撤廃

株式保管委託要件は、租税特別措置法第29条の2第1項第6号・同法施行令第19条の3第7項・同法施行規則第11条の3第2項に規定がある。

この要件が何のために存在するのかは調べきれなかったが、少なくとも我が国において、ストックオプションの Exit 先は M&A よりも IPO の方が圧倒的に多いこと、実務上ストックオプションの行使条件に IPO 等の Exit が含まれていることが多いことから、上場後であれば当然株式保管委託要件をクリアできると考えられた結果かもしれない。

経済産業省「経済産業関係 令和5年度税制改正について」9頁

しかし、圧倒的に IPO が多いからといって、税制によりそちらに誘導したままの状態にするのは望ましくないだろう(税制により IPO に誘導した可能性もある?)。

つまり、「非上場企業に対しては、株券の保管委託要件を満たすサービスを提供している証券会社・信託銀行等が限定されているのが現状です。そのため、税制適格としてストックオプションを発行しているスタートアップが上場前に M&Aによる Exit を図ろうとする場合、付与対象者がストックオプションを行使して取得した株式を買主に対して譲渡しようとすると、保管委託要件を満たすことが困難であるため、税制適格性が失われ、権利行使時に給与所得等として課税されることになります。そこで、 Exit 方法として M&A を避けて IPO を選択する誘引となり得ることが指摘されてきました」とのことである(森・濱田松本法律事務所「近時のストックオプション税制等の動向について」4頁)。

なお、現時点では、「株券」の保管委託義務は課されていない(租税特別措置法施行令19条の3第7項第2号イ)。

発行会社が未上場かつ株券不発行会社である場合には、契約等に基づき、発行会社から金融商品取引業者等に対して株式の異動情報が提供され、かつ、発行会社においてその株式の異動を確実に把握できる措置が講じられている場合には、「金融商品取引業者等の振替口座簿に記載若しくは記録を受けること」に相当するものであることから、株券の発行及び株券の金融商品取引業者等への引渡しをせずとも、保管委託要件を満たすこととなります。

国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(令和5年7月改訂版)18頁

ともあれ、いかにも儲からなそうであり非上場企業の株式の異動を把握すべく振替口座簿に記載・記録するサービスを提供する金融機関が乏しいということであろう(Googleで検索するとアイザワ證券の「税制適格ストックオプション保管」というサービスがある)。

ストックオプションを発行しつつ、そのようなサービスを受けていないスタートアップは、事実上 Exit の方法を IPO に限定されているわけで、それは経営戦略にも多分に影響するものと思われる。

スタートアップが IPO でも M&A でも自由に選べるような制度設計が望ましいことは疑う余地がない。 

② 社外高度人材への付与要件の緩和・認定手続の軽減

上記で制度概要を説明したとおり、まずもって要件が難解である。

また、社外高度人材活用新事業分野開拓計画の認定には、標準処理期間として45日かかるとのこと(‼)(経済産業省「社外高度人材活用新事業分野開拓計画策定の手引き」15頁)。

さらに、社外高度人材を複数利用したい場合(途中で増やしたい場合も同じ)でも、1人材=1計画であり、複数利用したい場合はそれぞれの人材につき計画認定の申請をしなければならないとのことである(同上)。

この点、経済産業省令和6年度税制改正要望を見ると、「一定の要件を満たすスタートアップに限定され、かつ中小企業等経営強化法による計画認定が必要となるが、対象者の範囲が狭く、認定に伴う手続がスタートアップの負担」(04−2)とのことであり、主務省令(社外高度人材活用新事業分野開拓に関する命令)で定めるスタートアップに関する要件の緩和、社外高度人材の要件の緩和、認定手続の簡素化・短期化が図られるものと思われる。

③ 権利行使限度額の大幅な引き上げまたは撤廃

現状の権利行使限度額は、年間1200万円となっているところ(租税特別措置法第29条の2第1項柱書但書、同項第2号)、これを超えて権利行使を行うべき必要性、つまり立法事実はこれまでの資料には出てきていないように思われる。

他方で、この金額を設定しておく合理性についても説明困難と思われる。

ちなみに、権利行使限度額は、2002(平成14)年度税制改正により1000万円から1200万円に引き上げられて以来、不変となっている。

以上

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