刑事法:証拠収集の電子化!?②

本稿のねらい


前回の記事において、2021年3月31日から2022年3月15日まで約1年間にわたり、法務省に設置された「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」(本検討会)における「電子令状」や「電磁的記録提供命令」(本検討対象)に関する議論やその報告書について、簡単にまとめた。

本稿では、本稿執筆時点で第12回会議(2023年9月15日開催)まで開催され取りまとめに向けたたたき台について議論が続けられている法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(本部会)における本検討対象の議論について説明することにする。なお、本稿執筆時点では、本部会第11回会議と第12回会議の議事録は公開されていない。

少し長くなってしまったため、分ければよかったと反省している。


電子令状の執行・呈示


本部会配布資料7「考えられる仕組み・検討課題(諮問事項「一」関係)」3頁

電子令状の執行・呈示に関する記載は、上図【検討項目(1)関係】の③である(赤枠)。

具体的には、次のような検討課題が挙げられていた。

(1)令状の呈示

  • 現行法において、処分を受ける者に対して令状を示さなければならないこととされている趣旨は何か

  • 電子的に発付された令状を執行する場合において、前記の趣旨に照らし、処分を受ける者に対して当該令状を示すに当たりどのような方法によることが必要となるか

  • 電子的に発付された令状の執行についても、緊急執行(刑事訴訟法第73条第3項等)の規律を設けるか

第73条 
 勾引状又は勾留状を所持しないためこれを示すことができない場合において、急速を要するときは、前二項の規定にかかわらず、被告人に対し公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて、その執行をすることができる。但し、令状は、できる限り速やかにこれを示さなければならない。

刑事訴訟法

┃ 令状呈示の趣旨

処分を受ける者に対して令状を示さなければならないこととされている趣旨は、手続の公正を担保する観点から、処分を受ける者に対して、令状に係る裁判の内容を知る機会を与え、これに対する不服申立ての機会を与えることにあります。

本部会第3回会議議事録15頁(成瀬幹事発言)
2023年10月4日筆者作成

┃ 電子令状の呈示方法/写しの交付等の要否

電子令状については、令状に記録された裁判の内容を、処分を受ける者に認識可能な形で表示すること、例えば、タブレット等の電子計算機の映像面に表示し、又は、これを紙面に印刷したものを示すなどの方法によりすることができるものとすることを明らかにする規定を設けることが考えられます。

刑事手続において記名押印を要するとされる文書の中でも、令状は、これを人、つまり被処分者に見せることによって手続の公正を担保しようとするものであるという特殊性があることに鑑みますと、少なくとも、その外観から、それが裁判官により発付された真正なものらしいことを一応確認できるようにすることが望ましいとも思われます。

電子令状の場合にも、作成の真正それ自体は記名押印に代わる技術的措置により客観的に担保した上で、これに加えて、処分を受ける者が、電子令状の外観からそれが真正なものらしいことを一応確認できる表示上の措置を講じることも考えられます。そのような表示上の措置としては、様々なものが考えられますが、例えば、電子令状においても、裁判官の記名と裁判官の印影らしき赤い印が表示されるようにすれば、紙の令状と同程度には真正らしさを一応確認できることになるでしょう。

本部会第3回会議議事録15-16頁(成瀬幹事発言)

令状を被処分者に見せることにより手続の公正を担保しようとする特殊性があるとのことだが、果たして、令状の何を見せれば公正性が担保されるのだろうか。そもそも、ここでいう手続の公正性とはなんだろうか。

今の成瀬幹事の御指摘と重なるところもありますが、電子令状に裁判官の記名押印がないということになりますと、これが真正な令状であるかどうかの判断が困難になると思われます。

本部会第3回会議議事録16頁(久保委員発言)
2023年10月4日筆者作成

いずれにせよ、実際に権限のある裁判官が発付した令状であるかどうかを被処分者が確認する術はないことから(裁判所に問い合わせたとて教えてくれないだろう)、この点は令状呈示の時点では問題とならない。

強制処分の着手に際して被処分者に何を呈示すればいいのかは、被処分者は令状の呈示に際して何を考えるのかと言い換えてもいいかもしれない。

この点、令状を呈示されることにより、被処分者としては、第一に強制処分の着手を受忍するのか否かの選択に迫られ、第二に仮に強制処分の着手は受忍せざるを得ないとしてもその対象や範囲等については目を光らせ、場合によっては不服申立てを行うことを検討することになる。このように、令状呈示による被処分者の心理は少なくとも二段階に分かれるように思われる。

一般に、被処分者が捜査機関による強制処分の着手を受忍するのは、令状に表示される裁判官の記名や押印に対する信用/権威ではなく、令状を呈示する捜査機関は裁判官が発付していない「ニセ令状」を呈示して強制処分を行うことはないだろうという捜査機関への信用ではないか。

また、仮に「ニセ令状」ではないかと疑ったとして、その時点で被処分者側に当該令状を争う手段は事実上存在せず、強制処分の着手自体は甘受せざるを得ないと思われる。

問題はその先で、強制処分の着手はやむを得ないとして、実際に行われた強制処分と令状に記載・記録された内容が整合するのかどうか、ここを確認できなければ令状呈示の趣旨である不服申立ての機会など画餅に終わる。

そもそも被処分者にとって、写しが交付されたり写真撮影したとしても、紙媒体の令状か電子令状かを問わず、呈示された令状が真正なものか否かの判断には何も役立たないと思います。
そうであるとすれば、電子令状の執行の際に、その写しの交付を義務付ける必要はないと考えられます。

本部会第3回会議議事録17頁(佐久間委員発言)

佐久間委員の発言の前段はそのとおりである。繰り返しだが、被処分者が令状の写しの交付を受けたからといって、その令状の真正性を確認する術はない。しかし、その前段の発言と後段の発言は論理必然ではない(「そうであるとすれば」では繋がらない)。

呈示された令状の真正性(上記第一段階)と不服申立ての機会を実質的に保障すること(上記第二段階)を一緒くたに考えているための誤解があると思われる。(もとをただせば、本検討会での河津委員や本部会での久保委員が「真正な令状」という意味不明な論点を持ち出したことに起因するのだが)

2023年10月4日筆者作成

結局、令状呈示の趣旨は、不服申立ての機会を確保することにはなく、あくまでセレモニー的な意味合いであり、一定の信用に値する捜査機関が、裁判官が発付したという令状なるものを持参しているということは、強制処分を甘受すること自体はやむを得ないことを納得させるための儀式である。

その意味で、実質的には、令状が呈示されるだけでは意味がなく、またその令状に「裁判官の記名や印影らしき赤い丸」など施して体裁だけ整えても儀式に儀式を重ねるだけで何ら意味がなく、被処分者の不服申立ての機会は保障されない。この被処分者の不服申立ての機会を実質的に保障するために、令状の写しの交付又は写しを取ることを許容することが必須と考える。

┃ 電子令状の緊急執行

電子令状について、タブレット等の映像面に表示するなどして示すことができるものとしたとしても、例えば、対象者を発見した警察官等が電子令状を表示し得るタブレット等を所持していない、あるいは、所持していたとしても通信環境が悪い、などの理由で電子令状を表示できないという場合は容易に想定されます。

そもそも、現行法が勾引状・勾留状・逮捕状・鑑定留置状について、一定の要件の下で緊急執行を認めているのは、たまたま令状を所持しないときに対象者を発見した場合に身体拘束ができないとすると捜査の合目的性を著しく害することから、既に司法審査を経て令状が発付されていることを踏まえ、口頭で理由及び令状が発付されている旨を告げて執行することを許したものとされています。

そうだとすれば、さきに申し上げたとおり、電子令状の場合でも、令状が発付されていながら、これを表示する手段を持ち合わせていないことのみを理由に令状を執行できないという場面は十分に想定されますので、電子令状の執行についても、紙媒体の令状が発付されている場合と同様に、緊急執行に関する規律を設けるべきであると考えます。

本部会第3回会議議事録16頁(成瀬幹事発言)

(2)処分を受けた者等に交付することとされている書類の交付方法

  • 処分を受けた者等に交付することとされている刑事訴訟法第119 条の「証明書」や同法第120条の「目録」について、電子的方法により作成したものをオンラインにより交付することができるものとするか

第119条 捜索をした場合において証拠物又は没収すべきものがないときは、捜索を受けた者の請求により、その旨の証明書を交付しなければならない。
第120条 押収をした場合には、その目録を作り、所有者、所持者若しくは保管者(第110条の2の規定による処分を受けた者を含む。)又はこれらの者に代わるべき者に、これを交付しなければならない。

刑事訴訟法

刑事訴訟法第119条(中略)の趣旨は、一たび捜索を受ければ、たとえ証拠物等がなかったとしても、犯罪に関与したのではないかとの疑念を抱かれるおそれがあり、また、証拠物等がなかった場合にそのことが明らかにされなければ、捜索が終了したのか否かが捜索を受けた者に分からず不安定な状態に置かれることから、証拠物等が発見されなかったこと及び捜索が終了したことを明確に告知し、併せて、さきに申し上げたような疑念の解消を図ることにあるとされています。捜索に関してこのような要請が生じることは、電子令状による場合であっても何ら変わるところはありません。

また、刑事訴訟法第120条が、押収をした場合には、その目録を作り、所有者等に交付しなければならないとしている趣旨は、いかなる押収機関が、どの事件について、何人の所有又は管理する物を押収したかを明らかにし、被押収者の財産権の不当な侵害の防止を図るところにあるとされているところ、押収をした場合にそのような要請が生じることは、電子令状による場合であっても何ら変わるところはありません。

そして、紙媒体の令状による場合でも電子令状による場合でも、その執行後に交付することとされている証明書や目録については、紙媒体で作成・交付されなければ、先ほど申し上げた趣旨を果たし得ないものとは考えられず、これらの書面に記載すべき事項を記録した電子データが作成され、これを交付された者がいつでもその内容を電子計算機の映像面に表示して読むことができるようになるのであれば、刑事訴訟法第119条や第120条の趣旨を満たすことができると考えられます。

本部会第3回会議議事録17頁(成瀬幹事発言)

電磁的記録提供命令


本部会配布資料7「考えられる仕組み・検討課題(諮問事項「一」関係)」3頁

電子令状の執行・呈示に関する記載は、上図【検討項目(2)関係】の④⑤である(赤枠)。

具体的には、次のような検討課題が挙げられていた。

(1)処分の性質・法的効果

  • 電磁的記録をオンラインにより提供させる強制処分(電磁的記録提供命令)について、現行法の強制処分との対比においてどのような規律を設けるべきか

  • 電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に対し、その提供を命ずることにより、どのような法的効果を生じるものとするか

┃ 現行法にて認められている他の強制処分との対比

検討会では、この処分は、現行法に定めのある記録命令付差押えを基礎として、電子データの取得方法を記録媒体の差押えからオンラインでの送信に変更した処分類型であって、言わば物の差押えの部分を除いて、記録命令の部分に限った処分というようなイメージであるという説明がありました。

必要な電磁的記録を、保管する者に命じて提供させるという面に注目しますと、刑事訴訟法第99条第3項の裁判所による提出命令と共通する点があるように思われるのですが、提出命令は、差押えと同様に有体物の押収の一態様であるのに対して、電磁的記録提供命令は、記録媒体ではなく電磁的記録そのものの提供を命じるものですので、被処分者が、対象となる電磁的記録を捜査機関に送信することによりこれを提供するとしますと、その電磁的記録は被処分者の手元に残ることになりますので、その点で、対象物の占有の移転を前提とした従来の押収とは異なるということになるものと思います。
占有を移転させずに、対象となる電磁的記録の内容を裁判所や捜査機関が認識し得るようにすることが処分の中核であると見ますと、対象物の性質・形状を五官の作用で感知・記録する検証に類似するという理解もあるかもしれません。

本部会第3回会議議事録18頁(小木曽委員発言)
2023年10月5日筆者作成
2023年10月5日筆者作成

┃ 電磁的記録提供命令の法的効果

現行刑事訴訟法第99条第3項の提出命令とこの電磁的記録提供命令とは共通する部分があると思いますので、提出命令の法的効果がどのようなものと解されているかが、参考になるものと思います。

提出命令は、対象物の所有者等にこれを提出する義務を生じさせる裁判であり、その効力は、告知によって生じるものとされ、告知を受けた者は、提出を命じられた物件を裁判所に提出する義務を負い、提出命令に応じて当該物件が提出されたときは直ちに押収の効力を生ずると解されております。

電磁的記録提供命令も、対象となる電磁的記録を保管する者等にその提供を命じるものですので、提出命令と同様に考えるとすれば、考えられる仕組みの「④」の裁判所の命令についても、その告知を受けた者は、提出を命じられた電磁的記録を裁判所に提供する法的義務を負い、その義務の履行として当該電磁的記録の提供がなされたときにその処分が完了すると考えることになると思われます。また、考えられる仕組みの「⑤」については、そのような命令を捜査機関がすることを許可する令状に基づき、捜査機関が被処分者に対し、電磁的記録の提供を命じた時点で、被処分者はこれに応じる法的義務を負い、その義務の履行として当該電磁的記録の提供がなされたときにその処分が完了すると考えることになるものと思われます。

もっとも、このような考え方は、電磁的記録提供命令の内容を、記録命令付差押えと同様に、被処分者が対象となる電磁的記録を捜査機関等に送信等をして記録することにより提供するものとする場合について成り立つと言えます。他方で、仮に、例えば命令の内容として電磁的記録を移転すること、すなわち、当該電磁的記録を捜査機関等の下の記録媒体に複写するとともに被処分者の下の記録媒体から消去するものとする場合には、その法的効果はおのずから先ほど述べたものとは異なるものとなると考えられます。さらに、それに伴って、処分に不適法な点があった場合に被処分者がどのような内容の是正措置を裁判所に求めることができるものとするかといった不服申立てに関する規律の在り方も、異なるものとなることが考えられます。

本部会第3回会議議事録19頁(池田委員発言)

たしかに、電磁的記録提供命令は、有体物の差押え(占有移転)とは無縁であり、その意味で「情報の提出命令」であり、「有体物の提出命令」である刑訴法第99条第3項の提出命令と類似するといえば類似する。

しかし、刑訴法第99条第3項は、現行法上、裁判所の強制処分としてのみ許容されているところ(同条項は同法第222条により捜査機関の活動に準用されていないことによる)、仮に提出命令と同等の効力をもつ電磁的記録提供命令を創設することは、現行法の建付けにそぐわない可能性がある(本部会第3回会議議事録19-20頁〔酒巻部会長発言〕)。

2023年10月5日筆者作成

これを検討するためには、そもそも現行の刑訴法第99条第3項の提出命令がなぜ裁判所の処分としてのみ許容されているのかを解明する必要があろう。

第99条
3 
裁判所は、差し押えるべき物を指定し、所有者、所持者又は保管者にその物の提出を命ずることができる。

刑事訴訟法

これは、この提出命令の効果の問題であると思われる。つまり、この提出命令は、たしかに被処分者に対し、裁判所に対して当該命令の対象となった有体物を提出させる(公法上の)義務を負わせるものであるが、被処分者がそれに応じなくとも罰則等は定められておらず、その場合には別途差押え等(刑訴法第99条第1項・第2項)の強制処分を行う必要がある。

捜査機関は、官公署や民間企業に対して捜査関係事項照会(刑訴法第197条第2項)により報告を求めることができ、これにより裁判所の提出命令と同等の効果を得ることができている。

第197条
2 
捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

刑事訴訟法

下記(2)で触れることだが、現在検討されている電磁的記録提供命令の効果として、現行の提出命令程度の効果でよいのだとすれば意義が乏しい(既に捜査関係事項照会で可能である)。

そうだとすれば、電磁的記録提供命令は、たしかに効果としては現行の提出命令と似通ったところはあるにせよ、それとは別の制度として、つまり実効性が担保される形での強制処分として導入されることになろう。その場合、同じように、記録命令付差押えについても実効性が担保される制度を導入するのが論理的である。

(酒巻部会長はこういった回答を求めていたように思われる)

(2)強制処分としての実効性をより一層担保するための方策

  • 電磁的記録提供命令に応じない被処分者に対する制裁を設けて間接的に強制するなど、命じられた行為をすることをより強力に義務付けるための方策を講じるか。

┃ 間接強制肯定説

記録命令付差押えは、強制処分でありながらその執行の過程で被処分者の行為を要するものである点で電磁的記録提供命令と共通するところ、記録命令付差押えの被処分者が命じられた行為を行わない場合については、制裁は設けられていません。平成23年刑事訴訟法改正の立法担当者は、その理由として、記録命令付差押えは、通信プロバイダ等の協力的な者を想定して設けられたものであり、被処分者が応じないことが予想される場合に用いることを予定していないことや、被処分者が命令に応じない場合には、必要な電磁的記録が記録されている記録媒体自体を差し押さえるという直接強制によって対応できるので、命令違反に対する制裁を設けるまでの必要はないと考えられたことを挙げています。

もっとも、近時は、クラウド技術の普及等により、記録命令付差押えが新設された当時よりも電子データの記録・蔵置の状況が複雑化しています。それゆえ、必要な電子データが記録されている記録媒体を特定して差し押さえることが事実上不可能な場合も少なくなく、被処分者が容易には命令に応じないときに、それでもなおその者に必要な電磁的記録を提供させるため、より強力に提供を義務付ける方策が必要となる場合が生じていると言えます。

他方、現行の刑事訴訟法は、身体の検査や証人としての出頭など、その対象者自身による行為がなければ処分の実効性を欠くこととなる処分については、間接強制として、過料や刑罰の制裁を設けているところ、電磁的記録提供命令についても、これらと同様に命令を受けた者の協力を得ることが処分の実効性を確保する上で重要な要素となりますので、これに応じない者に対して制裁を科すことにも合理性があると思われます。

本部会第3回会議議事録20頁(成瀬幹事発言)

賛成するが、であれば、記録命令付差押えについても同様に制裁を設ける事が必要であると考える。(外国では記録命令付差押えに相当する "production Order" への違反に対しては罰則等があり得るとのこと)

【参考】サイバー犯罪条約の解説
サイバー刑事法研究会報告書
欧州評議会サイバー犯罪条約と我が国の対応について

┃ 間接強制否定説

電磁的記録提供命令について、間接的な強制をする措置を設けることにつきましては、反対をします。

例えば、クラウドサービスについて申し上げますと、実際には、その提供命令によって権利制約を受けることになるのは、そのクラウドサービスを利用しているユーザーとなります。自分が知らないところで、クラウドサービスに保存しているデータが捜査機関に提供されるような制度とされれば、そのようなサービスを使用すること自体についてちゅうちょをするという事態になりかねず、その影響は甚大だと思われます。(①)

他方で、今回の制度が導入された場合にも、主に想定されるものが捜査に協力的な通信事業者であるということであれば、罰則を設けて強制するような立法事実は乏しいものと考えます。

記録命令付差押えの導入の際にも議論されていましたが、被疑者が対象となることもあり得ます。被疑者でなくとも、電磁的な記録の中には、それを提出することで自身が刑事罰を受ける可能性がある者も含まれることになります。そして、電磁的な記録の中には、供述的な性格を持つ証拠も多数含まれる可能性がありますので、そのような証拠について、罰則をもって提出が強制されることには慎重であるべきです。(②)

万が一にもそのような証拠を提出することについて罰則などの不利益が伴う場合には、提出前に不服申立ての手段が設けられることも必要です。対象者が罰則を受けないように一旦は電磁的な記録を提供することを強制されながらも、事後的な不服の申立てもできない制度となるということは、絶対に避けなければならないように思います。(③)

本部会第3回会議議事録21頁(久保委員発言)
※丸数字①〜③は筆者が説明の便宜のために挿入

①〜③全てに共通することだが、上記成瀬幹事発言のとおり、記録命令付差押えに関して、当該処分に被処分者が従わない場合の制裁を設けない理由は、あくまで協力的な事業者が被処分者となることが想定されているためである。

記録命令付差押えは、通信プロバイダ等の協力的な者を想定して設けられたものであり、被処分者が応じないことが予想される場合に用いることを予定していないことや、被処分者が命令に応じない場合には、必要な電磁的記録が記録されている記録媒体自体を差し押さえるという直接強制によって対応できるので、命令違反に対する制裁を設けるまでの必要はない

再掲・本部会第3回会議議事録20頁(成瀬幹事発言)

被処分者(事業者)が記録命令付差押えに従わない場合、最悪のケースとして、実効性がどこまであるかは別にして、当該被処分者が事業の用に供しているサーバー(記録媒体)自体が差し押さえの対象となる(刑訴法第99条第1項・第2項)。そのサーバー自体が差押えられるとすれば、当然、そこに記録されている被疑者等に関するデータを捜査機関や裁判所が閲覧可能となる(①)。それが供述的な性格を持とうが持つまいが関係ない(②)。ただし、命令に対する不服申立ては抗告又は準抗告として準備されている(③)。これが現行法における原則である。

いうなれば、記録命令付差押えは、(記録媒体を特定する必要がない点では捜査機関・裁判所の便宜に資するが)あくまで原則に対する例外的に、事業者側の便宜を図り、ひいては当該事件に関係のない国民・市民のための制度という要素が強いと考える。

事業者としては、たった1人のよくわからない個人のために多数人が利用するサーバー自体を停止させることは通常せず、法的な根拠がある記録命令付差押えがあれば、それに応じるのがリーズナブルである。

そのため、基本的に記録命令付差押えや今回創設が検討されている電磁的記録提供命令について、事業者が拒否することは考えづらいところではあるものの、実際に拒否された場合、原則に戻りサーバー自体の差押えを行うことが可能かという問題に立ち返らざるを得ない

個人データの越境移転にかかる制約(個人情報保護法第28条)や安全管理措置の一環として公表が必要である(同法第32条第1項第4号同法施行令第10条第1号ガイドライン通則編10-7)など、(クラウド含め)サーバーを海外に置く事業者がどの程度いるかは不明であるが、仮にサーバーを海外に置く事業者が一定数あり、かつ、その事業者が管理する電磁的記録が頻繁に必要になるのであれば、サーバー自体の差押えは困難であろう(「国際捜査共助」?)

なお、②の部分、つまり特に被疑者も電磁的記録提供命令の対象となるとすれば憲法第38条第1項との抵触の可能性があるとの点だが、たしかに被疑者に不利な情報の提供を間接強制等の制裁により強制される点では問題になり得るものの、この制度は被疑者に新たな供述を強制するわけではなく、過去の情報について提供を命ずるものである。仮にこれが憲法第38条第1項に抵触するとなれば、被疑者の手元にある手紙、メールやチャットについても現物や電磁的記録を差し押さえることができないが、憲法第35条との関係でいえば、明らかに失当であろう。強制の程度の観点でいえば、憲法第35条が認める直接強制の方が強いのだから。

まず、仮に、自己に不利益な内容の供述を新たに電磁的記録として作成させて提供することを刑事罰や過料をもって強要することとすれば、憲法第38条第1項に違反することになるでしょう。

これに対して、捜査機関等が提供を命じた電磁的記録の内容が、単なる現象や過程の機械的記録であって、人が観念したことの表出としての意味を持つものと評価されない場合、例えば、被疑者・被告人のスマートフォンにより自動的に記録された位置情報データのような電磁的記録には、そもそも「供述」が含まれていないので、その提供を強要しても憲法第38条第1項に違反しないと考えることができるように思われます。

また、捜査機関等が提供を命じた電磁的記録の内容が、人が観念したことの表出という意味で供述的要素を含むとしても、既に存在している電磁的記録の提供を強要したにとどまる場合には、たとえその内容が不利益なものであったとしても、不利益な内容が既に記載されている被疑者・被告人の日記帳を差し押さえる場合と同様に、憲法第38条第1項の問題を生じさせるものではないと考えることができるように思われます。

本部会第7回会議議事録33頁(成瀬幹事発言)

とはいえ、仮に電磁的記録提供命令の対象者に被疑者を含むとしても、基本的に一般人に対してこの命令を発する意義は乏しく、そのような運用がされることはないように思われる。その意味では、久保委員の提案のとおり、被疑者・被告人は対象から法定除外してしまうのが手っ取り早い。

仮に、電磁的記録提供命令の制度が施行された後、この命令でも通信事業者等が開示を拒否するような場合に、被疑者等データの本人に対してこの命令を行い、それをもって本人から通信事業者に対し捜査機関等への開示の同意がなされるような運用も、もしかしたら有用かもしれないが。

┃ Column 通話履歴については通信傍受法に準じたルールを!?

本部会第7回会議において、久保委員が突如として、通話履歴については通信傍受法の規律に寄せた検討が必要であると主張し始めた。

通話履歴につきましては、現在も通常の押収手続で行うことはできますが、例えば現在進行形で通話されているような中身に踏み込むときには、通信傍受法の対象となるようなものとなっております。

その意味では、現行法でも既に情報の内容に着目し、それとの関連性から手続を厳格に考えるという規律は日本でも採られているわけですから、そうした規定も参照するべきだと考えます。情報の内容そのものに踏み込む可能性が格段に高くなるような手続については、従来の強制処分の延長というよりも、むしろ通信傍受法の規律に近く、そういった観点で検討が必要だと考えます。

SNSなどは、先ほどのLINEのように、実際は内容にわたる情報の提供は事業者が拒否するため、現在の記録命令付差押えでは、事実上、先ほど申し上げたような通話履歴のようなリスト的なものが提供されるものの中心となっていると思います。仮に、間接強制を導入することで、これまで拒否していた事業者が通信の秘密にわたるようなものについても開示をするとすれば、それは情報の内容を押収するという場面が格段に増えますので、そういった観点でも議論が必要だと考えます。

本部会第7回会議議事録23頁(久保委員発言)

果たしてそうなのだろうか。
本当のところはわからないが、LINEヤフー株式会社(旧LINE株式会社)が公表している "Transparency Report" によれば、裁判官が発付した令状に対しては通話履歴も含む情報を期間等により制限をかけながらも開示に応じているとのことである。これは総務省の「電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドライン 解説(令和5年5月18日版)」「5-1-2「通信履歴の提供」(201頁)とも整合的である。

LINE Transparency Report 2022[7-12]
LINE「捜査機関向けガイドライン
LINE「捜査機関への対応
総務省「電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドライン 解説(令和5年5月18日版)」201頁

なお、情報の内容に着目した制度は既に存在しており、それが記録命令付差押えである。つまり、刑訴法第99条の2は「裁判所は、必要があるときは、記録命令付差押え(電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録させ、又は印刷させた上、当該記録媒体を差し押さえることをいう。以下同じ。)をすることができる。」と規定しており、証拠としての必要性はまさに情報の内容に着目して判断されることになる。だからこそ、記録命令付差押状には「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」が特定・記載されることになっている(同法第107条第1項)。

ちなみに、通信傍受法との関係では、次のようなやり取りが繰り広げられていた。。(いやはや)

現行法の下でも、例えば通信の内容が既にどこかに記録されているという場合には、差押えによってそれを入手することが可能なわけで、その場合、通信傍受法のような厳格な規律ではないわけですけれども、通信の内容に踏み込むと通信傍受法と同様の規律が必要になるというのは、どういう考え方によるのでしょうか。
(中略)
なぜ通信傍受法が厳格な規律を設けているかというと、それは、その対象となるものが正にリアルタイムで行われていく通信であって、通信の内容の予測がある程度難しいということも踏まえ、かつ、密行性・継続性があるということも踏まえて、厳格な要件を定めているのでありまして、通信の内容を知ることになるので通信傍受法と同じようにすべきだというのは、論理が飛躍していると思うのですけれども、そこはいかがでしょうか。

本部会第7回会議議事録23-24頁(吉田幹事発言)

ごもっともな反論だろうと思われるが、これに対しては、次のような再反論(?)が返ってきていた。

通信傍受は将来にわたるものであるので、情報が予測できず、かつ密行性が大切だという御指摘がありました。クラウドにおいては膨大な情報が含まれており、正にどのような情報があるのか事前に予測できず、包括的な差押えが可能となるのではないかといった問題点があります。その意味で、他でも述べる予定にはしておりましたが、令状でどの程度差し押さえるべき情報を特定するかといった点も当然議論の対象となるべきですし、そこにおいて情報が予測できないから包括的な差押えが許されるという議論がなされるのであれば、クラウドの差押えと通信傍受とで何ら変わるところはないものと考えます。

本部会第7回会議議事録24頁(久保委員発言)

クラウドとは何か理解した上での発言だろうか。クラウドだろうが昔ながらのメールボックス(メールサーバー)やリモートストレージサーバーであっても、もちろん容量の差こそあれ、被疑事実に無関係な「膨大な情報」が含まれ得る。だからこそ、上記のとおり、記録命令付差押えは、サーバーは特定しないものの、「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」を特定した上で記録命令付差押状に記載されることになっている(刑訴法第107条第1項)。

もちろん、一定期間(◯年◯月◯日から△年△月△日まで)の通話履歴や通信履歴という特定も可能であることから、その意味では被疑事実と無関係な情報も含まれる。しかし、それは刑訴法第99条第1項によりサーバー自体を差し押える原則形においても同じである。サーバー自体を差し押えている以上、むしろより広範に情報を閲覧等可能である。久保委員の論法(?)からいえば、むしろサーバー自体の差押えこそ包括的な差押えが行われ得るのだから、通信傍受法に寄せた検討が必要となるのではなかろうか。

なぜ、記録命令付差押えや電磁的記録提供命令のみが槍玉に上がるのか理解に苦しむ(思い付きで話すべきではなく、繰り返すが、弁護士委員は「ご経験」のみ話していれば結構)。

議論の中で、情報の内容に踏み込むということをおっしゃっていたわけですけれども、これは吉田幹事からも再三御指摘があったことと重なりますが、既に記録媒体に記録されているものを差し押さえるということと何か質的に異なる事態が想定されているのかということが、御議論を聞いていて理解できませんでしたので、異なった角度から改めて検討を加える必要性自体について、議論の余地があるのではないかと思っております。

本部会第7回会議議事録25頁(池田委員発言)

(3) 電磁的記録提供命令に対する不服申立て

本部会第7回会議にて配布の資料(配布資料11)において、電磁的記録提供命令を受けた被処分者に対し、次のような不服申立ての手段を用意することが提案された。

 検討のためのたたき台(諮問事項「一」関係)7-8頁

これに対しては、特段の異論なく、このような不服申立ての手段を用意すべきであることで一致していた。

電磁的記録提供命令が押収に関する命令であることからすれば、当然であろう。

取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)


(1) 電子令状の執行・呈示

電磁的記録をもって発せられた差押状、記録命令付差押状又は捜索状は、これに記録された(2)の事項及び(2)の記名押印に代わる措置により表示される裁判長の氏名を裁判所の規則で定める方法により表示したものを処分を受ける者に示さなければならないものとすること

取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)7頁

今のところ、やはり令状の写しの交付や写しを取ることについては規律化される見込みはなさそうである(残念)。

(2) 電磁的記録提供命令

┃ 電磁的記録提供命令

電磁的記録提供命令本体については、次のような規律が提案された。
※ここでは捜査機関によるものを紹介するが裁判所が行うものもほぼ同旨

(1)検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、証拠電磁的記録を保管する者その他証拠電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて、電気通信回線を通じて検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が指定する記録媒体に記録させ若しくは移転させ、又は記録媒体に記録させ若しくは移転させて当該記録媒体を提出させる方法により、証拠電磁的記録を提供させることができるものとし、ただし、記録媒体に移転させる方法による提供は、証拠電磁的記録を保管する者に対してのみ命じることができるものとすること。

取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)10頁

ここでいう「証拠電磁的記録」とは「証拠となる電磁的記録と思料するもの」を意味する(取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)10頁)。

よくわからないのは、証拠電磁的記録の提供の方法として2つ提案されているうちの2つ目、つまり「記録媒体に記録させ若しくは移転させて当該記録媒体を提出させる方法」である。これは記録命令付差押えと同義になるように思われるところ、記録命令付差押えと統合させる趣旨だろうか。

┃ 秘密保持命令

(3)検察官、検察事務官又は司法警察職員は、(1)の命令をする場合において、必要があるときは、裁判官の許可を受けて、(1)の者に対し、みだりに(1)の命令を受けたこと及び提供を命じられた証拠電磁的記録を提供したことを漏らさないよう命ずることができるものとすること。

取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)11頁

この秘密保持命令については、現行法でも保全要請にかかる秘密保持要請として類似の制度が存在している。

第197条
 検察官、検察事務官又は司法警察員は、差押え又は記録命令付差押えをするため必要があるときは、電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者に対し、その業務上記録している電気通信の送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し、30日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面で求めることができる。この場合において、当該電磁的記録について差押え又は記録命令付差押えをする必要がないと認めるに至つたときは、当該求めを取り消さなければならない。
 第2項又は第3項の規定による求めを行う場合において、必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる。

刑事訴訟法

刑訴法第197条第3項の保全要請は、あくまで任意処分(任意捜査)であり、この要請に事業者が応じなくとも罰則等は用意されていない。
この保全要請の趣旨は、通信履歴は短期間で消去される場合が多いとされており、令状の発付を待つと上書きされるなど過去の情報が散逸する可能性が高まることから、保全の必要性が大きい点にある。

保全の必要性が大きいことと秘密保持を要請することは論理必然には繋がらない。つまり、仮に、保全要請を受けた事業者が、当該通信履歴にかかる本人に対し、保全要請を受けた旨を伝えたとしても、当該通信履歴は事業者のもとに残る可能性が高いためである。(保有個人データの削除請求の要件もクリアしないだろうから、事業者が当該本人の便宜を図り、通信履歴を削除してあげるような稀有なケースのみが問題となるに過ぎない)

では何のための秘密保持要請かといえば、単に、保全要請が行われるような場面は、捜査のフェーズでいば初期であり、未だ密行性が高いとされており、捜査機関が動いていること自体、被疑者等には伏せておきたいという捜査機関の事情である。

この点、以前の記事でも触れたように、多くのプラットフォーマーと呼ばれる事業者は、捜査機関から開示要請等があった場合には、原則として本人に通知するというポリシーを出している。

例外的に、法令により本人に対する通知が禁止される場合は、秘密とするという運用のようである。

適用される法律により禁止されている場合や、事案を鑑みて通知が適切でない場合(例:犯罪や自殺などの予告)、その他合理的に通知が不適切と判断できる場合を除き、当社はユーザーに通知します。

LINE「捜査機関への対応

そうだとすれば、仮に上記のような秘密保持命令の制度ができれば、法令により本人に対する通知を禁止することになる以上、各社とも本人に対する通知はしない(できない)ことになる。

これをどう考えるかだが、元々、プラットフォーマー各社は、透明性を高める趣旨で本人に対する通知を行っていたと思われ、つまり自主的にというか積極的に本人に対する通知を行うインセンティブがあったというよりは、それをしないことによる負の影響を危惧して本人に対する通知を行っているものと思われ、そうであるとすれば、法令により本人に対して通知しなくてよいという免罪符を得ることになる以上、特段異論はないものと思われる。

以上

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