金商法:クレカ積立の上限が10万円/月に!?
[2023/09/30 21:05修正:金商業府令第149条の解釈に誤りあり⇨修正]
[2023/10/19 19:00修正:金商業府令第149条の解釈に誤りあり⇨再修正]
本稿のねらい
既に時機遅れとなっている感は否めないところであるが、株式会社丸井グループの100%子会社で証券会社であるtsumiki証券株式会社が、エポスカードを用いた投資信託の積み立て投資につき現状の上限5万円/月を2024年1月取引分から上限10万円/月とすることを予定しているようである。
現在ではもはやお馴染みとなっている「カード積立」であるが、どうやら我が国で初めてクレジットカードによる投資信託の購入を可能にしたのがtsumiki証券とのことである。
いくつか調べてみると、基本的には証券会社主導で一定のクレジットカード会社と提携し、筆者が確認できた限りでは、楽天証券を除き(※)、毎月5万円を上限としてそのクレジットカードによる投資信託の購入代金の決済を認めているようである。
※ 詳細は後記のとおりだが、楽天証券では、楽天カードによるクレジット決済サービスにおいて上限5万円/月を許容しつつ、別途楽天キャッシュによる投信積立サービスにおいて上限5万円/月を許容しており、楽天キャッシュ(前払式支払手段又は資金移動にかかる未達債務)のチャージ自体を楽天カードにより行うことができるため、実質的には楽天カードによる投資信託の購入代金の決済を毎月10万円を上限として認めていると思われる。
そこで、本稿では、なぜクレジットカードによる投資信託の購入代金の決済の上限が毎月5万円とされているのか、そもそも「投資信託の購入」やそのクレジットカード決済とは何かについて触れつつ、tsumiki証券がその上限を10万円/月に拡大した方法について考察してみたい。
投資信託の購入とは/クレカ決済とは
説明の便宜上、まずは投資信託の購入やそのクレカ決済の構造・仕組みについて説明する。
(1) 投資信託とは
前提として、投資信託が何かを理解する必要があるため、簡単に説明する。
「投資信託」の一般的な定義は次のとおりである。
要するに、株式・債券・REIT等の様々なアセットクラスに対し集団的に投資を行うために資金を集める(預ける)仕組みのことであり、「投資」をするための「信託」と考えておけばよい。
信託であるからには、資金を拠出する「委託者」、資金を預かる「受託者」、そしてその信託財産から利益を受けられる「受益者」の3者が存在するのが原則である(信託法第2条参照)。
投資信託については、基本的に「投資信託及び投資法人に関する法律」(投信法)や金融商品取引法により規律がされている。
本稿で対象としている公募型の投資信託(基本的に証券会社に口座を開設している者であれば誰でも購入可能な投資信託)については、投信法でいう「委託者指図型投資信託」(同法第2条第1項)が主流である(野村證券ウェブサイト)。
この公募型における委託者指図型投資信託においては、投資信託を設定する時点では投資家は存在せず、まずは運用会社(投信法上は「投資信託委託会社」、金商法上は「投資運用業」を営む「金融商品取引業者」といい、いわゆるアセットマネジメント会社である)が委託者として信託銀行(受託者)に所定の資金を拠出し、委託者兼当初受益者となる。
運用会社(委託者兼受益者)が保有する受益権(基本的に受益証券は発行されない)を均等に分割し、販売会社(銀行や証券会社)を通じて「投資家」が購入する。
その結果、運用会社を委託者、信託銀行を受託者、そして投資家を受益者とする信託構造となる(なお、この場合の信託関係を規律するのは「投資信託約款」である)。つまり、投資信託の文脈では、証券会社等の販売会社はこの信託の当事者ではなく、単に運用会社が保有する受益者を投資家に販売するための仲介(募集の取扱い)を行っているだけである。
この仕組みについて示したものがあまりないが、下図でわかるだろうか。
少し不安だったため、下図を作成した。
(2) 投資信託の購入
そうすると、「投資信託の購入」とは何を意味するだろうか。
いくつかの販売会社の目論見書補完書面(投資信託)を確認すると、基本的には次のような文言が記載されている。
これは、上図のとおり、販売会社は運用会社からファンド受益権の募集販売委託を受け、「募集の取扱い」を行うことを意味する。
ここで「取扱い」とは、「有価証券の発行者などの他人のために、有価証券の募集・売出し・私募・特定投資家向け売付け勧誘等を代行する行為(勧誘代行行為)と解されている」(松尾直彦「金融商品取引法〔第5版〕」344頁)。また、「募集」とは、多数の者(50人以上)を勧誘の相手方とする場合をいう(金商法第2条第3項第1号、同法施行令第1条の5)。
したがって、この場面における「募集の取扱い」とは、運用会社のために、有価証券の1つである投資信託の受益証券(受益権)の取得を多数の者に対して勧誘することである。
ということは、証券会社等の販売会社は、あくまで投資信託の受益権の取得勧誘を行うのみで、「取次ぎ」や「代理」などを行っているわけではなく、単に、運用会社と投資家の間を繋いでいるだけである。なお、このような募集の取扱いを業として行う場合、「金融商品仲介業」となり、登録が必要である(金商法第2条第11項・第8項第9号、同条第12項・第66条)。
この点、SBI証券の「投資信託積立約款」には次のような規定がある。
また、契約締結前交付書面(金商法第37条の3)を交付しなければならない対象契約は、「金融商品取引契約」であり、それは「金融商品取引業者等」(金融商品取引業者と登録金融機関)が顧客を相手方とし又は顧客のために「金融商品取引行為」(同法第2条第8項各号の行為)を行うことを内容とする契約をいう(同法第34条)。
ここでいう金融商品取引業者等には募集の取扱いを業とする金融商品仲介業者は含まれない。投資信託の文脈でいえば、投資信託の受益権の販売を委託した運用会社(投資運用業を営む金融商品取引業者)が、金融商品取引契約の主体ということになり、契約締結前交付書面の交付義務を負う。
他方で、「投資信託の購入」にかかる契約契約締結前交付書面の交付は、一般に、証券会社等の販売会社を通じて行われているものと思われる(その業務についても募集販売委託契約の内容になっているものと思われる)。
以上をまとめると、「投資信託の購入」は、投資信託の受益権を目的物として、運用会社と投資家との間で締結される売買契約を投資家の側面から見た概念であることになる。販売会社は、上記のとおり、運用会社と投資家の間をつなぎ、特に買い注文を出したり、購入代金を徴収したり(決済代行)、あるいは契約契約締結前交付書面の交付等の各種事務を行う。
そうすると、この文脈における「クレカ決済」とは、運用会社と投資家の間で締結される投資信託の受益権にかかる売買契約における、投資家が運用会社に対して負う売買代金債務の決済に関係していることになる。
クレジットカード会社からみて、加盟店は運用会社であるが、あくまで証券会社等の販売会社が運用会社のために決済代行を行っているため、クレジットカード会社からの立替金は加盟店である運用会社には直接支払われず、販売会社に支払われることになる。
ちなみに、楽天キャッシュを使った投資信託の購入代金の決済の場合、楽天キャッシュの引去り(残高減算)という形で買付けが行われる建付けとなっている(楽天証券「資信託積立取引楽天キャッシュ決済約款」第7条)。
投資信託購入にかかるクレカ決済の上限
(1) 金商法上のルール
おそらく、投資信託購入にかかるクレカ決済の上限に関するルールとして認識されているのは次のルールである。
┃ 金商法第44条の2第1項柱書き
まず、金商法第44条の2第1項柱書の読解がやや難解であるが、「金融商品取引業者その他業務」とは、金融商品取引業者(特に第一種金融商品取引業者・投資運用業者)が行う「金融商品取引業」とこれに付随する業務として認められている「付随業務」(同法第35条)に該当する業務以外のものを指す。
この点、金融商品取引業者(うち第一種金融商品取引業者・投資運用業者)は、基本的には金融商品取引業のほか、金商法第35条第1項各号の「付随業務」に加え、届出を行うことにより同条第2項の業務(届出業務)を行うことができる(業務範囲規制がある)。
この届出業務の1つに「貸金業法第2条第1項に規定する貸金業その他金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介に係る業務」があり、「信用取引」以外の信用供与が可能となっている(金商法第35条第2項第3号)。
これらの他にも、承認を得ることにより行える業務もある(承認業務)(金商法第35条第4項)。
このような届出業務や承認業務が「金融商品取引業者その他業務」と考えられる。
┃ 金商法第44条の2第1項第1号
次に、金商法第44条の2第1項第1号の「有価証券の売買の受託等(委託等を受けること)」は、ここでいう「委託等」は「有価証券の売買その他の取引等の委託等(媒介、取次ぎ又は代理の申込みをいう。以下同じ。)」(同法第44条第1号)とされていることから、有価証券の売買の媒介、取次ぎ又は代理の申込みを受けることを意味する。
これは、投資家が上場株式等を購入する際に、証券会社等に「取次ぎ」を依頼するような場合を指すものと思われる。この「取次ぎ」とは問屋(商法第551条)と同義であるとされており、要は、自己の名をもって他人の計算において法律行為(売買等)を行うことである。つまり、投資家は東証等の金融商品市場において自ら上場株式等の売買を行うことはできず、その会員となっている証券会社に、売買を依頼するのであるが、証券会社は自己の名で市場において上場株式等の売買を行い、その経済的利益のみを依頼した投資家(顧客)に帰属させるのである。
そうすると、上記説明したとおり、投資信託の購入の場面においては、投資家は証券会社に対し投資信託の購入の取次ぎを依頼することはないため、金商法第44条の2第1項第1号の適用はないものと思われる。
┃ 金商法第44条の2第1項第3号
金賞法だい44条の2第1項第3号は、前半をいくら読んでもあまり意味はなく、結局は「金融商品取引業等に関する内閣府令」(金商業府令)を読まなければならない。
該当する金商業府令は第149条第1号である。
このうち、禁止行為から除外されるのは、次の2つである。
金商業府令第148条各号の要件をすべて満たすもの
同第149条第1号の要件をすべて満たすもの
ここで金商業府令第148条各号の要件をすべて満たすものを除外するのは重複を避けるためであり大した意味はない。
[2023/10/19 19:00 この点を下記記事により修正している。本稿の内容は下記記事で修正することとし、連続性をもたせるためあえてこのままとする。]
また、投資信託の受益権の文脈では、金商業府令第149条第1号の要件をすべて満たすことはない(同ハの要件を満たさない)。
そうすると、投資信託の購入にかかるクレカ決済が「信用供与を条件」とする場合は一切不可ということになる。
(2) 蛇足〜金商業府令第148条の考察〜
[2023/10/19 19:00 この点を下記記事により修正している。本稿の内容は下記記事で修正することとし、連続性をもたせるためあえてこのままとする。]
以下、蛇足ではあるが、一般に投資信託購入にかかるクレカ決済の上限に関するルールとして挙げられるのは金商業府令第148条各号の要件であり、それについて若干説明する。
┃ 金商業府令第148条の導入
この規制は、2007(平成19)年9月30日施行・新設の金商業府令により設けられたものである。
«概要»
┃ 金商業府令第148条の要件
金商業府令第148条の要件は、大きく次の4つに分けられる。
信用の供与をすることを条件として有価証券の売買の受託等をする行為
証票等を提示又は通知した個人から有価証券の売買の受託等をする行為であり、個人が有価証券の対価に相当する額を2月未満の期間内に一括して支払い、その金額が金融商品取引業者に交付される
同一人に対する信用供与が10万円未満
有価証券の売買が累積投資契約によるものであり、各種要件を満たすもの
┃ 金商業府令第148条の要件に関する論点
① 信用の供与を条件とすること
信用の供与を条件とせず、投資家(顧客)が自らクレカ決済による有価証券の購入を希望した場合には、金商業府令第148条柱書には該当しないようにも思える。
しかし、2007年7月31日に゙公表されたパブコメ(本パブコメ)によれば、顧客の希望により行われるものでも、実質的に信用供与を条件としていると認められる場合には該当する可能性があるとされている。
どのような場合に「実質的に信用供与を条件として行われると認められる」のかは不明である。
② いわゆるマンスリークリア
③ 信用供与が10万円未満
金融庁の考え方は次のとおりであり、ここで重要な点は、未決済分があると信用供与の枠が復活しない点である。
そのため、例えば、1か月当たりのクレカ決済上限額を10万円としてしまうと、仮に、そのクレカ決済にかかる引き落とし(清算)がされないうちに、次の月のクレカ決済にかかる発注(10万円分)が行われてしまうと、信用供与が一時的にせよ20万円となってしまい、要件を満たさなくなる。
これはクレジットカード会社が設定する締日・支払日に左右されることはもちろん、「未決済分」、つまり投資家がクレカ決済分につきクレジットカード会社に支払いができず延滞となった場合も含まれることから、仮に1か月当たりのクレカ決済上限額を10万円としてしまうと要件を満たさなくなるリスクが相当に高い。
そのため、バッファを用意する趣旨で、クレカ決済にかかる上限額を5万円/月とするケースが大半なのである。これであれば、支払日と約定日の関係で1回分重複が生じたり、1回延滞が生じた場合でも、次回以降調整したり、約定を止めることにより要件を満たさないリスクを回避できる。
④ 累積投資契約
金商業府令第148条第3号では、累積投資契約に関する要件が細かく定められているが、金商法第35条第1項第7号、金商業府令第66条にも同様の要件が置かれている(なぜか別々に用意されている)。
ここで想定されているのは、「定時定額に有価証券を買い付ける積み立てサービスのみ」であり、いわゆる「スポット買い」は対象外である(本パブコメ452頁〔No.15、No.16〕)。
tsumiki証券の挑戦!?
上記のとおり、投資信託の受益権の購入にかかるクレカ決済に関して上限額5万円/月というルールはなく、「信用供与を条件」とすれば上限額にかかわらず不可というルールになっている。
そこで考えられるのは「信用供与を条件」とすることの限定解釈である。
これについては、本パブコメ上も十分な解釈が出ておらず、また登録金融機関についても同様にクレカ決済や総合口座貸越を可能とする改正が行われた2009(平成21)年9月9日公表のパブコメにおいても明確化されていないため、見通しがつかない。
この点、このルールは「信用供与を条件とした有価証券売買等の受託等は、顧客に過当取引を生じさせるおそれもあることから、原則として禁止されている」と説明されており(本パブコメ451頁〔No.4〕)、過当取引とならないよう何らかの手当が十分になされた上で、顧客の希望により行われるものであれば、クリアできるのかもしれない。
例えば、①クレジットカードの利用額が直近1年間で100万円以上、②年収が800万円以上、③資産額が1000万円以上など、その投資家の資力に鑑み、ほぼ確実に過当取引といえないような場合に限り認めることはあり得るように思われる。なお、もしこれらにより「信用供与を条件」としていないと解釈できるのであれば、上限額10万円/月にこだわる必要はない。
ただ、tsumiki証券については、こういった設定によりクリアしたようには思われない。つまり、特段の要件等なく、すべてのエポスカードホルダーが「月10万円まで」クレカ決済により投資可能としているように見えるからである。
以上
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