刑事法:法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会「試案」を読んで〜刑事手続書類の電子化〜(前編:電磁的記録提供命令)

本稿のねらい


2023年12月4日、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(本部会)の第14回会議が開催され、そこで「試案」(本試案)が示された。

本部会では、主に諮問第122号に基づき次の3つの観点で議論・検討が行われてきた。

  1. 刑事手続において取り扱う書類について、電子的方法により作成・管理・利用するとともに、オンラインにより発受すること

  2. 刑事手続において対面で行われる捜査・公判等の手続について、映像・音声の送受信により行うこと

  3. 1及び2の実施を妨げる行為その他情報通信技術の進展等に伴って生じる事象に対処できるようにすること

日本経済新聞「『電子逮捕状』導入へ、IT化で2026年度にも 法務省案

筆者の興味関心のある部分は諮問事項「一」の刑事手続で取扱う書類の電子化部分であり、特に民間企業において法務業務に従事している担当者にとって影響があるものと考えられる「電子令状」や「電磁的記録提供命令」について、以前、2回にわたりその点を説明した。

試案が示す新制度は大きく2つの柱がある。まず令状や証拠の電子化だ。

日本経済新聞「『電子逮捕状』導入へ、IT化で2026年度にも 法務省案

【参考】過去記事

以前の記事では、本部会の第11回会議までの資料と第9回までの議事録に基づき本部会の議論の流れや筆者の見解を紹介してきたが、現時点で本部会第13回会議までの資料・議事録と本試案にアクセス可能であることから、今回は、「電子令状」や「電磁的記録提供命令」に関連する部分に限るが、本試案を紹介しつつ、本部会第10回以降の議論の流れについても改めて紹介することとする。

編集の都合上電磁的記録提供命令を本稿(前編)で、電子令状を次稿(後編)で扱うこととする。


本試案の全体像


本試案は、諮問事項に従い、次のとおり3部で構成されている。

本試案・目次
※赤線は筆者追加

上記のとおり、本稿において主に取扱うのは「第1−2 電磁的記録による令状の発付・執行等に関する規定の整備」(電子令状)と「第1−3 電磁的記録を提供させる強制処分の創設」(電磁的記録提供命令)である。

なお、特に電磁的記録提供命令に関してだが、裁判所による命令と検察官等捜査機関による命令の2種類があり(電磁的記録提供命令に限らず多くの命令はこの2種類がある)、一般に民間部門が接するのは、裁判官の発する令状に基づく検察官等捜査機関による命令と思われるため、基本的にはそれを中心に紹介する。

電子令状の発付・執行等


⇢後編へ

電磁的記録提供命令


(1) 制度概要

予想どおり、現行の記録命令付差押え(刑訴法第99条の2)が廃止され、新規に創設される強制処分である電磁的記録提供命令に統合されることになる。それもあってか、提案されている電磁的記録提供命令の制度は記録命令付差押えに限りなく近い。

5 捜査機関による電磁的記録提供命令
⑴ 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に対し、電気通信回線を通じて電磁的記録を検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が指定する記録媒体に記録させ若しくは移転させる方法又は電磁的記録を記録媒体に記録させ若しくは移転させて当該記録媒体を提出させる方法により、必要な電磁的記録を提供することを命ずることができるものとし、ただし、記録媒体に移転させる方法による提供は、電磁的記録を保管する者に対してのみ命ずることができるものとすること。
⑷ 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、⑴の命令をする場合において、必要があるときは、裁判官の許可を受けて、⑴の命令を受ける者に対し、みだりに⑴の命令を受けたこと及び提供を命じられた電磁的記録を提供し又は提供しなかったことを漏らしてはならない旨を命ずることができるものとすること。
9 記録命令付差押え(刑事訴訟法第99条の2)の廃止
記録命令付差押え(刑事訴訟法第99条の2)を廃止すること。

本試案12-13頁

【参考】概要図

本試案11-13頁を参考に2023年12月4日筆者作成

【参考】記録命令付差押え等他の制度との違い

2023年10月5日筆者作成
2023年10月5日筆者作成

(2) 論点①:想定される利用場面

仮に電磁的記録提供命令が創設された場合に、どういう使い方をするのかについては、いろいろと利用可能性はあるのだと思いますが、一つ考えられるのは、現在記録命令付差押えで対応しようとしているような場面があるのだろうと思います。証拠として電磁的記録が必要であるということで、物自体を押さえるのではなくて、電磁的記録を提供してもらう必要がある場面、例えば通信履歴などを提供してもらう必要があるという場面が捜査においては様々に生じてくるだろうと思いますので、そういった場面で使うことが考えられると思います。現在はそういう場面で、飽くまで記録をさせた上で最後は記録媒体を最後は差し押さえるという立て付けになっていますが、その差押えという部分をなくして、電磁的記録の提供だけにするというようなことですので、この電磁的記録提供命令が使われる場面というのは、記録命令付差押えで対応できる、あるいはしようとする場面と基本的には重なってくるのだろうと思われます。

本部会第10回会議議事録33−34頁(吉田幹事発言)

▶ Column:対応費用の負担

通信履歴等の提供を不断に求められる通信事業者をはじめ、多様な事業者が日々強制処分の対応に追われている。

この対応の費用を国費負担とすること、ひいては有罪判決が確定した被告人に国が請求することなども検討の余地があるように思われる。

非協力的な事業者がその記録媒体を準備することまで求められるとした場合の費用負担については無視されるべきではないと思います。例えば、アメリカにおいては同様の制度において国が費用の負担をしているというような規律もあるように聞いています。命じられた事業主にとっては、単に記録媒体の実費にとどまらず、それに対応する人件費も含めた膨大な費用が掛かる可能性があります。1件であればその負担は限られていたとしても、それを繰り返し命じられる可能性のある事業者における財産的な不利益は無視されるべきではないと思います。日本においては、これまで協力的な事業主を対象に、その善意に基づいて履行していただいていたということだと思いますが、非協力的な事業者に実費及び人件費の費用負担を課すということは、それ自体大きな不利益であり、この点については今後検討がなされるべきではないかと思います。

本部会第11回会議議事録33頁(久保委員発言)

(3) 論点②:対象者

上記のとおり、電磁的記録提供命令は現行の記録命令付差押えを包摂した制度となる。そのため、対象者は「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」(刑訴法第99条の2)となることが予定されている。

これに対して、記録命令付差押えの立法趣旨から久保委員が疑問を呈していた。

元々刑事訴訟法第99条の2につきましては、差押えとはいいましても、協力的な事業者を対象とする形でそもそも改正されておりまして、現実的に適用されているのも協力的な事業者が対象となっていたものと思われます。今回は罰則を伴っている以上、協力的ではない者が対象となることを当然に予定しているはずですので、協力的な事業者を対象として議論をしていた第99条の2の保管する者、利用する権限を有する者がそのまま当てはまるということでは、なかなか適切な説明ではないように思っております。

本部会第10回会議議事録34頁(久保委員発言)

この疑問に対して本部会構成員は一様に困惑し、問題意識を掴みきれていなかった(問題児である)。強制処分である電磁的記録提供命令に協力的か否かはまったく関係がない要素であり、何を言っているのか不明。
なお、電磁的記録提供命令の対象者に関しては本部会第11回会議でも長時間議論を蒸し返しつつ意味不明な発言を繰り返していた。

文言自体は極めて明確であり、令状審査の対象となった電磁的記録(「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」刑訴法第107条第1項)を記録する記録媒体を直接保管する者やクラウド等の記録媒体を契約しクラウド等のサービスを提供している事業者に指示等を出すことができるユーザーが、これら「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」(刑訴法第99条の2)に該当するのである。

「保管する者」は、電磁的記録を自己の実力支配内に置いている者をいい、「利用する権限を有する者」は、適法に電磁的記録が記録されている記録媒体にアクセスして当該電磁的記録を利用することができる者をいう

本部会第11回会議議事録6頁(鷦鷯幹事発言)

なお、久保委員は「刑事訴訟法第99条の2の保管の具体例として立法当時、記録媒体の所持者が挙げられていましたが、サーバを保守する企業はこれに当てはまり、サーバ内の全情報が提出の対象になることになってしまうのではないでしょうか」(本部会第11回会議議事録2頁(久保委員発言))と懸念を示すが、的はずれである。一般に、サーバを保守する企業は「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」のいずれにも該当しない。

▶ Column:被疑者・被告人が対象者となる!?

文言上、従わない場合には罰則まであり得る電磁的記録提供命令の対象者から被疑者や被告人は除外されていない(現行の差押えや記録命令付差押えは罰則こそないが対象となる点では同じ)。

本部会第10回会議議事録43-44頁(鷦鷯幹事発言)を参考に筆者作成

ひょっとすると久保委員は被疑者・被告人が対象者となること、もっといえばその場合でも電磁的記録提供命令違反に対して罰則があることにつき疑問を呈していたのかもしれない。

記録命令付差押えの導入の際にも議論されていましたが、被疑者が対象となることもあり得ます。被疑者でなくとも、電磁的な記録の中には、それを提出することで自身が刑事罰を受ける可能性がある者も含まれることになります。そして、電磁的な記録の中には、供述的な性格を持つ証拠も多数含まれる可能性がありますので、そのような証拠について、罰則をもって提出が強制されることには慎重であるべきです。

本部会第3回会議議事録21頁(久保委員発言)

しかし、この憲法適合性については、パスコードの点につきやや違和感は残るものの、首肯できる説明がされている。

この事例において電磁的記録提供命令を用いるとしても、被疑者に対して、既に存在している特定の文書や画像のデータの提供を強要しているにとどまり、被疑者が観念したことを新たに表出すること、すなわち、供述を強要しているわけではありません。被疑者がこの提供命令に応じるためには、その前提として、スマートフォンのパスコードを自ら解除して特定の文書や画像のデータをクラウド領域から取り出す必要がありますが、当該パスコード自体を捜査機関に教えることが要求されているわけではありませんので、パスコードの解除が事実上義務付けられる点を踏まえても、やはり供述の強要は含まれていないといえます。そうすると、憲法第38条第1項の従前の解釈に従えば、合憲ということになるでしょう。

本部会第10回会議議事録44-45頁(成瀬幹事発言)

なお、スマートフォンのパスコードという電磁的記録について一定の事業者に提供するよう命令することはできるだろうか。例えば、Appleの説明は次のとおりであり、期待薄である。

Q. ロックされているiOSデバイスのパスコードをAppleに提供してもらうことはできますか?
A:いいえ。Appleはユーザーのパスコードにアクセスできません。ただし、このガイドラインで説明している通り、デバイスに搭載されたiOSのバージョンによっては、MLATの手続きに従って発行された有効な捜査令状があれば、ロックされたデバイスからデータを抽出できる場合があります。

Apple「法的手続きのガイドライン
※iOS8以降のバージョンでは抽出不可とのこと

【参考】前回の記事

(4) 論点③:「記録」とは

この「記録」という語は、記録命令付差押えについて規定する刑事訴訟法第99条の2における「記録」と同義のものとして用いています。
そこでは、「記録」という語は、ある記録媒体に記録されている電磁的記録をそのまま他の記録媒体に複写させることだけではなく、暗号化された電磁的記録の復号をさせた上で、これを他の記録媒体に記録させることや、複数の記録媒体に記録されている電磁的記録を用いて必要な電磁的記録を作成させた上、これを他の記録媒体に記録させることを含むものとされています。
電磁的記録提供命令においても、これと同様、「複写」に限らず、「記録させ」る方法によって電磁的記録の提供をさせることも考えられると思われましたことから、このような規律案としたものです。

本部会第10回会議議事録31−32頁(鷦鷯幹事発言)

電磁的記録提供命令の対象は電磁的記録そのものですから、特定の記録媒体に記録されている電磁的記録に限定される理由はないように思われます。そして、電磁的記録提供命令は、被処分者の行為を通じて電磁的記録を収集するという点において、記録命令付差押えと共通する部分がありますので、これと同様に、電磁的記録提供命令においても、複数の記録媒体に分散して記録・蔵置されている電磁的記録を集めたり、組み合わせたりして必要な電磁的記録を作成した上で提供することを命じ得ることとすることにも合理性があると思います。
また、暗号化された電磁的記録をそのまま収集するだけでは、必要な証拠電磁的記録を収集して事案の解明に役立てるという電磁的記録提供命令の目的を達成することができませんので、被処分者に一定の行為を命じる処分であるという特性をいかして、暗号化された電磁的記録を復号した上で提供することを命じ得ることとすることにも合理性があると考えます。

本部会第10回会議議事録32頁(成瀬幹事発言)

したがって、電磁的記録提供命令を受けた事業者としては、次の3つの方法による「記録」義務が生じる可能性があり、その方法は捜査機関が選択し、裁判官が認める形となる。

  1. 記録媒体に記録されている電磁的記録をそのまま別の記録媒体に複写する

  2. 暗号化された電磁的記録を復号し、復号後の電磁的記録を別の記録媒体に記録する

  3. 複数の記録媒体に記録されている電磁的記録を編集して必要な電磁的記録を作成し、編集後の電磁的記録を別の記録媒体に記録する

1点目・2点目の方法であればまだしも、3点目は骨折りとなるおそれがある。

(5) 論点④:「移転」とは

「移転させる方法による提供」を命じる相手方を「証拠電磁的記録を保管する者」に限定しておりますが、電磁的記録の「移転」には、元の記録媒体から電磁的記録を消去させることが含まれるところ、当該電磁的記録を「保管する者」に当たらず、利用する権限を有するにとどまる者には、例えば特定のウェブサイトにアクセスする権限を有し、サイト内のコンテンツを利用することができるにとどまる者なども含まれると考えられますが、そうした者に対してまで「移転」を命じたとしても、履行が難しいのではないかと考えられ、これを強制することは適当ではないと考えられたことから、「移転」の対象者は「証拠電磁的記録を保管する者」に限ることとしたものでございます。

本部会第10回会議議事録37頁(鷦鷯幹事発言)

移転の命令は、その対象者に対して、その下にある電磁的記録の消去まで求めるものです。したがって、その対象者をその義務を履行し得る者に限るこの規律案の考え方には一定の合理性があると考えられます。

本部会第10回会議議事録37頁(池田委員発言)

「移転」には元の記録媒体から電磁的記録を消去することが含まれるとのことであり、これは相応に強烈であり、一応原状回復措置が講じられる見込みではあるものの、当該措置が講じられるまでは当該電磁的記録を利用できず、被処分者に対する法益侵害の程度が大きい(その意味では記録媒体の差押えに近しい効力を持つ)。

単なる複写等の「記録」による提供なのか、あるいは消去が必要となり得る「移転」による提供なのかは令状審査事項であり(「提供の方法」)、裁判官による"慎重な"審査を期待したいが、それよりもどういう場合に消去を伴う「移転」が必要なのか、ガイドライン等が公表されることを期待したい。

命令により移転させる電磁的記録は、被処分者の手元に残しておくことが適当でないと認められるためにこれを移転させるもの

本部会第10回会議議事録40頁(小木曽委員発言)

(6) 論点⑤:秘密保持命令

▶ 概要

提案されている秘密保持命令は、裁判官の許可を受けて対象者に秘密保持を命じる処分であり、当該命令に違反した場合には罰則(1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金※+両罰規定)もあり得る。

※ 証言拒否罪(刑訴法第161条)と同等の法定刑

現行の秘密保持要請刑訴法第197条第5項)よりも圧倒的に強力な制度である。

▶ 趣旨

電磁的記録提供命令の被処分者としては、通信事業者等も想定されるところですが、通信事業者等は、その保有する顧客の通信に関する情報を第三者に提供したときには、当該顧客にその旨を通知すべき法令上又は契約上の義務を負っている場合があります。その場合には、捜査機関から電磁的記録提供命令を受けたこと及び提供を命じられた電磁的記録を提供したことを顧客に通知すべきこととなり、その結果、顧客である被疑者等が捜査に気付いて、罪証隠滅行為等に及ぶ危険が生じることにもなり得ます。

そこで、このような事態を防ぐことができるようにするため、電磁的記録を保管する者等にその提供を命じる際、裁判官の許可を受けて、その者に対し、電磁的記録提供命令を受けたこと、及び、提供を命じられた電磁的記録を提供したことをみだりに漏らさないように命じることができるものとすること、すなわち、秘密保持命令に関する規律を設けることも検討すべきではないでしょうか。

例えば、アメリカの連邦法である「Stored Communications Act」においては、捜査機関は、裁判所の命令に基づいて、通信事業者等に対し、その保管する通信内容や通信履歴等の情報の開示を要求することができ、その際、開示の要求を受けた通信事業者等に対し、開示命令の存在を他の者に漏らさないように命じることができるとされており、この制度は「gag order」と呼ばれています。こうした外国の立法例も参考にしながら、秘密保持命令の具体的な要件の在り方や、同命令を遵守させるための方策について検討することを提案させていただきたいと思います。

本部会第10回会議議事録38頁(成瀬幹事発言)

*Column:法人への命令により従業員が被疑者であることを知った場合

Aという通信事業者(法人)に対しBという個人の通信履歴等の提供を求める電磁的記録提供命令が発付されたとき、たまたまBがAの従業員であったとするとAはこの事実をどう取扱うべきかという論点である。

つまり、Aという法人が名宛人となる電磁的記録提供命令であり、Aという法人内において、当該命令を受けた旨や当該命令の対象となる電磁的記録を必要な範囲で共有することは問題ないが、それを超えて、被疑者であるBに対して懲戒処分を含めた人事上の調査を行うことが秘密保持命令との関係で何らか問題となるか。

この点、電磁的記録提供命令ではなく現行の差押えや記録命令付差押えの場合は秘密保持命令の制度が用意されておらず、上記人事上の調査を行うことも何ら問題ないことになる。

それとの対比で、電磁的記録提供命令の場合にのみ被処分者に対し秘密保持命令を課し、被処分者の人事上の調査すら制約することの正当性が問われている(Good Pointsだとは思う)。

データでない証拠については、そのような秘密保持命令という制限はないにもかかわらず、データになると突然、みだりに漏らしてはいけないという制限が掛かり、当該従業員に対して調査ができないということになると、犯罪に関わったかもしれない被疑者である自社の従業員に対し、懲戒処分の調査をすることもできないまま警察からの連絡を待つということになりかねないのではないか

本部会第11回会議議事録42頁(久保委員発言)

例えば、現状、電磁的記録提供命令以外の場面においてその会社に捜索差押えが入った場合には、捜索差押えの事実を直ちに被疑者である従業員自身が知らないときに、その会社は、捜索差押えが入ったという事実を従業員に告げて内部調査をするのが通常だと思いますので、その場合に、データのときだけなぜ従業員への調査ができないのかということが理解できないという趣旨です。

本部会第11回会議議事録44頁(久保委員発言)

捜索差押えの場合などと建付けが異なるのは、対象が有体物かデータかという違いによるというより、それらの捜査の性質(密行性)とそれらが行われる段階に起因するように思われる。

つまり、捜索差押えに関しては、被疑者に知られずに行うことも不可能ではないものの事実上は困難であり(密行性を欠く又は密行性が小さい)、また捜査の初期段階からいきなり捜索差押えを行うことは少なく、別の捜査を進めてから行われるものと思われるのに対し、電磁的記録提供命令は基本的には捜査の初期段階から行われることが想定されているようである。

▶ 対象者

文言上、被疑者・被告人も秘密保持命令の対象者から除外されていない。

検察官、検察事務官又は司法警察職員は、⑴の命令をする場合において、必要があるときは、裁判官の許可を受けて、⑴の命令を受ける者に対し、みだりに⑴の命令を受けたこと及び提供を命じられた電磁的記録を提供し又は提供しなかったことを漏らしてはならない旨を命ずることができるものとすること。

再掲・本試案12頁

秘密保持命令の趣旨は、上記のとおり、電磁的記録提供命令を受けた事業者(特に通信事業者等が念頭に置かれている)の顧客である被疑者等が捜査に気付いて、罪証隠滅行為等に及ぶ危険が生じるのを防ぐところにあるが、被疑者等が電磁的記録提供命令を受けることも否定されていない以上、被疑者等も秘密保持命令の対象となる。

しかし、これは何を意味するのだろうか。

少なくとも単独犯の場合には、意味がないように思われる。
意味を持つとすれば複数犯(共犯)の場合か?

既に成瀬幹事が御指摘のように、被疑者・被告人を名宛人に含めるについては、なお検討を要するのかもしれません。

本部会第11回会議議事録39頁(樋口幹事発言)

▶ 「漏らす」とは

「みだりに」に関してですけれども、その前提として、例えば、電磁的記録提供命令が法人を名宛人として法人に対してなされたという場合、その従業員は法人としての義務を履行するために動くということになります。それに付随して秘密保持命令が出されるということは、法人を名宛人とするということでありますが、そうなると、みだりに漏らす相手というのは法人の外にいる人というような整理になるのではないかという気もいたしまして、つまり、法人の内部で従業員同士でその命令の履行のために情報共有がなされるという場合には、それは漏らしたということにそもそもならないという整理になるのではないかという気もいたします。 そうだとすると、法人の内部で、例えば調査を行うというような場合にも、基本的には秘密保持されるべき主体の中にとどまっているということになるので、「みだりに」の解釈にかかわらず、それは漏らしたことにはならないという整理になるのかなと現時点では考えています。

本部会第11回会議議事録42頁(吉田(雅)幹事発言)

▶ 「みだりに」とは

秘密保持命令を受けている者が秘密を漏示することを許容する局面として考えられそうなのは、典型的には、提供を命じられたデータの事務処理作業を進めるために法人内で命令を受けたことについて情報を共有するような場合が考えられるかと思います。(中略)
不服申立て制度が設けられていることに鑑みますと、不服申立てに必要な範囲で法人外部の弁護士に相談するといったことも妨げられないのではないかと思われるところです。
このように、電磁的記録提供命令及び秘密保持命令の制度設計それ自体から類型的に「みだりに」に該当しなくなる場合以外に、秘密保持命令を受けた者が自らの正当な利益を守るという目的のために命令を受けたことを漏らすことが相当といえる限りでの違法性阻却はあり得るかと思います。

本部会第11回会議議事録39-40頁(樋口幹事発言)

裏を返せば、秘密保持命令を受けた被処分者が、自己の正当な利益を守るという目的以外の正当ではない目的で同命令を受けた事実等を漏らすことが「みだりに」漏らすことになる。

▶ 期間制限

本試案では、秘密保持命令の期間制限については設けられておらず、単に「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、⑷の命令をした場合において、その必要がなくなったときは、その命令を取り消さなければならないものとすること」と提案されているにとどまる。つまり、基本的に捜査機関の裁量に委ねることが提案されている。

しかし、「仮に当初は捜査の密行性などの観点で秘密保持を命じるような制度ができるとしても、それを永続的に続けるべき理由はない」、「一定の期間を置き、あらかじめ期限を決めた上で秘密保持を命ずるというような方法も考えられるのではないか」という意見(本部会第10回会議議事録38頁(久保委員発言))もあり、正当である。

他方で、捜査の初期段階で行われることが想定されている秘密保持命令についてその命令発令時点で「将来の捜査の進捗を見通してあらかじめその期間を定めるというのは、なかなか難しい」(本部会第11回会議議事録36頁(小木曽委員発言))。

秘密保持命令について定める合衆国法典第18編第2705条(b)では、「裁判所が適切と考える期間」と規定されているだけですが、司法省のマニュアルにおいては、検察官が裁判所に対して秘密保持命令を請求する際、その期間は基本的に1年以内にすべきとされており、仮に延長するとしても、プラス1年が限度とされています。このような実務運用も参考にしながら、どのような規定を設けるべきか考えていきたいと思います。

本部会第10回会議議事録38頁(成瀬幹事発言)

本試案は下記小木曽委員発言を踏まえて起案されたものと考えられる。

期間をあらかじめ定めるということについては十分検討が必要であると思いますが、もし期間をあらかじめ定めるということであれば、捜査の状況等に応じてその長さを延長又は短縮できるようにする、そのような工夫も選択肢となるように思います。また、効力を必要な期間に限定するという関心に応える方法としては、期間を定めずに秘密保持命令を発した上で、その必要がなくなったときには命令を取り消さなければならないものとするという考え方もあり得るように思います。

本部会第11回会議議事録36-37頁(小木曽委員発言)

(7) 論点⑦:命令拒絶事由〜秘匿特権〜

押収拒絶というものを適切に行使するためには、実質的に押収拒絶権あるいは命令拒絶権の主体となるべき者にその権利の行使の機会が与えられることが必要だと考えております。
例えば、被疑者から情報を収集したとしても、本来は弁護士が拒否をするべき、あるいは拒否をしたいという場面もあるかと思います。この点は、もちろん現行法でも弁護士と被疑者・被告人との間のやり取りというのが押収をされるという場面は、紙などでも想定されるところですが、そのような状況自体が問題ではないかと考えております。
誤ってそういった情報を押収した場合に、情報として使用できなくなるという規律も必要ではないかと思われます。日本においては既に独占禁止法の分野において一部導入をされましたが、欧米では秘匿特権があるということが当然の前提になっているのであり、そうした点も含めて、情報の収集の在り方について他国を参照するのであれば、被疑者・被告人、そして弁護人などのそういった権利を保障するという観点で、秘匿特権についても本来であれば導入されるべきだと考えております。(中略)
取り分け私の問題意識としては、この電磁的記録提供命令においては膨大なデータが収集されるおそれがあると考えておりますので、一歩進めるという観点では、この命令に限って、まず秘匿特権の制度を導入するということは、それは方法としてはあり得るのだとは思います。

本部会第10回会議議事録39-40頁(久保委員発言)

秘匿特権の導入が望ましいこと自体に異論はないが、電磁的記録提供命令により「膨大なデータが収集されるおそれがある」として電磁的記録提供命令に限って秘匿特権を導入することの正当性はまったくない。

つまり、以前の記事でも触れたように、電磁的記録提供命令に限らず刑訴法第99条第1項によりサーバー(記録媒体)自体を差し押える場合においても「膨大なデータが収集されるおそれがある」点では同じである。

むしろ、サーバー自体を差し押えている以上、一定の電磁的記録の提供のみを強制される電磁的記録提供命令よりも広範に情報を閲覧等可能である。

久保委員の論法(?)からいえば、むしろサーバー自体の差押えこそ包括的な差押えが行われ得るのだから、秘匿特権の導入検討が必要となるのではなかろうか。

以上

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