本稿のねらい
2023年12月4日、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(本部会)の第14回会議が開催され、そこで「試案」(本試案)が示された。
本部会では、主に諮問第122号に基づき次の3つの観点で議論・検討が行われてきた。
刑事手続において取り扱う書類について、電子的方法により作成・管理・利用するとともに、オンラインにより発受すること
刑事手続において対面で行われる捜査・公判等の手続について、映像・音声の送受信により行うこと
1及び2の実施を妨げる行為その他情報通信技術の進展等に伴って生じる事象に対処できるようにすること
筆者の興味関心のある部分は諮問事項「一」の刑事手続で取扱う書類の電子化部分であり、特に民間企業において法務業務に従事している担当者にとって影響があるものと考えられる「電子令状」や「電磁的記録提供命令」について、以前、2回にわたりその点を説明した。
【参考】過去記事
以前の記事では、本部会の第11回会議までの資料と第9回までの議事録に基づき本部会の議論の流れや筆者の見解を紹介してきたが、現時点で本部会第13回会議までの資料・議事録と本試案にアクセス可能であることから、今回は、「電子令状」や「電磁的記録提供命令」に関連する部分に限るが、本試案を紹介しつつ、本部会第10回以降の議論の流れについても改めて紹介することとする。
編集の都合上電磁的記録提供命令を本稿(前編)で、電子令状を次稿(後編)で扱うこととする。
本試案の全体像
本試案は、諮問事項に従い、次のとおり3部で構成されている。
上記のとおり、本稿において主に取扱うのは「第1−2 電磁的記録による令状の発付・執行等に関する規定の整備」(電子令状)と「第1−3 電磁的記録を提供させる強制処分の創設」(電磁的記録提供命令)である。
なお、特に電磁的記録提供命令に関してだが、裁判所による命令と検察官等捜査機関による命令の2種類があり(電磁的記録提供命令に限らず多くの命令はこの2種類がある)、一般に民間部門が接するのは、裁判官の発する令状に基づく検察官等捜査機関による命令と思われるため、基本的にはそれを中心に紹介する。
電子令状の発付・執行等
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電磁的記録提供命令
(1) 制度概要
予想どおり、現行の記録命令付差押え(刑訴法第99条の2)が廃止され、新規に創設される強制処分である電磁的記録提供命令に統合されることになる。それもあってか、提案されている電磁的記録提供命令の制度は記録命令付差押えに限りなく近い。
【参考】概要図
【参考】記録命令付差押え等他の制度との違い
(2) 論点①:想定される利用場面
▶ Column:対応費用の負担
通信履歴等の提供を不断に求められる通信事業者をはじめ、多様な事業者が日々強制処分の対応に追われている。
この対応の費用を国費負担とすること、ひいては有罪判決が確定した被告人に国が請求することなども検討の余地があるように思われる。
(3) 論点②:対象者
上記のとおり、電磁的記録提供命令は現行の記録命令付差押えを包摂した制度となる。そのため、対象者は「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」(刑訴法第99条の2)となることが予定されている。
これに対して、記録命令付差押えの立法趣旨から久保委員が疑問を呈していた。
この疑問に対して本部会構成員は一様に困惑し、問題意識を掴みきれていなかった(問題児である)。強制処分である電磁的記録提供命令に協力的か否かはまったく関係がない要素であり、何を言っているのか不明。
なお、電磁的記録提供命令の対象者に関しては本部会第11回会議でも長時間議論を蒸し返しつつ意味不明な発言を繰り返していた。
文言自体は極めて明確であり、令状審査の対象となった電磁的記録(「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」刑訴法第107条第1項)を記録する記録媒体を直接保管する者やクラウド等の記録媒体を契約しクラウド等のサービスを提供している事業者に指示等を出すことができるユーザーが、これら「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」(刑訴法第99条の2)に該当するのである。
なお、久保委員は「刑事訴訟法第99条の2の保管の具体例として立法当時、記録媒体の所持者が挙げられていましたが、サーバを保守する企業はこれに当てはまり、サーバ内の全情報が提出の対象になることになってしまうのではないでしょうか」(本部会第11回会議議事録2頁(久保委員発言))と懸念を示すが、的はずれである。一般に、サーバを保守する企業は「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」のいずれにも該当しない。
▶ Column:被疑者・被告人が対象者となる!?
文言上、従わない場合には罰則まであり得る電磁的記録提供命令の対象者から被疑者や被告人は除外されていない(現行の差押えや記録命令付差押えは罰則こそないが対象となる点では同じ)。
ひょっとすると久保委員は被疑者・被告人が対象者となること、もっといえばその場合でも電磁的記録提供命令違反に対して罰則があることにつき疑問を呈していたのかもしれない。
しかし、この憲法適合性については、パスコードの点につきやや違和感は残るものの、首肯できる説明がされている。
なお、スマートフォンのパスコードという電磁的記録について一定の事業者に提供するよう命令することはできるだろうか。例えば、Appleの説明は次のとおりであり、期待薄である。
【参考】前回の記事
(4) 論点③:「記録」とは
したがって、電磁的記録提供命令を受けた事業者としては、次の3つの方法による「記録」義務が生じる可能性があり、その方法は捜査機関が選択し、裁判官が認める形となる。
記録媒体に記録されている電磁的記録をそのまま別の記録媒体に複写する
暗号化された電磁的記録を復号し、復号後の電磁的記録を別の記録媒体に記録する
複数の記録媒体に記録されている電磁的記録を編集して必要な電磁的記録を作成し、編集後の電磁的記録を別の記録媒体に記録する
1点目・2点目の方法であればまだしも、3点目は骨折りとなるおそれがある。
(5) 論点④:「移転」とは
「移転」には元の記録媒体から電磁的記録を消去することが含まれるとのことであり、これは相応に強烈であり、一応原状回復措置が講じられる見込みではあるものの、当該措置が講じられるまでは当該電磁的記録を利用できず、被処分者に対する法益侵害の程度が大きい(その意味では記録媒体の差押えに近しい効力を持つ)。
単なる複写等の「記録」による提供なのか、あるいは消去が必要となり得る「移転」による提供なのかは令状審査事項であり(「提供の方法」)、裁判官による"慎重な"審査を期待したいが、それよりもどういう場合に消去を伴う「移転」が必要なのか、ガイドライン等が公表されることを期待したい。
(6) 論点⑤:秘密保持命令
▶ 概要
提案されている秘密保持命令は、裁判官の許可を受けて対象者に秘密保持を命じる処分であり、当該命令に違反した場合には罰則(1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金※+両罰規定)もあり得る。
※ 証言拒否罪(刑訴法第161条)と同等の法定刑
現行の秘密保持要請(刑訴法第197条第5項)よりも圧倒的に強力な制度である。
▶ 趣旨
*Column:法人への命令により従業員が被疑者であることを知った場合
Aという通信事業者(法人)に対しBという個人の通信履歴等の提供を求める電磁的記録提供命令が発付されたとき、たまたまBがAの従業員であったとするとAはこの事実をどう取扱うべきかという論点である。
つまり、Aという法人が名宛人となる電磁的記録提供命令であり、Aという法人内において、当該命令を受けた旨や当該命令の対象となる電磁的記録を必要な範囲で共有することは問題ないが、それを超えて、被疑者であるBに対して懲戒処分を含めた人事上の調査を行うことが秘密保持命令との関係で何らか問題となるか。
この点、電磁的記録提供命令ではなく現行の差押えや記録命令付差押えの場合は秘密保持命令の制度が用意されておらず、上記人事上の調査を行うことも何ら問題ないことになる。
それとの対比で、電磁的記録提供命令の場合にのみ被処分者に対し秘密保持命令を課し、被処分者の人事上の調査すら制約することの正当性が問われている(Good Pointsだとは思う)。
捜索差押えの場合などと建付けが異なるのは、対象が有体物かデータかという違いによるというより、それらの捜査の性質(密行性)とそれらが行われる段階に起因するように思われる。
つまり、捜索差押えに関しては、被疑者に知られずに行うことも不可能ではないものの事実上は困難であり(密行性を欠く又は密行性が小さい)、また捜査の初期段階からいきなり捜索差押えを行うことは少なく、別の捜査を進めてから行われるものと思われるのに対し、電磁的記録提供命令は基本的には捜査の初期段階から行われることが想定されているようである。
▶ 対象者
文言上、被疑者・被告人も秘密保持命令の対象者から除外されていない。
秘密保持命令の趣旨は、上記のとおり、電磁的記録提供命令を受けた事業者(特に通信事業者等が念頭に置かれている)の顧客である被疑者等が捜査に気付いて、罪証隠滅行為等に及ぶ危険が生じるのを防ぐところにあるが、被疑者等が電磁的記録提供命令を受けることも否定されていない以上、被疑者等も秘密保持命令の対象となる。
しかし、これは何を意味するのだろうか。
少なくとも単独犯の場合には、意味がないように思われる。
意味を持つとすれば複数犯(共犯)の場合か?
▶ 「漏らす」とは
▶ 「みだりに」とは
裏を返せば、秘密保持命令を受けた被処分者が、自己の正当な利益を守るという目的以外の正当ではない目的で同命令を受けた事実等を漏らすことが「みだりに」漏らすことになる。
▶ 期間制限
本試案では、秘密保持命令の期間制限については設けられておらず、単に「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、⑷の命令をした場合において、その必要がなくなったときは、その命令を取り消さなければならないものとすること」と提案されているにとどまる。つまり、基本的に捜査機関の裁量に委ねることが提案されている。
しかし、「仮に当初は捜査の密行性などの観点で秘密保持を命じるような制度ができるとしても、それを永続的に続けるべき理由はない」、「一定の期間を置き、あらかじめ期限を決めた上で秘密保持を命ずるというような方法も考えられるのではないか」という意見(本部会第10回会議議事録38頁(久保委員発言))もあり、正当である。
他方で、捜査の初期段階で行われることが想定されている秘密保持命令についてその命令発令時点で「将来の捜査の進捗を見通してあらかじめその期間を定めるというのは、なかなか難しい」(本部会第11回会議議事録36頁(小木曽委員発言))。
本試案は下記小木曽委員発言を踏まえて起案されたものと考えられる。
(7) 論点⑦:命令拒絶事由〜秘匿特権〜
秘匿特権の導入が望ましいこと自体に異論はないが、電磁的記録提供命令により「膨大なデータが収集されるおそれがある」として電磁的記録提供命令に限って秘匿特権を導入することの正当性はまったくない。
つまり、以前の記事でも触れたように、電磁的記録提供命令に限らず刑訴法第99条第1項によりサーバー(記録媒体)自体を差し押える場合においても「膨大なデータが収集されるおそれがある」点では同じである。
むしろ、サーバー自体を差し押えている以上、一定の電磁的記録の提供のみを強制される電磁的記録提供命令よりも広範に情報を閲覧等可能である。
久保委員の論法(?)からいえば、むしろサーバー自体の差押えこそ包括的な差押えが行われ得るのだから、秘匿特権の導入検討が必要となるのではなかろうか。
以上