規制改革(人への投資WG):36協定本社一括届出の要件緩和!?

本稿のねらい


本日(2023年8月18日)、日経電子版の記事で、次のようなものを見つけた(本記事)。

「残業時間の36協定、本社で一括申請可能に 23年度中にも」

最初、本記事のタイトルだけ読んだ時点では、「何を今更なことを言っているんだろう。」という感想を抱いた。同じような感想を持った人も多いかと思われる。

なぜなら、時間外労働に限らず休日労働にかかる36協定については、既に相当前から、一定の要件を満たすことを前提に、「本社一括届出」は認められているためである。

本記事を読んでも、36協定の本社一括届出に関するこれまでの経緯等は何もわからなかったことから、それについて一通りのことを説明する記事があってもよいのではないかと考え、本稿を執筆している。

もし、本記事の内容に関する部分のみが知りたい場合、後記「36協定の本社一括届出の歴史」(3)に記載してあるため目次から飛ぶことをすすめる。


36協定の本社一括届出の歴史


(1) 2003年:36協定の本社一括届出が認められた

労働基準法第36条第1項の規定による協定については、事業場単位で締結し、当該事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に届け出ることとされているが、今般、複数の事業場を有する企業においては、下記により、いわゆる本社機能を有する事業場の使用者が一括して本社の所轄署長に届出を行う場合には、本社以外の事業場の所轄署長に届出があったものとしても差し支えないこととしたので、その実施に遺漏なきを期されたい。

労働基準局⻑通知(平成15年2⽉15⽇付け基発第0215002号「時間外・休⽇労働協定の本社⼀括届出について」)を一部省略しながら引用

これは、労働基準法第36条第1項と同法施行規則第16条第1項の解釈に関する通達である。つまり、これらによれば、使用者は、各事業場を所轄する労働基準監督署ごとに別々に36協定を届け出ることが原則となるが、本社が労組と締結している協定の内容と同一の協定を各事業場でも当該労組と締結しているのであれば、本社を所轄する労働基準監督署に本社を含むすべての事業場の36協定を届け出ることにより、本社以外の事業場を管轄する労働基準監督署にも届け出た扱い、つまり労働基準法施行規則第16条第1項の要件は満たすこととするという通達である。

労働基準法
第36条
 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、(中略)その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

労働基準法施行規則
第16条 
法第36条第1項の規定による届出は、様式第9号(中略)により、所轄労働基準監督署長にしなければならない。

この通達による取扱いは、要件はともかく、至極真っ当なことだと思われる。つまり、労働基準法施行規則第16条第1項は、36協定の届出先は所轄労働基準監督署でなければならないと定めているが、どこかの労働基準監督署を経由することを禁ずる趣旨ではなかろう。
本社を所轄する労働基準監督署を経由して本社以外の事業場を管轄する労働基準監督署に届け出られたとしても何ら問題はないはずである。いわば行政内部の事務処理の問題に過ぎない。
ちなみに、民間の場合、Aという部署・支店に提出すべきなのに、Bという部署・支店に提出したからといって、追い返したり、改めてAに提出させるという扱いは普通しないように思われる(幾ばくかのコストが生じても内部の事務処理の問題として対応する)。

そう考えると、上記通達で求められる要件は相当厳格であった。(むしろ要件設定の趣旨が不明である)

つまり、2003(平成15)年に本社一括届出が認められた当初は、次の要件を満たす場合に限り、本社一括届出が有効なものとして受理されることになっていた(上記通達)。

  1.  本社と全部又は一部の本社以外の事業場にかかる協定の内容が同一であること

  2. 本社の所轄署長に対する届出の際には、本社を含む事業場数に対応した部数の協定を提出すること

上記2.は同一の内容なのに相当数の事業場に関し36協定を作成しなければならない手間・コストは相応にあるとは思うが、それはともかく、上記1.については法的になかなかに厳しい要件ではないだろうか。

つまり、ここでいう「同一」とは、労働基準法施行規則第16条第1項・様式第9号における記載事項のうち、当然に事業場ごとに異なり得る4点である、①事業の種類、②事業の名称、③事業の所在地(電話番号)、④労働者数以外の事項が同一であることをいうとされていた(上記通達)。

«従前の取扱い»「就業規則、36協定の本社一括届出について」(※)
おバカな役所は資料に日付を入れないため、いつのものか不明だがURLを見る限り、2013年4月19日付けか?

そのため、「協定の当事者である労働組合の名称又は労働者の過半数を代表する者の職名及び氏名」及び「使用者の職名及び氏名」もすべての事業場の協定について同一である必要があり、協定の締結主体である労働組合が、一括して届出がなされる各事業場ごとに、その事業場の労働者の過半数で組織されている必要があることに留意することとされており(上記通達)、過半数労働組合がない場合や過半数労働組合はあっても一部の事業場では過半数代表者との間で36協定を締結しているような場合、この協定の当事者である労組の名称等の同一性が特にボトルネックとなっていた。

2023年8月18日筆者作成
規制改革推進会議第6回雇用・人づくりWG(令和2年2月25日開催)資料2−2から抜粋
上記ボトルネックが解消されていなかった時点での一括届出の例

(2) 2021年:電子申請に限り事業場ごとの労働者代表が異なっても36協定の本社一括届出が可能に

上記ボトルネックを解消するべく、規制改革推進会議第6回雇用・人づくりWG(令和2年2月25日開催)において経団連から規制緩和要望が出され、それに答える形で厚生労働省が規制緩和の方針を出した。

規制改革推進会議第6回雇用・人づくりWG(令和2年2月25日開催)資料2−2から抜粋

これを踏まえた規制改革実施計画(令和2年7月17日閣議決定)において、次のとおり定められた。

a. 時間外・休日労働に関する協定届出及び就業規則届出の電子申請について、その利用実態を把握した上、電子申請利用率向上のために、利用者の利便性を高めるべく、システム改修や企業等への周知も含めた効果的な方策について検討し、結論を得る。【令和2年検討・結論】
b. aで得た結論について、措置を講ずる。なお、システム改修に当たっては、将来的な機能の拡張等も可能となるよう留意する。【令和2年度措置】

『規制改革実施計画』(令和2年7月17日閣議決定)17頁

そこで、厚生労働省は、令和2年度中である2021(令和3)年1月に次のようなリーフレットを公表し、同年3月末から、事業場ごとに労働者代表が異なる場合でも、電子申請に限り、36協定の本社一括届出が可能となる取扱変更を示した。これにより、上記ボトルネックは解消された。

「労働基準法・最低賃金法などに定められた届出や申請は電子申請を利用しましょう!」

なお、上記2003(平成15)年の労働基準局長通達では、「協定の当事者である労働組合の名称又は労働者の過半数を代表する者の職名及び氏名」もすべての事業場の協定について同一である必要があり、協定の締結主体である労働組合が、一括して届出がなされる各事業場ごとに、その事業場の労働者の過半数で組織されている必要があることに留意することとされていた関係上、事業場ごとに労働者代表が異なる場合にも36協定の本社一括届出が可能とするためには通達の変更が必要と思われるが、筆者が探す限り、見当たらない。(知っている人がいれば教えてください)

ともあれ、上記取扱変更の結果、次のような状況となっている。

厚生労働省「パンフレット」11頁から抜粋
規制改革推進会議第2回人への投資WG(令和4年11月8日開催)資料1−1から抜粋
こっちの方がわかりやすい

(3) 2023年:本社・各事業場の協定内容が異なる場合でも36協定の本社一括届出が可能に!?

この点は、規制改革推進会議第2回人への投資WG(令和4年11月8日開催)において(またしても)経団連から規制緩和要望が出され、それに対して厚生労働省が「システム改修」が必要だとして今後の検討と回答していた。

ここでの厚生労働省の懸念は、内容が異なる多数の36協定の届出が本社を管轄する労働基準監督署に集められた場合、当該労働基準監督署では届出を捌ききれない(と考えている)ことから、各事業場を管轄する労働基準監督署に送信することが必要であるが、それを円滑に行うためには現時点でのシステムでは不足するという点にある。

規制改革推進会議第2回人への投資WG(令和4年11月8日開催)資料1−3から抜粋

それを受けた規制改革実施計画(令和5年6月16日閣議決定)において、「企業に求められる雇用関係手続の見直し」として、次のようなものが挙げられていた。

a. 厚生労働省は、時間外労働・休日労働に関する協定届(36協定届)の本社一括届出について、届出の内容が異なる場合でも一括届出を可能とし、これを、本社を管轄する労働基準監督署から各事業場を管轄する労働基準監督署に送付(送信)するなどにより処理することが可能となるよう、システム改修の具体的な内容について速やかに検討を行い、必要な措置を講ずる。
【令和5年度上期結論、結論を得次第速やかに措置】

規制改革実施計画(令和5年6月16日閣議決定)48頁

ここまで長かったが、本記事は、この部分に関する記事であったことがわかる。

上記(2)の時点、つまり2020年から2021年の時点では、次のように、基本的には本社による意思決定があり、個別の例外はあり得るものの、各事業場は本社の意思決定に追随するのが原則であり、「会社一律」という意見もあったところである。

各事業場単位というのは分かるのですが、実際の企業の意思決定は、どちらかというと、本社を中心にして全体のルールというものを定めて方針をつけて、各事業所に落とし込むという意思決定をしております。(中略)
したがって、その意思決定の具合、それの浸透の仕方という点からも、企業という単位で方針を決めて、個別の例外事項があれば各事業所に落とすという流れにしていただいたほうが、物事のルールがスムーズに進むのではないかと考えています。

規制改革推進会議第6回雇用・人づくりWG(令和2年2月25日開催)議事録17頁〔ニチレイビジネスパートナーズ箕浦代表取締役社長発言〕

上限規制のように労働基準法への対応や、働き方改革の推進の考え方や取組が、日立でいうと会社一律として共通の対応になってきているのではないかなと考えておりまして、そういう意味では、労働基準法の制定時と比較すると大きく変わってきているので、今回、お話があったように、一事業場というよりかは一企業ということで取りまとめた考え方のほうにシフトしていっているのではないかと思っています

規制改革推進会議第6回雇用・人づくりWG(令和2年2月25日開催)議事録18頁〔日立製作所赤井主任〕

ところが、2023年現在、「事業場毎に異なる機能・役割を持たせた上で、最適な働き方を模索する企業にとっては、依然として行政手続の届出負担を軽減できない状況」であり、「事業場毎に協定内容が異なる場合も活用できるよう、本社一括届出の要件を緩和すべき」(規制改革推進会議第2回人への投資WG(令和4年11月8日開催)資料1−1)とのことである。

どのような企業が、そのように事業場ごとに異なる機能や役割をもたせて、「最適な働き方を模索」しているのかというと、次のとおりのようである。
(本社と支店の間の業務内容の差異は当然大きいが、本社は基本的には1つしかなく、支店ごとに業務内容の差異は大きくないはずであるから、2つの内容の36協定が必要となるに過ぎず、それくらいは別々に届け出ても大した手間ではなさそうだが…)

規制改革推進会議第2回人への投資WG(令和4年11月8日開催)資料1−1から抜粋

加えて、本記事によると、「今は協定内容が同じ場合は本社からまとめて届け出が可能だ。実態は内容が異なるケースが多いとみられ、規模の小さい事業所を多く持つ企業などの負担は重い」とのことである。

果たして、現時点の取扱いでどの程度の手間・コストがかかっているのかは不明だが、とはいえ、上記(1)で触れたように、労働基準法施行規則第16条第1項は、36協定の届出先は所轄労働基準監督署でなければならないと定めているが、どこかの労働基準監督署を経由することを禁止する趣旨ではないと考えられ、本社を所轄する労働基準監督署を経由して本社以外の事業場を管轄する労働基準監督署に届け出られたとしても何ら問題はないはずである。

いわば行政内部の事務処理の問題に過ぎない。

本社を含む事業場ごとの36協定の内容が異なるからといって、何なのだろうか。

厚生労働省は、現時点の取扱いであれば、本社を含むすべての事業場の36協定の内容が同一であるため、本社を管轄する労働基準監督署が内容を精査し、その結果のみを各事業場を管轄する労働基準監督署に回付する運用と説明するが(規制改革推進会議第2回人への投資WG(令和4年11月8日開催)資料1−3)、それは内容が同一であることから、どこか1つの労働基準監督署が精査すれば効率がいいというだけのことであり、内容が異なり本社を管轄する労働基準監督署だけでは精査しきれないのであれば、それぞれの各事業場を管轄する労働基準監督署にそのまま回付すればいいではないか。

こういう発想が出てこないこと自体浮世離れしていると言わざるを得ない。

現在のシステムでは認定前の書類を労基署間で共有できず、一括申請先の労基署が認定作業にあたっている。

今後はシステムを改修して書類をそのまま各地の労基署に回して認定するようにし、本社の多い都市部の労基署に作業が集中するのを防ぐ。

各地の事業所がそれぞれの所在地にある国の出先機関との手続きに追われるのは、アナログ時代のお役所仕事の象徴とも言える。

本記事

今後


本記事によると、「厚労省の審議会で議論したうえで、23年度中にも通達や省令改正などで見直し、適用する」とのことである。

ここでいう「厚労省の審議会」とは厚生労働省に設置されている「労働政策審議会」であると思われる。その中でも「労働条件分科会」にて議論が行われるものと思われる。

他方、規制改革実施計画の中では「令和5年度上期結論、結論を得次第速やかに措置」とされていることから、「23年度中にも」というのは若干悠長な感じはする。

36協定の内容が事業場間で異なる場合であっても、上記のとおり、本社一括届出としても、それが本社を管轄する労働基準監督署を経由して各事業場を管轄する労働基準監督署に届け出られるわけであり、労働基準法施行規則第16条第1項に反することはないと思われ、「省令改正」は不要である。

通達の改正(?)による取扱いの変更で足りると考える。

以上


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