定款作成支援ツール:スタートアップ支援のための定款認証に関する新たな取組み!?
本稿の狙い
2024年1月3日、日本公証人連合会のウェブサイトにおいて「スタートアップ支援のため、定款認証に関する新たな取組を開始」というページが作成・公開された。
そこでは主に2つの取組みが記載されている。
すなわち、
定款作成支援ツールの公開
定款作成支援ツールを用いた場合の48時間原則
の2点である(以下この2点をあわせて「本取組み」という)。
そのほか、2024年1月10日には法務省が「スタートアップ支援のための定款認証に関する新たな取組について」というページを作成・公開し、そこには本取組みのほか、「定款認証におけるウェブ会議の利用拡大」として、2024年3月からウェブ会議を原則化すると記載されている。
【参考】法務省リーフレット
本稿では、本取組みにつき(余裕があればウェブ会議原則化についても)、法務省「起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する検討会」(本検討会)の「起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する取りまとめ(案)」(本取りまとめ案)との関係も含め説明する。
【参考】本検討会第1回・第2回について
定款作成支援ツールの公開
(1) 定款作成支援ツールとは
定款作成支援ツールとは、法務省・日本公証人連合会によれば、次の特徴をもつツールである。
発起人が3名以下で取締役会非設置等の小規模でシンプルな形態の株式会社をスピーディーに設立したいという起業者のニーズに応えるためのツール
必要事項につきプルダウン選択又は記入することで定款案が完成する
ツールの利用により①定款案、②実質的支配者申告書(公証人法施行規則第13条の4、申告書サンプル)、③(代理人に委任する場合のみ)委任状の3点を出力することが可能(①定款案と③委任状には発起人本人のマイナンバーカードを用いた電子署名を施す必要がある)
ツールを利用して出力した定款案について「48時間処理」(原則として48時間以内に認証手続を完了させる運用)が可能
【参考】公的個人認証について
(2) 定款作成支援ツール上の定款フォーマット
まず、定款作成支援ツールは2種類用意されており、1つは「定款作成支援ツール(発起人1名用)」であり、もう1つは「定款作成支援ツール(発起人3名以下用)」である。
※これらのリンクを踏むとzipファイルがダウンロードされるため注意
このうち、定款作成支援ツール(発起人1名用)で用意されている定款フォーマットは、日本公証人連合会のウェブサイトにて親切にも掲載されている「定款の記載例」のうち「1 小規模な会社」をベースにしたものである。
ただし、事業目的に関してはツールの作成に苦労したのか、次のようになっており、なかなかに格好悪い。
この事業目的については、次のような注意がなされていることに加え、5項目までしか入力できないことから、仮に許認可が必要な事業等を営むことを検討しているとしても、変更登記(会社法第915条第1項、第911条第3項第1号)にかかるコスト(登録免許税は3万円〔登録免許税法別表第一第24項第1号ツ〕)と比較することにはなるが、審査をスピーディーにするためには、定款認証の時点では1つか2つ程度、簡単な事業目的のみを記載しておくのが大人な対応かもしれない。(それにしても、ここまでガチガチに固めた上で認証手続に最大で48時間もかかるというのはどういうことだろうか…スーパー・ファストトラック・オプションとは何だったのか…)
また、定款作成支援ツール(発起人3名以下用)で用意されている定款フォーマットは、日本公証人連合会のウェブサイトにて親切にも掲載されている「定款の記載例」のうち「2 中小規模の会社」をベースとしたものである。
事業目的に関しては定款作成支援ツール(発起人1名用)同様であり、格好悪い。事業目的の注意点についても同様であるが、発起人が複数いる場合であるから、もしかすると、会社設立後の仲違い等により、定款変更の特別決議(会社法第466条、第309条第2項第11号)の要件を満たさなくなる可能性もあるため、一概にどちらがいいとはいいづらいか。
【小括】定款作成支援ツールそれ自体ではまずまず
必要な基本情報を入力すれば簡単な定款案が作成できる点で利便性は認められよう(なお、「定款の記載例」では今までもWord版も提供されていたため定款案の作成という点では大した違いはない)。
Microsoft Excelさえ使えれば非常に簡単に操作できるため、試してみるといいだろう。→操作マニュアル
また、「定款作成支援ツールを使用するに当たっての留意点・補足説明」には定款記載例に関する簡単な説明も記載されており、初心者にとっては一読の価値はある。
「48時間処理」の要件・手続
(1) 基本的な考え方
東京都内・福岡県内のすべての公証人役場(※)は、定款作成支援ツールを使用する場合には「48時間以内に手続きを完了させる運用(48時間処理)」をスタートさせたわけだが、この「48時間」の基本的な考え方は次のとおりである(日本公証人連合会「定款認証の48時間処理利用マニュアル」2頁)。
48時間の起算点は、必要な資料がすべて公証役場にメールで到達したとき(資料に不備などがあれば、手続に時間を要する場合がある)
48時間の算定は、土・日・祝日を除く
平日の業務時間(8:30~17:15)終了後又は土・日・祝日にメールが到達した場合は、翌業務日の午前8時30分に到達したものとして取扱う
※ なお、定款認証事務については、当該認証を受ける法人(株式会社を含む)の本店又は主たる事務所の所在地を管轄する法務局・地方法務局の所属公証人が取扱うことになっており(公証人法第62条の2)、したがって、(当面は)東京都内・福岡県内に本店又は主たる事務所を置くこととする株式会社のみが「48時間処理」を受けることが可能である。
(2) 「48時間処理」の要件
「48時間処理」を利用するためには、次の6つ(代理人に委任しない場合は5つ)の要件を満たす必要がある(日本公証人連合会「定款認証の48時間処理利用マニュアル」3頁)。
東京都又は福岡県に本店を置く株式会社の設立の場合であって、東京都又は福岡県に所在する公証役場において定款認証の嘱託をするものであること
定款作成支援ツール又はそれを日本公証人連合会の許可を得た上で二次利用した民間サービス(定款作成支援ツール等)を利用して作成した定款であること
発起人が3人以下であり、かつ、マイナンバーカードを保有する自然人であること
定款作成者が定款案にマイナンバーカードの署名用電子証明書を利用した電子署名を施していること
(発起人が定款作成を代理人に委任した場合)委任状にマイナンバーカードの署名用電子証明書を利用した電子署名を施していること
定款認証の嘱託に先立ち、公証人に対し、認証に必要な資料に加え、48時間処理によることを希望する旨の申請書が提供されること
(3) 「48時間処理」のプロセス
次の6つのプロセスを順に経ることで定款認証されるようである。
定款作成支援ツール等を用いた定款案の作成
定款作成支援ツール等を用いて作成した①定款案②実質的支配者申告書③委任状(該当ある場合のみ)④特別処理申請書のPDFファイルのうち、①定款案と③委任状に電子署名を施す(「PDF署名プラグインソフト」を利用する)
各資料(①定款案(電子署名済み)②実質的支配者申告書③委任状(電子署名済み)④特別処理申請書⑤発起人全員のマイナンバーカードの表面の画像ファイル⑥定款作成代理人の公的身分証明書の画像ファイル)を公証役場にメール(アドレスはこちら東京・福岡)し、事前チェックを受ける
公証人から問題ない旨の連絡があり次第、①面談審査(対面又はウェブ)の予約②手数料の支払い③オンライン申請システム(登記・供託オンライン申請システム又は法人設立ワンストップサービス)での正式申請を行う
面談審査
認証
公証役場に送信するメールの件名の指定等細かい指示があるため、実施前には必ず「定款認証の48時間処理利用マニュアル」を参照すべきである。
また、電子署名の際にPDF署名プラグインソフトを利用したり、正式申請に当たり登記・供託オンライン申請システム又は法人設立ワンストップサービスを利用することが必要となるため、あらかじめ、必要な登録等は済ませておくことが肝要であろう。(かなり面倒である)
本取組みの背景〜「モデル定款」〜
(1) 序
これには、当然ながら、本検討会における議論・検討が影響している。
定款作成支援ツールは2023年12月26日から利用可能となっていたようであるが、本検討会の第4回は同月12日、同第5回は同月27日にそれぞれ開催されており、時系列的に見たときに、少なくとも本検討会第4回までの議論が反映されていると考えられる(実際には様々な大人の事情により本検討会の第5回の内容を先取りしているはずであるが)。
少し遡り、本検討会第3回(2023年11月28日開催)の議題について見てみると、そこでは主に「モデル定款」の制度化の是非について検討された(なお、本稿執筆時点においてもなお議事録は公表されていない)。
(2) 「モデル定款」への立場(イメージ)
この「モデル定款」を巡っては、次のとおり、第1にそのフォーマットに関して大きく2つの立場があり(あまり大した差ではない)、第2に「モデル定款」の効果についても大きく2つの立場がある(重要な差である)(本検討会第3回「資料3 定款認証制度の必要性・抜本的見直しに関する検討事項(案)(その2)」1−2頁参照)。
① 「モデル定款」のフォーマット
(a)単純なフォーマット
既存のひな形(「定款の記載例」を想定)に準じ、設立する株式会社の類型ごとに、個別に定める必要のある事項(商号・目的・事業年度等)についてのみ任意記入欄を設け、その余の組織・株式・公告事項については不動の記載事項として適法性が担保された内容の一般的条項が記載されたフォーマットを、数種類作成する
任意記入欄の入力方法としては、発起人が自由記載するイメージのものや、チェックボックス・プルダウン方式を用いるイメージのものなどが考えられる
(b)テック活用フォーマット
あらかじめ用意されたフォームに沿って所要の選択肢を指定し、又は任意に一定の事項を入力することで、会社法など関係法令に適合することが担保された条項を内容とする定款案を出力する機能を持つシステム又はアプリケーションソフトを作成する
起業家の負担軽減の観点から、定款案の作成にとどまらず、本人確認、会社設立の真意の確認、実質的支配者の申告といった現在の定款認証のプロセス全体を対象として公証人の定款認証に代替するシステムを構築した上で、登記手続との連携を図ることを目指す
② 「モデル定款」の効果
(a)単純なフォーマットの場合
起業家にとって選択可能なサービスの提供と位置付けられることから、それを利用した場合に、公証人による定款認証を不要とするなど特別の効果を付与することには慎重
まずは、起業家にとっての利便性の向上や認証手続の大幅な迅速化といった運用上の負担軽減を確実に図るべき
(b)テック活用フォーマット
システム等を利用して作成される定款案が会社法など関係法令に適合することが確保されることを前提に、当該システム等を用いる場合を制度的に位置付ける
公証人による定款認証に代替する選択肢としたり、定款認証を一部不要とする
いうまでもなく、本取組みにかかる定款作成支援ツールは前者の(a)単純なフォーマットをベースとしたものであり、小手先の対応であることは否めない(本検討会第5回「資料5 起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する取りまとめ(案)」10頁では「ファストトラック案」などと呼称されているが"stopgap"案である)。
そもそも規制改革推進会議での提言には、定款認証そのものや面談審査の意義を問う声があったことに思いを馳せるべきであり、つまり定款認証の手続を容易にするとか、手続を48時間以内に処理するとかそういうことを求めているのではない。本取組みは本検討会の取りまとめが出される前に公表されており、この程度でお茶を濁したいのだろうが、この程度の"緩和"で止まってしまうことは許されるべきではない。
本検討会第3回で披露されたであろうfreee株式会社の会社設立サービス(本検討会第3回「参考資料11 freee株式会社提出資料」)のような利便性の高いサービスを利活用すべきである。
この点、「定款作成支援ツールを二次利用した民間サービス」で作成した定款は「48時間処理」の要件を満たすようであるが(日本公証人連合会「定款認証の48時間処理利用マニュアル」3頁)、freeeのような利便性の高いサービスがあえて利便性の低いものに乗り換えることは考えづらく、別途オプションになるのだろうか。
ウェブ会議の原則化
法務省リーフレットによれば、2024年3月から全国的に「公証人の面前での審査について、対面実施の希望がない限り、ウェブ会議で実施することを原則」とするとされている。
これは運用の問題で解決できるのだろうか。
現行法において、「法第六十二条ノ六第三項の認証の付与の嘱託に係る電磁的記録に記録された情報について嘱託人が指定公証人の面前において行う行為」(指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令第9条第6項)は面前で行うことが原則であるが、「嘱託人の申立てがあり、指定公証人が相当と認めるときは、嘱託人が指定公証人の面前において行う法第六十二条ノ六第一項第二号に掲げる行為(同条第二項に規定する宣誓をした上で行うものを除く。)は、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法」、すなわちウェブ会議(日本公証人連合会は「テレビ電話による認証制度」と呼んでいる)によることができるとされている(同条第7項)。
この指定公証人(「本法及他ノ法令ニ依リ公証人ガ行フコトトセラレタル電磁的記録ニ関スル事務ハ法務大臣ノ指定シタル公証人」のこと(公証人法第7条の2第1項))が「相当と認める」という積極要件について、運用面で変更することが可能なのだろうか。
上記法務省リーフレットでは「対面実施の希望がない限り、ウェブ会議で実施することを原則」とされており、現行法において、ウェブ会議で実施する希望があり、かつ、指定公証人が相当と認める場合に例外的に認めるのとはまったく反対の思想である。
そのため、指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令の改正なくウェブ会議の原則化はなしえないと思われる。
他方で、大本の公証人法第62条の6第3項自体「前二項ノ認証ノ嘱託ハ法務省令ノ定ムルトコロニ依リ之ヲ為スコトヲ要ス」と定め、「前二項」に該当する同条第1項・第2項は「当事者其ノ面前ニ於テ」と定めていることからすれば、同法の思想としては対面が原則であることは疑いようがない。
そうだとすれば、ウェブ会議の原則化のためには公証人法と指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令の改正が必要となり、到底、2024年3月の改正・施行は間に合わない。
この点、ウェブ会議も「面前」に違いないという解釈は筆者としては違和感ないところだが(以前の記事参照)、法務省としてその解釈をとりきれるのか見ものである。
以上