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招かざる訪問者との物語11

【結婚の挨拶を迎えて】11
6月第1週の日曜日は、朝から快晴で木々の緑も冴え渡り、今日一日、私たち家族を祝福しているかのようだ。
いつも通り、朝5時に起きて、愛犬ゴウと近くの森林公園へ散歩に出かけた。
暑くも無く、寒くも無く、心地良い空気が木立に続く公園に満ちている。

単身赴任を終え、東京の自宅に戻ってから、ゴウの散歩は私の日課になった。朝夕二回の散歩は、実に楽しい時間を私に与えてくれる。
「ゴウ、今日は公園の先にある沼まで行こうね。誰か友達に会うと良いね!」散歩しながらゴウに話しかけると、ゴウも笑いながら私を見上げる。毎日の愛犬とのふれあいは、いつも私に癒しと優しい気持ちを与えてくれる。

朝日を浴びて、小鳥たちの囀りに耳を傾けていると、心穏やかに自分の魂が温かくなるような感覚になる。運気も上がり心身が浄化されていくような不思議な気持ちが湧いてくる。

こうして、この日を迎えられたことに、感謝しながら朝の散歩を終えた。

ゴウと帰宅すると、妻の、りか子と長女真千子も、早起きして、洗濯を始めていた。
次女けい子は大学ラクロス部の練習のため、朝食も早々に出かけるところだ。
玄関でけい子が長女真千子に「お姉ちゃん、今日、哲也さんが来るんでしょ?頑張ってね。」と声を掛けた。
真千子もにっこり微笑み「ありがとうね!車に気をつけて行ってらっしゃい。」と応えた。

朝食後、妻と真千子は、家中丹念に掃除機をかけ、雑巾で磨き清めている。いつもは、部屋中に溢れている衣類も全てクローゼットに仕舞い終え、掃除を終えた我が家は、モデルハウスの様にスッキリしている。
狭い家も、雑多な物が無くなると、それなりの広さがあるのだと気づかされた。
こんなことなら、毎日でも哲也君に家に来て欲しいものだと思った。

玄関のベルが鳴り、哲也君が我が家を訪れた。
福田哲也君は大手自動車メーカー勤務の28歳。真千子と同じ東京の大学の同級生で、今の会社に就職して5年になる。大阪勤務でずっと遠距離交際であったが、この春、東京に転勤となった。 

小さい頃から大学卒業まで野球部で鍛えた彼はガッチリした体格で日焼けした笑顔が爽やかな好青年だ。

かなり緊張してる彼を自宅リビングに招き、ダイニングテーブル越しに向かい合って対面した。
哲也君の隣りに真千子が座り、コーヒーを淹れた妻も席に腰掛けた。
哲也君は、真っ直ぐ私たち夫婦を見つめ「こんにちは。福田哲也です。本日はお時間をいただきありがとうございます。これは鎌倉の鳩サブレですが皆さんで召し上がってください。」と言って菓子折りを差し出した。
私は、「これはこれは、ありがとうございます。鳩サブレは子供の頃から大好きでした。」と述べた。
事前に、真千子から2人の結婚について話しを聞いていたが、お互い初めてのことで、妙にぎこちない会話である。
暫く雑談をした後、しばし会話が静まり一瞬の沈黙を置いて、哲也君が「真千子さんと結婚したいと思います。どうか宜しくお願いします。」と述べて、隣りにいる真千子も一緒に頭を下げた。
そんな彼らに「2人の結婚を心から祝福します。どうか真千子を宜しくお願いします。2人で明るく楽しい家庭を築いて下さいね。」と述べた。
すると突然、隣りにいる妻が涙を流し、その姿を見て真千子も涙ぐんだ。

あの日の同じ光景が蘇った。

今から30年前、妻の実家で妻のご両親に結婚の挨拶に行った時、結婚の話しを切り出した私の傍らで突然、妻が泣き出して妻のお母さんも泣いたことを思い出した。嬉しさと共に、長く親子として過ごしてきたことへの溢れる感情なのだろう。

妻と真千子の涙に、驚き困った様子の哲也君に愛犬ゴウが尻尾を回して駆け寄り、戯れつき抱っこをねだった。そんなゴウの仕草が可愛くて、一同みんな思わず笑ってしまった。
座が和みそれからはトントン拍子に話しが進んで、私はゴウの機転の良さに感謝した。

その後は、近くの繁華街へ昼食をたべにみんなで出かけた。もちろん愛犬ゴウも一緒だ。
この日の為に、焼き鳥ランチコースがお勧めのお店を予約していた。
広いテラス席は、日差し避けのパラソルで上手く日を避けている。犬の同伴が出来るこの店はいつもペット好きのお客で賑わっており活気に溢れている。

私たち夫婦と真千子と哲也君、そして愛犬ゴウで、この記念すべき良き日に乾杯した。

「真千子、哲也君、おめでとう!」

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