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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第7話-②

・第七話 春風の吹く町


               *


 再び現れた黒岩の手には北海道鉄道のロゴが入った封筒が握られていた。

「これ、お前がもらってくれないか?」

「何です、これ?」

 雄二は封筒の中に手を入れて、中に入っていた分厚い書類を引き出した。

「HRが民営化された直後に俺が考えた鉄道の増収アイディアなんだ。当時、俺は駅で働いていたんだが、このままの鉄道じゃ先が無いって思って全く違う料金制度を提案してみたんだが、当時の会社では評価されなくてな」

「へぇ、どんな内容なんですか? 興味わきますけど……」

「下手な文書で恥ずかしいが、良かったら一回読んでみてくれないか」

 雄二は左上隅にクリップで止められた書類をその場で読んでみた。作成したのがかなり昔であることを示すように、現代とは違うワープロの文字で書かれている。 表紙には「鉄道維新構想~新しい鉄道の提案について~」とタイトルが大きく書かれている。

「この文書、全部五郎さんが書いたんですか?」

「ああ、駅業務の時間の合間に少しずつな」

「すごいじゃないですか。初めの方だけしか見てないけど鉄道乗り放題って? 赤字のローカル線が会社のお荷物から宝に変えたいって……これ会社で評価されなかったんですか?」

「あぁ、今でも納得はしてないが、当時の営業部長に一蹴されてな。それで終わりさ」

「それはひどい」

「会社はどちらかというと鉄道事業より関連事業で稼ごうとしていたからな」

「でも、本業の鉄道事業の売上げが増えないと関連事業も伸びないでしょう?」

「客観的に考えればそうなんだがな。でも、その後、俺は会社から変わった考えの人間って思われてな。俺からしてみれば、ずっと赤字の鉄道なのに、昔の運賃制度を大切に抱えて少しも変えようともしない頭の堅いやつらばっかりだって腹も立てたよ。とにかくやっていることと違うことを言えば、どこの世界でも異端児扱いされるってことだ」

「これを……、私がもらってもいいんでしょうか?」

「あぁ、今からお前たちはHRとの協議に入るんだろ? さすがに今の会社がどのように考えているかは分からないが、聞いた限りじゃ廃止することでしか会社の経営は良くならないと考えているように見えるがな」

「そうですね。私もそう思います。なぜ鉄道会社はもっと収入をあげるような前向きな考え方ができないんでしょうかね」

「いや、会社もやることはやってたとも思うんだ。でも、なにか見えない枠の中で身動きがとれないような感じだった。鉄道事業には運賃制度とか安全のルールとか決められた制度があるからな。その枠を外して考えたかったんだが、そこまでは許してもらえなかったってことだ。俺も、アイディア出したまではいいが、結局、細かい検証は出来なくてな……、評価されなくても仕方ないと諦めたんだ。

でもな、提案を考えている時は、自分の考えで鉄道を変えることが出来るってわくわくすることもあったんだ。足毛までの廃線の話が決まった時には、もう少し会社の中で強く言えば良かったと後悔して、実際に線路が無くなった時には、なんかぽっかり穴が開いたようになってな。もう次の駅で働く気も無くなって、会社を辞めたんだ」

 黒岩は当時のことを苦々しく、しかし淡々と雄二に説明した。

「でもな、自分で考えた提案は、まるで自分の子供みたいに思うんだ。だから、この世の中に出来ればお披露目してあげたいと思うんだ」

「五郎さん……」眼にうっすらと涙を浮かべる黒岩の無念は雄二にも明らかだった。


つづく


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