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エッセイ「鐵道のレールのはなし」

 まだ若い頃、鉄道会社の研修で製鉄会社のレール工場の見学をしたことがある。そこはレールだけでなく、ビルの骨組みに使われるH鋼などの主要な建築資材を造る圧延工場ということであった。やけに縦長い形の工場だ。
ガラス張りの見学ルームの前方に広がる作業場に、眩しいオレンジ色の光を放つ精錬後の熱い鉄の塊が送られてくる。作業場が薄暗いため、その光に目がくらみそうになる。


 その鉄塊は、床に並ぶローラーのついている細長いレーンの上を何度も転がされる。レーンの中央の部分には矩形状に孔が開いた部品が設置されていて、その孔に力をかけて押し通すことで鉄塊は少しずつ細く長くなっていく。初めは1mほどの長さのブロックであったが、すでに100m以上になっているだろうか、みるみるうちに伸ばされたオレンジ色の光は、何度も何度も目の前をゴロゴロと大きな音を立てながら行き来する。見学室からレーンまではかなり離れており、しかもガラス板で仕切られているが、鉄の光が目の前を通過する時には、顔が熱を感じて暖かくなるほどだ。
 中央の孔は順次、大きな矩形から小さいものへ、そして次第にアルファベットのHのような型に交換されていく。最終的にレール型に圧延された後に冷却されてレールが出来上がる。この作業工程を知ると、工場に相当の長さが必要なことがよく解る。
 この工場見学は保守社員がレールの製造過程を知ることで、より線路に愛着を持ってもらいたいとの目的で研修カリキュラムに取り入れていると担当講師から聞いた。列車に乗る人たちの命を載せているレールである。いいかげんな保守管理をすることは許されない。今でも熱せられたレールが眩しく光を放つ光景と皮膚で感じた熱は忘れていない。

 鉄という漢字は何故か「金へんに失う」と書く。国鉄改革により誕生した各鉄道会社は民営化のときに、験(げん)を担いでこの「鉄」の字を会社名に使わないようにした。国鉄が陥った大赤字に再びならないようにとの願いを込めたのである。各会社の正式名称である「旅客鉄道」、「貨物鉄道」のロゴに使われる鉄の字をよく見てみると「金へんに失う」ではなく「金へんに矢」、つまりと「鉃」と表記している。各会社のホームページ等でも確認できる。(注:四国だけは例外で普通に「鉄」の字を使っている)

 鉄道は世界の歴史において、各地で産業の発展に寄与してきた。日本では敗戦後の復興、その後の経済成長にも大きな役割を果たし、新幹線は今でも日本の旅客輸送の大動脈となっている。
 
 しかし、栄華を誇った鉄道は、その後トラック、自家用車の普及と高速道路も含めた道路網の整備の進展に伴い利用者の減少に追い込まれる。特に地方ローカルの鉄道は地方都市の過疎化そして人口減少の影響をもろに受け、ギリギリの経営で維持されている状態となった。
 鉄道路線を日本全国の地方都市まで広げたことが裏目に出ているとの論調もあるが、自動車が少なかった時代には鉄道への期待は大きかったはずだ。
さらに現在、コロナ禍の中で移動が制限されたり、人との「密」を回避したいとの心理が働き、利用者の減少が加速して鉄道会社はこれまでにない経営的なピンチに陥っている。

 過去における多くの貢献も忘れられ、それこそ「金を失うお荷物」的な扱いのニュースを聞くと悲しい気持ちになる。経費節減のために駅は無人駅、車両数も短く、運転士がひとりのワンマン運転、そして列車本数の削減が次々と対策として進められてきた。国鉄が値上げを続けたことで利用者が減ったトラウマもあるのか、最近は運賃値上げの対策を経ず、一足飛びに路線のバス化あるいは廃止が検討されるようになったように感じる。
 
 列車が走っている線路のレールは、車輪との摩擦で綺麗な光沢を放っている。それが走らない状態になると、鉄特有の性質、つまり赤さびに覆われて無残な様相となってしまう。
 鉄道という語源は文字通りに鉄の道、すなわちレールということにある。当初はレールに木を使っていたという文献もあるが、強度の関係もあり次第に鉄製レールが主流となる。車輪も脱線しないようにフランジと呼ばれる出っ張りがついた形状の鉄製車輪となり、摩擦抵抗が少ない鉄道輸送のしくみが出来上がる。
 
 レールに関する線路の保守作業について触れる。レールは工場出荷時は基本的に二五メートルの長さに切断されて出荷される。線路の現場では各レールの端部に孔が開けられて「継ぎ目板」を介して頑丈なボルトで繋げられる。レールの下部にはまくらぎが一定間隔で敷かれ、犬くぎ(頭部が犬の頭に似ているからそう呼ばれる)や締結装置と呼ぶ部品で締結される。
 このレールとレールの継ぎ目は温度による伸縮を考慮して、「遊間」と呼ぶ隙間を空けておく。列車に乗って走るときに「カタン、カタン」と一定のリズムで音がするのは、この継ぎ目を車輪が踏むときに発生する音だ。
 レールの材料は現時点では鉄が最も適していると思うが、その特性のために苦労もかかる。それは温度により伸縮することだ。真夏の炎天下ではレールが伸びることで遊間が小さくなる。遊間が無くなった状態からさらにレールが伸びるとお互いに押しあうようになる。さらに押す力が大きくなると、今度は一転、力は横方向に向かうことになる。レールが外側に張り出してしまうと最悪、脱線を引き起こす恐れが出てくる。最近の夏は日本全国で猛暑となることが多くなっているが、真夏のレールは水などで冷やすことも必要になっている。
 逆に冬の極寒状態ではレールが縮み、遊間が広がるため締結しているボルトが折れたり、レール表面の傷からレールが切れることもある。
レールの伸縮は保線技術者にとって大きな問題であり、改善するために遊間部でのレールを溶接してつなげ、継ぎ目の無いレールを作る技術もある。200メートル以上の長さにつなげたものをロングレールと呼ぶが、鉄道の線路を管理するために多くの科学的な技術が研究されてきた。
屋外に敷かれる鉄道線路の宿命であるが、その管理は季節ごとに変わるまさに自然との闘いであり、細かい管理が必要になる。列車が安全に走ることはあたりまえのように思われるが、その安全を守るために数多くの社員が線路内外で働いている。

 鉄道にもっと乗ってもらいたい、鉄道をもっと楽しんでもらいたいと切に思う。この世界を形つくってきた鉄、そして大きな役割を果たしてきた鉄道に対して赤字を恐れる消極的な気持ちで「鉃」という通常ではない漢字を用いる必要がないものにしたい。
 鉄道を旧字体で書くと「鐵道」と書く。この「鐵」という漢字をよく見ると「金」、「王」そして「哉」という字で構成されていて、元々は「金属の王さまである」という力強い意味にとれる。
 二度あることは三度あるという。これからの日本の未来を予想すれば、鉄道が大きな役割を果たす日が必ず訪れると考えている。いや、そうしなければならない。
 誰もが気づき始めた地球温暖化による気候の変化もあり、これからエネルギー使用に制約が出てくる可能性もある。冷静に考えて、自動車に偏った交通体系ではいつか破綻する。高齢化社会で運転できない人も増えている。皆が手軽に利用できるように、様々な交通機関の長所を活かした総合的な交通体系を築くことが必要だ。
 いざ、その時に大事な線路が無ければそれもままならないことになる。先人が血の滲むような努力で敷いた線路を残し未来へつなげることが、今を生きる我々の責任だと思う。
 今こそ、みんなで鉄道を考えよう。そして交通の王様である鐵道に自信と誇りを取り戻そう!

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今、鉄道のローカル線は存続の危機にあります。鉄道は作品の中で触れたとおり、これからの地球に欠かせない交通機関です。どうすれば線路を守り、維持いや再興できるのかを考えた作品も、ぜひ読んで頂きたいです。



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