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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第3話-⑤

第三話 動物園でデートしよう


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「デートはどうだったの?」

家に帰ったとたん、母からの質問攻めにあった。「昼ごはんは何を食べた?」、「どんなことを話した?」、「優柔不断な態度で彼女を怒らせなかったか?」「次はいつ会うことにしたの?」とか、高校まで彼女のいなかった僕を心配して何かと質問を受けた。僕は不思議に親心を理解していて、ひととおりの報告を母親にしてあげた。一応、手を握ったことは隠してはいたが。

「列車で出かけて結果オーライだったかも。色々と列車の話題もできたしね」

「そうなの? 私もお父さんからもらった定期で今度札幌まで遊びに行こうってしてるんだけど、なんか楽しそうね」

「列車にみんな乗ってるから、昔の友達や会社の先輩にも会ったよ。ま、不思議なこともあったけどね」

「不思議なこと?」

「うん。深河までは向かい合わせの席に座ったんだけど、向かいあわせになった年配の夫婦と話しながらいったんだ。その人たちから、おにぎりとかもらって食べたりしてね」

「へぇ、なんか昔の列車みたいね」

「でも、途中列車の中が真っ暗になってね。トンネルは無いから暗くなるはずはないんだけど、間違いなく真っ暗になって、その暗闇の中でふたりが消えちゃったんだ」

「消えたって?」

「うん、列車が止まって降りたとかじゃなくて、明るくなったときには居なくなってね。しかも、その人たちは足毛から列車に乘って来たって言ってたんだよ。もう、廃線になっているのにね。でも、足毛駅前にある食堂、……なんて言ったっけ? あ、確か食堂のチラシをもらったんだ。これ、いつか食べに来てねって」

 僕は母親にチラシを見せた。

「はる…まち、はるまち食堂って読むの?」

「うん、そう言ってた。お母さん、知ってる?」

 その時、僕たちの話が聞こえたのか? 「はるまち食堂?」それまで、ずっとそばで新聞を読みながら話を聞いていた親父が急に話に入ってくる。真剣な表情をしてチラシを僕の手から奪うと「……これ、春待食堂のチラシ。これは、どんな人がくれたんだ?」と真剣な顔で尋ねる。

「えっ? どんなって? 列車でたまたま一緒に座ったご夫婦だよ。もう七十過ぎくらいの……」

「まさか?」親父は何かを思い出そうとしているように見える。

「なぁ、おやじ。列車の中でおやじが瑠萌線の存続協議会にいきなり怒鳴りこんだって話を色々な人から聞いたんだけど、おやじはいったい何をしたの?」

「あぁ、いや……。俺は特になにも……」

親父は僕の質問には答えず、心ここにあらずといったような感じのまま、チラシをずっと神妙な面持ちで見つめているだけだった。


第4話へつづく 


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