小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第2話-①
・第二話 列車のふたり
北海道の沼太町は朝日川市から西に車で一時間ほどの山あいにある小さな町である。日本海にも近く、冬は海からの風の影響で雪の日が続き街一面が銀世界に覆われる。
その反面、夏は青々とした山と、その谷あいを流れる雪滝(せつりゅう)川を流れる雪解けの清水が流れ、流域に広がる平原を満喫できる。南部には広大な石狩平野が広がり美味しい米の産地でもある。西部は牧場、畑作地帯、北部および東部は山岳地帯となっており、季節の移り変わりを様々な地形と様々に変わる景観で満喫できる。
今は七月。これから十月までが北海道のベストシーズンだと僕は思う。
「すっごーい」
「瑠萌線に4両編成の列車が走ってる。これ、夢じゃないの?」
僕たちが久しぶりの列車に感激していると、山本さんが僕に言った。
「じゃあな。俺は別の車両に乗るから」
「えっ、一緒に乗らないんですか?」
「一緒に乗ってもいいのか?」
そう言われて、はっとする。
「あっ、いえ。また月曜日よろしくお願いします」
「ああ。またな。あ、そうだ。今度駅前で朝市を開くらしいから忙しくなるぞ」
「あ、はい。また詳しく教えてください」
山本さんは、最後に僕の耳元まで近寄ると「じゃな、ふたりでよろしくやれよ」と、小声で囁いて「じゃ、吉田さん。私は別の車両に乗りますので」とあいさつをした。
「えっ、一緒に乗らないんですか?」
「ごめん、本当は吉田さんと一緒に乗りたいんだけどね。石井君が来るなって目で訴えてるんで」
「もうっ! うそつくのはやめてくださいよ」
「うそうそ、俺も人と一緒に行く予定になってるんで、ごめんなさいね、吉田さん、いつかまた機会つくって飲みましょう」
いじわるな言葉とは反対に、気を利かせてくれた山本さんに心の中で感謝した。
「山本さん、引き留めなくて本当に良かったの?」
「いや、本当に他の人と一緒に行くようになってるるんだって」僕も話をしれっと話を合わせた。以前ならこういう時も嘘がすぐばれたかもしれないが、東京の四年間で少しはずぶとくなった自分をほめてあげたい。
「早く乘ろう!」
前から二両目の車両に乗り込む。向かい合わせの四人掛けの席が並ぶ車両だ。ちらほら席は空いているが、誰も座ってない席は無いみたいだ。きちんとした身なりの老夫婦が並んで座っている席の向かいが二人分空いていたので、僕らはそっちに向かった。
「ここ、座ってよろしいですか?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
優しそうな感じのご夫人が答える。
「おふたりは、沼太にお住まいの方?」座るか座らないかのうちに夫人から尋ねられた。
「あっ、はい。ふたりとも大学を卒業して春にこっちに戻って来ました。列車は久しぶりに乗ります」
「私たちもほんとに久しぶりなんですよ。お客さん珍しく多いけど、みんな同じじゃないかしら?」
ディーゼル列車がゆっくりと走り出す。エンジンの音が大きくなる。僕は座っている座席の下を覗いてみる。
「この車両、新しいみたいだけど座席は回らないんですね?」
僕は東京で乗った特急や快速車両のイメージで聞いてみた。
「いや、この車両だけ、わざとこういう風にしてあるみたいですよ。後ろの車両は普通に座席が回転するんだそうです」
今度はご主人が答えてくれる。
「なんでも列車でおしゃべりを楽しむために、わざと向かい合わせにしてるって。さっき車掌さんが言われてましたよ」
「えっ? 車掌が乗っているんですか? この列車? ワンマンじゃなくて」
座席のことより車掌が乗っていることを珍しいと思った。いちいち鉄道の変りぶりに驚く自分をおかしく思うが、声をださずにいられない。それほどにこれまでの列車との違いがある。
「ええ、しかも女性の車掌さんでしたよ」
「えっ、女性の?」
つづく
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