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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第6話-⑥

・第六話 存続協議会 その三


「なお、今後の経済活動については地球温暖化の問題を無視する訳にもいきません。この点でも鉄道利用促進の追い風になるものと期待できます。日本国内で毎年発生する豪雨災害やここ北海道でも見られるようになった冬の豪雪など異常気象の緩和にもつながるかもしれません。最近は若い世代が環境問題についての関心が高まってきていますので、彼らが公共交通を利用できるように自治体からの補助制度などのしくみづくりも必要になるのではと思います。

そして、熱くなりすぎたような議論でしたが、私はなにか嬉しくて感動しています。本来の会議というものは、相容れない双方がお互いを理解するために本音で議論を交わさなければ、良い結果は生まれないはずです。道議会も、そして国会も同じですが日本人は結果に対しての根回しといいますか、最初から結果ありきの会議が多くて、議論の本来の姿を忘れてしまっているのではないかと気付かされました」

「ハハハ、本音が出ても結果が出なくちゃ困るだろう……」

「瑠萌線の存続については今まで多くの会議をずっとされてきたと思いますが、今日の会議が真の意味で第一回の会議となったのだと思います。今後、何度も何度も徹底的に議論して必ず出口を見つけましょう! みなさん、宜しいでしょう?

北海道鉄道さんには、ぜひ、今日沼太町から提案のあった考え方を専門家の目で実現できるように検討していただきたい。もちろん安全面もです。乗客が増えて危険な場合があるとの意見が出されていましたが、それは時間や区間的な制限なども考えられるのではないですか。また道知事として通勤のピークをずらすために、各企業に勤務時間の変更やリモートワークを推進するようにお願いをしてもよいと考えます」

 その鈴井の言葉を雄二は嬉しく聞いた。

「あ、鉄道会社として今後実験的な取り組みをしていく必要があると思いますが、北海道としても、そのような前向きな鉄道に対しては資金援助を惜しまないことを約束します。社会実験中の収入減があった場合も埋め合わせを行います」

鈴井は鉄道会社に対しても力強い言葉でエールを送った。

「石井さん、ご提案ありがとうございました。あなたが上げてくれた提案はもしかすると、これからの日本人の暮らし方を変えることもあるかもとさえ感じてわくわくしました。道知事としてではなく、私個人としても新しい鉄道に投資をしてみたいとさえ思いました。北海道鉄道さんも今は国が株主なわけですが、新しい鉄道には一般の株主からの視点も視野にいれて検討をしていただくようにお願いいたします。

会員制度では鉄道を利用する人が駅まで来るのを待つのではなく、会員募集を積極的に行って収入をあげていくことが出来るのではないでしょうか。また、会員費で一定額の収入を確保しておいて、さらに付加価値のあるサービスでも収入をアップさせることも出来るし、個人株主とすれば企業としての成長性を見込めるかとも思いますよ」

 国鉄の分割民営化後に各鉄道会社は株式上場を目指していたが、北海道と四国及び貨物鉄道については、実現が出来ていない。鈴井の発言は近い将来、北海道鉄道が株式上場を果たすことを予感しているように聞こえる。


「私は夕波里線の廃線を決めた時、一部の人たちから無くさないで欲しいと懇願されました。でも、私にはどうすることも出来なかった。でも今日は、たぶん瑠萌市長が思われたように、私にも希望の光が見えた気がしました。どうですか? 北海道鉄道の皆さんはどのように思われたでしょうか?」

「あ、いえ。私たちも何か発想の枠に囚われていたような気はしました。鉄道の運賃制度は国の許認可でありますから、安全性の面とか色々と実現には問題があるとは思いますが……」

「そうですね。でも、冒頭に言わせてもらいましたが、高齢化社会の交通の確保、環境問題への対応、そして観光など新しい産業の観点で考えれば、鉄道会員制を検討する価値はかなり高いと思ったのが私の感想です。石井さん、そしてみなさんありがとうございました。私は北海道知事の立場で申しあげますが、瑠萌線がどう変わるかで北海道の鉄道、そして北海道全体の暮らしを変えることが出来るかもしれません。今日はありがとうございました」

「石井さん、今日は良い勉強をさせて頂きました。我々もどこかで鉄道をあきらめていたんじゃないかと反省もさせられました。あなたたちに提案いただいたアイディアについては持ち帰り、検討させて頂きます」

会社幹部はお礼を込めた言葉で提案を受け入れるように答えた。しかし、『持ち帰る』、『検討する』この言葉を雄二も今までに何回も住民説明会などで使ってきただろう。鉄道会社がどこまで今回の提案と真摯に向き合ってくれるかは分からなかった。

 会社からのこの発言まで聞いて町長の横田は会議を閉めようとした。挨拶をしようとしたその横田のタイミングを奪うように、会社からの質問が上がった。

「ところで素朴な質問なのですが、沼太町のみなさんは今回のアイディアをどのように発想されたのでしょうか? 鉄道を乗り放題にしたらと考えられたのはいったいどのようなことからだったのでしょうか?」

 雄二はその質問を聞いた時に伝えられた約束を思い出していた。

「あ、はい、そのことについてですが……今からご説明いたします」


               *


「ということなんだけど、いいかな?」

僕と吉田さんは、ある意味絶句していた。一番の身内であり、いつも家では無口な親父が行った行為に感動したからだ。この沼太町の会議室で激熱の議論が交わされたことなど、思いもつかなかった。

「そういうことだったんだ。だから、今北海道鉄道はモニター会員を募集して社会実験をやっているんだ。鉄道を変えたのは親父のアイディアだったんだ」

「いや、違うんだ。俺じゃないんだ。俺は何も考えていないんだ。俺にそのことを教えてくれた人がいるんだ」

「えっ、それは……誰なの? もしかして足毛に住んでいる人?」

 話を終えると親父は再び沈黙したままで車の運転を続けた。僕と吉田さんもこれ以上何を話して良いのかわからず黙っていた。


第7話へつづく



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