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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第2話-④

・第二話 列車のふたり

 僕が落ち込んでいる傍らで彼女は老夫婦と話を続けている。列車についての話題だった。

「私たちが小さいときは車もそんなになかったから、列車に乗るのがあたりまえだったけど、こんな風に列車でのんびり旅行に行くのがいちばん良いのかもしれませんね。最近は自動車もどんどん自分勝手な人が増えて、なんて言ったっけ、……あ、あおり運転。あれとか典型的な例でしょ」

 落ち込んでばかりもいられず、僕も話に加わる。

「そうですね。最近はドライブレコーダーが普及したから明らかになったけど、昔から乱暴な運転はいっぱいあったんでしょうね。でも、ほんとはぼくたちも車で行く予定だったんです。うちの父親から列車に乗ってほしいって言われて変えたんです」

「あっ、そうだったの。それは大変でしたね」

「でも、今日は列車に乗って正解でした」

吉田さんが神妙な顔つきで話をする。

「さっきのあおり運転の話ですけど、私は車の運転、あまり好きじゃないんです。スピードとかあまり出せないんですけど、ほら、こっちの高速道路は片側一車線の区間が多いので、後ろに渋滞がずっと出来ちゃって。追い抜き区間がはやく来ないかな来ないかなって、ドキドキしながら運転しているんです」

「へえ、意外だね」吉田さんが悩んでいることについては同情をするが、その時の僕はしっかりした彼女の弱い一面が見れたようで少し嬉しかった。 

「でも、いいわね。若い人たちは。ふたりでいればどんなことでも楽しいでしょ。そうだ。私たちの食堂は足毛駅のすぐ真向いなんですけど、足毛まで来ることがあったら、ぜひお二人で寄ってくださいね」と言ってお店のチラシを渡してくれた。

 チラシには木造の古いお店の外観が写っており、チラシの下の方に「春待食堂」と書かれている。

「これ、はるまち食堂って読むのですか?」

「ええ」

「なにか素敵な名前ですね。雪国に暮らす自分たちには春は特別ですもんね」

「そう言って頂けると嬉しいですけど、私と主人とふたりでやってる小さな食堂でしかないんですよ。私の親がやっていたときは足毛もニシン漁でにぎわっていたので、建物だけは大きいんですけね」

「私、足毛に遊びに行くときは必ず食べにいきます。ねっ!」

話の流れだったとは思ったが、吉田さんが僕を誘ってくれたことが嬉しかった。

「ありがとう、待ってるわね」

「ああ、今日はいいお話ができました。やっぱり鉄道はいいわよね。お父さん」

「ああ、列車の旅は最高さ。俺は前からこういう列車に乗りたかったんだ」

「僕たちも、おふたりとお話ができて楽しかったです」

つづく


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