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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第3話-①

第三話 動物園でデートしよう


 深河駅で降りて、朝日川行きの特急ルピナスに乗り換える。ここでも久しぶりに乗ったルピナス号の車両が十両もあることに驚かされる。

「私、よく考えたら乗車券しかもってないけど、これ特急だから特急券もいるんじゃないの?」

沼太駅で買った切符を見ながら吉田さんが僕に尋ねる。

「あ、それね、特急券は要らなくなったって親父が言ってた。自由席だったら、この定期だけで乗れるって。特急券はなくなって、どうしても座りたい人が指定席の指定券を別に買えばいいんだって」

「へぇ、そうなの。じゃ、指定席券は買ってないから、自由席で行くの?」

「うん。朝日川までなら20分くらいだから、それでいいよね?」

「うん、それは別に構わないけど……、ほんと鉄道も変わったのね」

自由席の車両が半分の五両つないであるみたいだったが、その中にロングシートの車両を見つけた。

「ここでいいんじゃない?」

「そうか。自由席は定期だけで乗れるからたくさん乗れるようにしてあるんだ。なんか快速電車みたいだね」

「そうね。確かに列車乗り放題にしたら、混雑する時もあるだろうから自由席には出来るだけたくさん乗れるようにしたんでしょうね」

「20分くらいだったら立ってても大丈夫だよね」

「うん。私も安いほうがいい」

僕たちは吊り革に掴まりながら立ち話をしている。すでにシートは全て埋まっていて、20人ほどの人が僕たちと同じように立っている。車内をぐるっと見回すと、知った顔を見つけた。

「あっ、知り合いがいる。ちょっと一緒に来てもらっていい?」

 深河高時代の同じサッカー部だった大吾だ。大学時代も帰省した時には時々会ったりしている友人で、彼は高校を出てからすぐに朝日川の市役所で働き始めた。社会人としては先輩だ。

「大吾、ひさしぶり」

「おっ、久しぶり」

「ひとり?」

「いや、彼女と一緒なんだけど列車が珍しいみたいで、全部の車両を見てくるって言って……、」

言い終わる前に,大吾が吉田さんに気づいた。

「お、お前もデートか?」

「ぁあ、デートだ」

 今度は返事で失敗する訳にはいかないと思い、吉田さんにはっきり聞こえるように堂々と言い切った、…のは良いがあまりにも張り切りすぎて声が裏返ってしまった。吉田さんは、さっきの僕の答えとあまりに違ったのがおかしかったのだろう。隣で「ぷっ」と吹きだした。

「吉田あかりです。よろしく」

「赤井の高校のときの同級生の増山大吾です。で、おまえら、どこに行くの」

「動物園に行こうって。彼女も大学が札幌だったんでお互い久しぶりなんだ」

「俺たちも動物園は先週行ったぜ。あっ、そうだ。俺たち、朝日川駅からの周回バス使ったんだけど、今は最寄り駅の北曙駅からレンタサイクルがあるみたいだぜ。俺たちは動物園に着いてから知ったんだけど」

「へぇ」

「おまえ達、鉄道の会員パス持ってるか? 会員だったら北曙まで乗った方がいいかもよ。朝日川駅からのバスはひとがいっぱいだったから座れないかもしれない」

「そうなんだ。俺たちバスで行くようにしてたんだけど……」

「ま、どっちにしろ会員パス持ってたら今から得することが多くなるよ。今、朝日川市も鉄道駅からのバス路線を増やすようにバス会社と交渉しているぜ。鉄道だけ変わってもあとに続くバスがないといけないからな。市が補助金をつけるように動いているんだ」

その話を聞いて、高校を卒業して先に就職した大吾が立派に市役所で働いているように思えて少し尊敬した。


つづく


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