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【小説】映るすべてのもの #3


「──ところがだ。由々しきことだが、このところあのできごととおなじことがくりかえされているらしい。世界のあちこちでな。封印をやぶったものはおらんというのに……」

「あちこちで? 鏡が人間語を話すことはそうとうむずかしそうよね」
 鏡台が姿見鏡にちらりと視線をむけた。

「鏡族の封印をやぶったものはおらんのだよ」
 姿見鏡はくりかえした。

「人間にそのままの事実をつたえていないのはだれなの……?」

「スマートフォンというやつらだ。人間自らがじぶんのすがたを映し、技術をほどこし電子の海になげるとみしらぬ人間からこたえがかえってくる『世界でいちばんうつくしいのはあなたです』と。魔法の鏡とちがい誠実さもこころもないがな。構図はおなじだ」

「……うつくしさってなにかしらね。みゆきさんもそういう時期あったなあ。みゆきさん色白でしょう。そばかすをすごく気にしてた時間ってわりとながかったの。一時期コンシーラーを毎日毎日、鬼気せまるいきおいでぬりたくってあのときは思わず声がでそうになっちゃったもん」
ありありと当時の情景がうかんだのか鏡台は目をふせた。

「でね、康弘さんにもしょっちゅうきいてたのよね『わたしのそばかす目立つ?』って」

「あのみゆきさんが? 都市伝説みたいだな。『ワ タ シ キ レ イ ?』と変わんねーじゃん!」
 さえぎるように卓上ミラーが口をはさんだ。

「──まあね、それで康弘さんがいったのよ『みゆきのそばかすは、ねこの柄みたいなもんでしょ』って。なやんでる真っ最中のみゆきさんは悪くうけとってしまって、しばらく落ちこんでたんだけど魔法の鏡だけじゃなく人間でも言葉たらずよねえ。康弘さんはみゆきさんのうっすらあるそばかすなんてほんとうにどうでもよかったみたい。むしろすきだったようにわたしには映ったけどね……」

「そういうことだ『きれいになりたい』昔から人間の女はよくいう。だが、きれいになりたいに込められた意味はなんだ? そうじぶんに問うたほうが自身にある胸のこたえに近づけるような気がするのだ。そういうものなのだよ。不安やあせりにまみれたこころに事実はつたわりづらい。目の前に映しだされたものを勝手にネガティヴやポジティヴに解釈してしまうのが人間のいとおしい性でもある。その苦しみに今もわれわれはだまってよりそうのだ」


*

 昨晩の瑠衣はよくねむった。
 里穂は今日も学校にこなかった。月曜からかぞえて3日目になる。あいかわらず学校はすべてがめんどくさくうるさかった。ひとりひとりと接っしてもなにもないのに、そのひとりひとりがひとたび群れだすとしめっぽさを隠したあかるい空気がながれだす。
 このずっとつづくスクールカーストからも逃れられない。小学生あたりですでに瑠衣は「所属」というものに向いていないじぶんをしった。それから場をおなじにした生徒と浅くうすくやりすごす中途半端な一匹狼でいるようになる。
 傍から見ると一見だれとでも話せるひとにも映るだろう。ひとによっては浮いた存在かもしれない。だが、みゆきに心配をかけたくない一心で身につけた方法は意外にも瑠衣にはあっていたようだ。
 いじめがどうこういうのならこの自然現象並みにおこるスクールカーストをまじめに考えたらいいのだ。いや、教師がふくらんだストレスから生徒をやりこめるすがたも見てきた。所属のわくからはみ出ても笑顔のうらに常はりついている妙な緊迫感はずっと苦手だ。

 瑠衣は「早瀬さん」と呼んでいるが、早瀬里穂もまた瑠衣とはちがう一匹狼だった。
 おなじ中学、高校だが高校2年生になってはじめておなじクラスになった。それまでは名前も顔もしってるがあいさつをしたり言葉をかわすことはなかった。

 中学生のころの里穂はテニス部ですらっとした身体にやけた肌、はばひろい切れ長の目に密度あるながいまつげが映えた。わらうと八重歯がのぞいて、黒髪のポニーテールがよくにあう、昭和平成令和とつうじそうな美少女だった。
 高校生になった里穂は部活もやめポニーテールもおろし色白になり、あまり笑わなくなった。いまはどこかの神社にいたら狐の精霊といわれても違和感がない。里穂のまわりには霞がかかっている。その霞が高校生になった里穂の儚げでミステリアスな魅力よくをひきたたせていた。

 矛盾しているようだが一匹狼同士でどことなくつうじあって一緒にいてしまう場面がふえてしまうことはおおい。
二匹いた時点で狼の称号は剥奪されるかもしれないがそこはおまかせする。

 今日のかえり、宿題土産をもって早瀬さんのマンションへよってみよう。

 体調がわるいわけではないことはわかっている。体力的に里穂より虚弱なのは瑠衣のほうだ。虚弱体質みゆきの遺伝の底力。いつも学校へいくだけでせいいっぱいだった。
 まわりもおなじようなものだと思っていたら、どうもそうではないらしいと最近になってようやく気づいた。

 そう考えると「つよい」「よわい」という評価も言葉もあやしい。
 先生! 得意不得意分野の見えないゲージってあると思います! 瑠衣は手をあげたくなった。というのは、嘘だ。

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