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“やられたらやり返す、倍返し”を支持する日本人と 『Pure Japanese』

映画「Pure Japanese」は、とんでもなくスルメ映画です。観ても観ても「あ!そうなのか、もしかして、そういうこと? いや、違う?」と思考がグルグル。脳内を占領されて仕事が手につきません。

なので感想文を書いて、ちょっと脳内をデトックス。あくまで、私なりの好き勝手な解釈です。宿題以外で感想文書いたの初めて!しかも映画の!

ディーン・フジオカさん、初の企画・プロデュースのこの映画は、鏡のような実験装置とか。アクションでサイコホラーでファンタジーで社会派ぽくもある?万華鏡をグルグルしたら、こんなのが出ました。

※ネタバレ多分に含みますので、知りたく方はスルーしてください。

●“やられたらやり返す、倍返し”を支持する日本人と『Pure Japanese』

 少し前。“やられたらやり返す、倍返しです”が決め台詞のドラマが熱狂的に支持された。現代劇なので土下座や社会的失墜や大損という成敗にとどまっていたが、時代劇ならば刀でバッタバッタとなぎ倒していただろう。

 日本人は長くそういう展開を愛し、支持してきた。敵討ちが権利として認められていた時代もある。立場的には認められなかった『忠臣蔵』も美談として語り継がれている。

 日本語の文化(あるいはOS)に、こうしたDNAがあるとしたら、立石が口にした「正当防衛です」という言葉の重みが増す。大輔クンに光のトラウマが刻まれた同級生突き飛ばし事件は偶発的で正当防衛にほかならない。しかし、彼がそのとき、やられたらやり返すという正義の印籠をも心に刻んだとしたら、その後の彼の行動にはある程度納得がいく。

 自分の不確かなアイデンティティを日本文化という鎧を身につけることで補強した立石は、日本文化の技術の粋であり、武士の魂でもある刀の美しさに魅入られ、夜な夜なその精神を自らにインストールしていたかもしれない。彼にとっては、侍という祖先の心、武士道に則ることが生きるよすがであった気がする。

●刀に潜むのは大和魂か魔物か?

 武士道の定義は深くてよくわからないが、本来、武士は戦士であり、血なまぐさい暴力を行使する人だ。刀は武器であり、そのハイスペックな性能と美は斬ってみたいという欲求をかき立てるという。陣内がいともたやすく秦を斬ったように。

 立石が単なるサイコパスや狂人とは思えず、根底には、何らかの背景があったと思いたい。日常では礼を重んじ、「困っている人を助けるのは当たりまえ」と義を貫き、困っているアユミが黒崎に「殺すぞ」と言えば、悪事を働く「バカは死んでも直らない」から懲らしめなければと、たぶん「止むに止まれぬ大和魂」に突き動かされ、破壊という行動を起こす。

 翌日、鼻歌を歌って江戸村を歩く立石には喜びが感じられる。PJキットで100%が立証された上、ショーではなく、実際に困っている町娘を守って悪代官を懲らしめる侍のような活躍ができたからである。義を見てせざるは勇なきなりと説く武士道を実践した自分に納得したのかもしれない。

ただ、無意識の鼻歌は英語の歌のメロディなのだが。

●脳が嘘をつく?


 正当防衛に話を戻そう。人は多かれ少なかれ自分を正当化しながら生き、聞きたいことだけ聞いて物事を理解している。「オレを殺してでも土地を手に入れる奴ら」という隆三の言葉を立石は事実と受け止め、倒れた隆三に駆け寄ったとき、脳内で「毒を盛られた」というストーりーが成立した。

 車のライトに反応してバイクを発進させた際、彼には隆三が後部につかまっている姿は見えていない。湿度と粘膜にこだわるほどの感覚の持ち主が気配に気付かないのは変だが、トラウマのフラッシュバックだから瞬間的に意識が飛ぶのだろう。

 隆三の事故について、多少の疑念は自覚しているかもしれないが、無意識に自身を正当化してバランスを取っている。黒崎事務所破壊事件も同様で、彼の認識では筋が通っているのだ。

●謎 アメリカ映画殺人事件

 謎はアメリカ映画殺人事件である。あのときも光をトリガーにトラウマが発動している。ただ、笑ったのはなぜだろう? 同級生が倒れたとき、大輔クンが人を攻撃する快感も知ってしまったなら、サイコパスのそしりは免れない。映画はガンマン対武士というトンでも設定だが、もしかしたらあのとき、彼は武士道に侵食されて、内なる英語OSを退治したかったのかもしれない。それとも、ピストルという西洋の飛び道具でやられたので突発的に日本の槍でやり返してしまったのか? 

 理由は何であれ、ここでも彼は、偶発的な事故で自分のせいではない、さらには、自分は傍観者だったという自己正当化のストーリーを信じたはずだ。しかし、心の隅には真実の認識があり、だからこそ「越えない」ことを課し、意識的に第二のトラウマを刻んだのだろうか。

●三度の死を越えて、立ち上がれ立石!

 仕事もアユミからの信頼も「ぴゅあジャパニーズ」キットのお墨付きも失った夜、森閑とした暗い道をバイクで疾走する立石の脳裏には、自分への疑念のランプもともっていたかもしれない。だから、エア切腹という死の儀式で禊ぎを行ない、自分を納得させて、またどこかで新しい生活を始めようと思っていた。

 しかし、お別れに来た神社でとんでもない状況のアユミと再会し、急展開。ここで彼はいきなり撃たれて一度死ぬ。手裏剣で九死に一生というベタ展開ではあったが、二度目の死は他殺である。これによって、アユミを助けるという義に加え、やられたらやりかえすという、これ以上ない正当なエビデンスが成立。彼には戦う為の200%の大義があり、ずっと自分にかけてきた制御は全て解除された。

 そして、爆弾、仮面ライダー、チャンバラ、プロレスという戦いのフルコースに突入していく。彼は自身が抑制してきた暴力をめいっぱい行使して、この上なく精神を高揚させたはず。だから、アユミからお礼を言われたときの返事が「こちらこそ」なのだろう。

●なぜ戦うの?

 しかし、そのアユミもあっけなく撃たれ、彼の怒りは黒崎への執拗な暴力となって表出する。熱湯のようにたぎり、噴出する衝動が何に向かっているのかは、もうわからない。もちろんアユミの敵討ちややらなければやられるという正当防衛ではあるのだが、目を血走らせた狂気モードの立石は、怒りや悲しみなんていうウエットな感情を凌駕した暴力そのものの化身のように見える。

 陣内率いる長山組や黒崎は、たまたま立石の暴力のはけ口になってしまっただけで、立石が戦っているのは、これまでの生きづらい社会そのもののような巨大で抗しがたいものにも思える。陣内という、区切られたエリアの主みたいな名のラスボスは、そういう強大なもの、もしかしたらしっとりとした霧に覆われた立石が存在する社会そのもののようにも思えてくる。

 立石は三度目、自分が愛した刀の切っ先を突き立てられて絶命したかに見えた。しかし、最後の力を振り絞り、肉弾戦の死闘によって陣内の息の根を止めて果てる。肉体の力のみで勝つのも、最期の悲しみとも安堵ともとれる表情も印象的だが、オーバーラップする線香花火の英語のモノローグに深く感じ入る

●線香花火は暴力?

 線香花火は立石の人生とも重なるが、もしかしたら、花火イコール暴力なのかもしれない。「僕が住んでいたエリアでは禁止されていた」が、「これは日本の文化だ」と母に教わった花火。美しさに魅了されるも、手元に来たら熱くて振り落とした火の玉、それを暴力の比喩と解釈すると、立石が薬研で炭を挽いて爆弾を作っていた理由がわかる気がする。

仮面ライダー立石が放った爆弾は、まん丸で花火玉のようだった。しかも、炭は和火の、あの線香花火の原料でもある。火薬を作り、詰める作業は、いつか来る暴力解放への準備とも、暴力への憧れを留め置く作業ともとれる。

 現代社会では暴力は禁止されている。しかし、歴史を見れば、日本にも諸外国にも暴力の文化があり、刀も侍も忍者(本来の忍者は秘密裏に平和的に戦う)も、日本の暴力のシンボリックな存在だ。かつては刀を振るう武士は勇者であり、勇敢に戦って死ぬことや、いざとなれば切腹して死ぬことが美徳でもあった。怜悧な刀の側で生々しい血が飛び散っていたわけである。

 刀は軍刀として昭和の時代まで武器であったので、そんなに昔の話でもない。現代でも刀の美は人を虜にする。昔も今も人は強さに憧れ、暴力衝動や闘争本能を持っている。だから、犯罪も戦争も武器もなくならないのだろう。

●幽玄の世界で舞う死者

 ガラパゴスのような江戸村で、線香花火の火の玉となり、刹那の輝きを放って消えた立石。その物語は、美しくも儚く、激しい。バイオレンスアクション満載の動のエンタメ作品でありながら、スクリーンの奥には死者が語る能舞台のような幽玄の静の世界も浮遊する。立石もアユミも陣内も、残酷に果てる主要人物たちは、言葉少なではあるが、肉体と血でいろいろなことを語りかけてくる。

 人は皆、異なる鏡を持っているので、映るもの聞こえるものは違うだろうが、鏡に映ったものを理解したくてたまらなくなった私は、気がつくと鏡の世界に目を凝らし、耳を澄ませている。それはまるで供養のようだと思う。

 立石たちの魂が成仏し、みずみずしい息吹として未来に輪廻することを願っている。現世に実在する自分はイタコにされているのかもしれない。

映画「Pure Japanese」感想文 2022.02.20 
長文をお読みいただき、ありがとうございました。







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