現場の自衛官が見たよもやま話
これは私が、陸上自衛隊化学学校の職員(隊員)であった頃、職員に対する精神教育(道徳教育)がおこなわれた時の話になる。
あれは今から30年近く前の話である。
私が、まだ20代の頃、隊員達の教育を担当してくれた、先輩から聞いた話だ。
その先輩は、今ではもうご高齢のはずだが、他界したと言う話は聞いていない。
先輩は、京都で勤務中、休みの日に色々な寺を廻るのを楽しみにしていた。
ある日訪れた禅寺で、その寺の住職に先輩はこう聞いた。「御住職、善とはなんぞや?」
その住職は遠くを見ながら先輩に、やおら話し出すのだ。
ある村に、村人から大変したわれている和尚様がいた。
その和尚様は、「善いことをすると極楽へ行ける。悪いことをすれば地獄へ落ちる。だから生きている間は善いことをしなさい。」と村人達へ教えていたそうだ。
村人は、「和尚様の仰っしゃる通り。ありがたや、ありがたや」と和尚様をしたうのであった。
和尚様があまりにも、村人からしたわれているので、中にはそれが面白くないと思う者もいた。
ある日、村のあぜ道を和尚様が歩いていると、道を塞ぐように二人の村人が立ちはだかった。
その村人は、「やい、和尚」「お前、善いことをすると極楽へ行ける。悪いことをすれば地獄へ落ちると村人をだましとるやろ!」「お前、地獄も極楽も見たんか!」
和尚様は、「わしゃ見とらん」
村人は、「ほれみろ、この嘘つき坊主、今すぐ村から出て行け!」
和尚様は「では、聞くが」「朝起きて、雲低く垂れ込め、野良へ行くにも、今にも雨が降りそうな空やったらどうするねん?」
村人は「そんなもん、降るかも知れんし、降らんかも知れん」「そんなときは蓑持って行くわい」
和尚様は「さもありなん」「降るかも知れん、降らんかも知れん」「そんなときは、蓑持って行くでしょ」「極楽も地獄も、あるかも知れん、ないかも知れん」「もし、あったらお前さん達はどっちに行きたいねん」「そりゃ〜極楽へ行きたかろうよ」「だったら、善いことをしなさい」
と言うと和尚様はまたあぜ道を歩いて行った。
その話を聞いた二人の村人は、その後、改心し和尚様のことをしたうようになったのだそうだ。
と禅寺の御住職は話された。
先輩は、「この先は自分で考えろと言う事か。」と思ったそうだ。
先輩はここまで話すと、私達隊員の教育へと入った。
私は、この話を聞いて以前同じようなことを聞いた事を思い出した。
あるお坊様に「人は亡くなるとどうなるのか?天国や地獄はあるのか?」と聞くと。
するとお坊様は「私もわからないが、人間いつかは死ぬ」「その時が来たらわかるので、それまで楽しみにして、今を大切に生きましょう」と言われていたのが、とても印象的だった。
人生は一度しかない、全ての尊い命を守り大切にしていきたいとは思う。
しかし私は自衛官として、その命を守り、自らの命を投げ出す覚悟は出来ているのか?と自分の心に聞いた。
著 者 宮澤重夫
平成30年に陸上自衛隊化学学校化学教導隊副隊長を最後に退官 現役時代に体験した、地下鉄サリン事件や福島第1原発事故対処等の経験談を執筆中
主な資格等
防 災 士
第2種放射線取扱主任者
JKC愛犬検定最上級
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