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Happiness cames with Rain,tha cat.

 実家の母が飼っていた猫の思い出を綴ろうと思う。

 母は猫を飼っていた。
 名前は〝れいん〟、名づけ親はうちの妻だ。顔の模様と目尻に下がってきている毛の様子が、雨に濡れたように寂しげな顔に見えたからだという。
 本当は〝れいん〟なのだが、母はそれが上手く言えず、いつも〝れん〟と呼んでいた。
 元々、実家で飼っていた猫が産んだ子猫のうちの一匹で、たくさん産まれてしまった子猫を、仕方なくネズミ避けのために親戚の所有する牛舎に放したのだが、後になって心配になって様子を見に行ったところ、一匹だけ足を引きずったように動けなくなっていたらしい。
 可哀想に感じた母は、その一匹だけを連れて帰ってきた。
 「もう、どこにもやらない」
 そう言いながら、飼い始めたのが〝れいん〟である。
 元いた親猫と一緒に飼っていたのだが、いつしか親猫のほうが家出してしまい、一匹だけが残った。特に喧嘩をしていたわけでもなく、どちらかというと親猫のほうが強かったように思うが、どうやら親子関係の縄張り争いで、積極的だったほうが出て行ったような感じだ。その行方は分からない。どこかの家の縁の下あたりで死んでるかもしれない。

 メスだったので、子猫を産んでこれ以上増えたら困るということもあり、不妊手術をしてもらった。実家の周囲には野良猫がうろついていて、その中のボス的な存在のオスが、放し飼いされているメス猫に子猫を産ませていたらしい。どうも実家の近所の飼い猫は、ほぼそのオスの子どものようだ。
 そのオスについても書きたいことはあるのだけど、それはまた別の機会にしようと思う。
 ともかく不妊手術のおかげで〝れいん〟は、その毒牙にかからずに済んだ。
 困ったことに猫は親子関係があっても見境が無いようである。


これはたぶん違う子猫だと思う

 基本的に放し飼いではあったが〝れいん〟は、あまり外には出ることは無く、他の野良猫などから脅かされると家の中に逃げ込んでくるほど臆病だったようだ。

 その〝れいん〟が家出をしたことがある。
 それは東日本大震災で家が浸水してしまった叔父一家が、しばらく実家に身を寄せていたときのことである。
 見慣れない人間が何日も滞在していたので自分の居場所が無くなったと思ったのか、ある日突然姿を消して帰って来なかった。
 仮設住宅への入居が決まって叔父一家が実家を離れるときも帰って来なかった。叔母が「れいんちゃん、帰って来ないの?」と気にかけてくれたが、それからもしばらくの間、姿を見せることは無かった。

 ある日の夜、私たち親子が実家を訪ねたとき、玄関のガラス戸越しに猫の姿が見えた。
 「れいん?」
 私が声をかけたが、その瞬間、さっと逃げた。
 違ったのか?
 「あれは〝れいん〟だったよ!きっとおばあちゃんが呼ばなきゃダメなんだよ」
 と、息子が言った。しかし、その日はもう姿を見ることは無かった。
 もう二週間以上も帰ってきていないので、母はもうすっかり〝れいん〟はどこかで死んでいるのだと思って、諦めていたらしい。
 その次の日の夜のこと、私たちはまた実家を訪れた。そのとき、玄関のガラス戸越しに猫の姿が見えた。母に声をかけるように促した。
 「れん?」と、母が声をかけると、「ニャー」と少し弱々しい声で鳴いて、見慣れた模様の猫が家の中に入ってきた。
 「れん!おまえどこ行ってたの?!」と、母が言った。
 きっと滞在している叔父一家がいなくなってからも、母に声をかけられるまで家に入ってはいけないと思っていたのかもしれない。
 それだけ母のことを信頼し、慕っていたのだろう。

 それから〝れいん〟は、家の中を歩きまわりながら、キッチンの椅子の上やこたつの中で寝てたり、ファンヒーターの前で暖を取ったりしていた。
 やがて月日は過ぎ、〝れいん〟もすっかり年を取って、気が付けば15年以上が経っていた。だんだんと餌を食べる量も減り、動きも緩やかになっていった。もう高いところから飛び降りたりはしないし、外をうろつく野良猫とケンカしたりもしない。穏やかな老猫になっていった。


ありし日のくつろぎモード

 寒くなってきたある日、夕食の仕度をしている母の足下に寄ってくると〝れいん〟は、「ニャ~」と微かに泣いた後、いつものようにファンヒーターの前の座布団に横になった。
 いばらくして母が気が付くと、幸せそうな顔をしたまま、こと切れていた。
     たぶん、母に今までのお礼とお別れを伝えに来たのだと今でも思っている。
 本当に、本当に幸せそうな顔だった。
 
 天寿を全うした〝れいん〟は、実家の庭の片隅に握りこぶしほどの大きさの石を墓標代わりにして埋葬した。

 れいん、母の支えになってくれてありがとう。
 キミがいてくれて良かった。

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