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ナゴルノ・カラバフ紛争調停において、なぜ、西側諸国はロシアの介入を排除できたか

2022年10月27日 Mikael Zolyan (4,846 文字)

クレムリンの軍事力という説得力は、かつてより弱まっている

アゼルバイジャンにおける呼称はナゴルノ・カラバフ自治区
アルメニアにおける呼称はアルザフ(アルツァフ)共和国(別称、ナゴルノ・カラバフ共和国)

 2020年、第2次カラバフ戦争が終結し、アゼルバイジャンが勝利し、(注:CSTOの合意に基づく)ロシアの平和維持軍がナゴルノ・カラバフ紛争地域に投入され、ロシアはアルメニアとアゼルバイジャンの関係における、重要な調停者としての立場を維持したように思われた
しかし、わずか数カ月で状況は一変した
再び、西側諸国が和平交渉に加わり、ロシアを押しのけ、主な調停者になりつつある

 9月までは調停プロセスの主導権は一進一退だった
しかし、徐々にロシアの立場が弱くなっていくのがはっきりしていった
3月にファルク村周辺で軍事的なエスカレートが起こり、未承認のアルザフ共和国のアルメニア人勢力が陣地を明け渡し、アルメニア住民は家を捨てざるを得なくなった
8月には軍事行動の継続により、アルメニア・カラバフ間のラチン回廊がアゼルバイジャンに引き渡され、そこに住むアルメニア人は退去を余儀なくされた

赤がファルク村
青がラチン回廊

 このことは、ロシアの平和維持軍が、もはや抑止力を持っていないことを示し、エレバン(アルメニア政府)とナゴルノ・カラバフのアルメニア人への警鐘となった
彼らはロシアの平和維持軍を唯一の安全保障者と見なしていた
アルツァフの首都ステパナケルトでは、多くの人がバクー(アゼルバイジャン政府)の目的は民族浄化であると信じており、2020年にアゼルバイジャンの支配下に入ったナゴルノ・カラバフの町シュシャとハドルートの領域に、現在アルメニア住民がいないことからも、その懸念が裏付けられている
(注:個人的には、アゼルバイジャンはアルメニア系住民を「排除(国外追放)」しているのではないかと考えています)

 徐々に弱体化していたロシアの立場は、9月にアゼルバイジャン軍がアルツァフ共和国との接触線だけでなく、アルメニアとアゼルバイジャンの国境界線を越えたことで崩壊に向かった
砲撃はアルメニア領の奥深くの都市や村にまで及んだ
アルメニア国防省によると、2日間で200人以上のアルメニア人兵士が殺害され、その後、女性兵士を含む、アルメニア人捕虜の殺害と拷問の映像がネット上に出回った

オレンジがアゼルバイジャンの攻撃を受けたとされる地域 ( Джермук, Горис , Сотк ) 

 アゼルバイジャンの公式見解によると、この地域の国境は明確ではなく、アルメニア領でアゼルバイジャン軍の軍事行動が行われたと主張する根拠はない
しかし、国境がどこであろうと、アルメニアの保養地ジェルムクやセバン湖畔のバルデニスのような町は、国際的にアルメニア領と認識されている

 アルメニア南部に対して軍事行動が展開された最大の理由は、輸送網にあるのかもしれない
ロシアと欧州の国境が事実上閉ざされたことで、トルコやイラン、そしてその先にある南コーカサスのルートは新たな意味を持つようになった
2020年の戦争終結三者協定では、アゼルバイジャン西部地域とナヒチェバン(アゼルバイジャンの飛び地)を結ぶ「輸送路の安全をアルメニアは保証する」と明記された

赤がナヒチェバン

 バクー(アゼルバイジャン政府)は、この協定を、アゼルバイジャン西部とナヒチェバンの間の道路(アゼルバイジャンは「ザンゲズール回廊」と言う)は、ラチン回廊と同じ地位を持つという意味で解釈している

ザンゲズール回廊:アゼルバイジャンの西部地域とナヒチェバンの間の約40kmの輸送回廊。
1992年の第一次カラバフ戦争で途絶していた。

つまり治外法権であり、アルメニア当局の管理下に置かず、例えばロシアの国境警備隊が代わりに仕事をするべきだということだ
ロシアにとっても、これは容認しうる選択肢のはずである
なぜなら、ロシアとトルコを結ぶ道路をモスクワが管理することになり、親西欧のジョージアを経由する現在の輸送網より、好都合だからである

しかし、アルメニアは、この解釈を主権に対する脅威と捉えている
ザンゲズル回廊は、アルメニアとイランの間の輸送網を阻害する可能性があるからだ
エレバン(アルメニア政府)のこの見解は、この問題に関して、アルメニアとのつながりを失いたくないテヘランだけでなく、重要な輸送網をロシアに渡したくない西側諸国からも支持されている

 9月のエスカレーションで最も重要だったのは、誰がそれを止めたかということだ
2020年、紛争がモスクワによって止められたとしたら、今回は西側だと見られている
しかも、軍事力の行使さえなかった
ワシントンからバクーに数回電話をかけるだけで十分だったのだ

 ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)は、アルメニアで軍事行動が起きているにもかかわらず、エレバン(アルメニア政府)から見れば、同盟国を助けられないか、助けるつもりがないかのどちらかであった
CSTO は、支援要請に対してオブザーバーの派遣を約束したにすぎず、親ロシア派のアルメニア人からも憤慨され た
モスクワやCSTOの言葉は、エレバン(アルメニア政府)に公式には何の借りもないNATOよりも、はるかに歯切れが悪かった
しかも、モスクワとCSTOは、介入を拒否する理由として、国境が画定していないというバクー(アゼルバイジャン政府)の主張をなぞったのだ
アスタナでのCIS首脳会議で、アルメニアのアララト・ミルゾヤン外相とニコル・パシヤン首相が、アルメニア・ロシア関係に対して前例のない厳しい言葉を発したのはまさにこのためだ

 このような、ロシアの消極性を背景に、アルメニアには西側の行動ははるかに積極的に映った
軍事行動開始後数時間で、ワシントン、エレバン、バクーの間で活発なコンタクトが始まり、米仏EUの代表たちはかなり強い表現で声明を出した

ナンシー・ペロシ米下院議長のアルメニア訪問では、親アルメニア発言を連発し、欧米のエレバン支持の明確な表明だと広く受け止められた
「米国はアルメニアを支援し続け、国境変更に反対する......しかし、決断はアルメニアがするものであり、もしそれがなされるなら、米国は支援する用意がある」とペロシは言っている
ペロシの訪問は、アルメニアの親欧米派の論客を勇気づけ、彼女の台湾訪問と比較された

 マクロン大統領は、この地域を不安定にしているのはロシアだと非難し、「トルコと共謀し、アゼルバイジャンに協力した」と言っている
さらに、米国国務省報道官のネッド・プライスなど、西側諸国の高官たちは、以前は両者に配慮した当たり障りのないレトリックを好んでいたが、アゼルバイジャンの戦争犯罪の疑いを非難し始めている

ネッド・プライス:元CIA諜報員。「トランプ政権で働くぐらいなら引退する」という発言で物議を醸した。

 もちろん、これは欧米がアルメニアの味方をしたという意味ではない
むしろ、平和の実現を助け、一方があからさまにルールを破っている場合には、外交的圧力をかけることができる「公正な警察官」の役割を果たそうとするものである

プラハの欧州政治共同体首脳会議では、パシニャンはミシェルとマクロンの仲介でアリエフ、エルドアンと会談し、西側の仲介努力はピークを迎えた
その結果、アルメニアとアゼルバイジャンの国境沿いに、EUの監視団を配置することに合意した
数カ月前には想像もつかない、前例のないことだった

 このサミットで最も注目されたのは、アゼルバイジャンとアルメニアの和平協定が年内に締結される見込みであるという発表であった
これはバクーの期待に沿ったものだと考えられる
なぜなら、1991年のアルマトイ宣言に基づく双方の領土保全の承認が文書に盛り込まれる予定だからだ

アルマトイ宣言:ソ連解体と、旧ソ連諸国の「独立国家共同体(CIS)」形成の宣言。

 エレバンにとって、この表現はポジティブな面もある
バクーのシュニク地域に対する領有権主張と「ザンゲズール回廊の治外法権」の議論に終止符を打つことができるからだ
しかし、ナゴルノ・カラバフについては否定的な意見もある

アルメニア政府関係者は、ナゴルノ・カラバフ問題は決して領土問題ではなく、単にその住民の権利と自由の問題に過ぎないと繰り返してきた
しかし、今回の合意をもって、アゼルバイジャンはアルメニアがナゴルノ・カラバフをアゼルバイジャン領だと認めたと解釈するのは明らかなのだ
さらに、2020年の敗戦後、エレバンはナゴルノ・カラバフに対して、ほとんど影響力を失っている

相互信頼の欠如はもちろん、地域の将来像も大きく異なるため、協定が結ばれない可能性は否定できない
おそらく、これまで何度もあったように、両国とも建設的姿勢を見せるためだけに合意を宣言し、最終的には相手側が「ノー」と言うことを期待している

それでも、平和条約が締結されたとしても、バクーはナゴルノ・カラバフの全てを直ちに支配することはできないだろう
そこにはアルメニア住民とロシア「地上軍」が依然として存在するからだ

 おそらく、この地域の将来の運命は、ロシア平和維持軍の仲介のもと、アルツァフ共和国とバクーの間の交渉で決まるが、アゼルバイジャンもアルメニアもまだこのことを大きな声では話したくはないようだ
ロシア系アルメニア人の実業家ルーベン・ヴァルダニャンが未承認のアルツァフ共和国の「国務大臣」に任命されたのも、これと関係があるのだろう
彼は慈善活動で知られ、バクーもモスクワも話し合いができるプラグマティストと見なされている

ルーベン・ヴァルダニャン:フォーブスで世界2081位とされる投資家(純資産13億ドル)。アルメニア、エレバン出身。ロシア系であるが、特別に特定の国家との繋がりは弱いと見られている。

 なぜ、これほど早く欧米が南コーカサスに再び関与できるようになったかというと、
ウクライナ戦争によってポストソビエト空間全体でロシアの立場が弱くなったから、というのが表面的な説明であろう
しかし、もっと深い理由がある

 ポイントは、欧米とプーチン・ロシアが掲げる政治思想の違いである
欧米は、一般に「リベラルな基本原則の秩序」と呼ばれるものを提唱し続けている
ロシアは、強者がやりたいことをやり、弱者が容認する「現実主義」を提唱する
プーチンの論理の世界秩序では、アルメニアのような小国や比較的強いアゼルバイジャンでも、地域大国の間で操られる運命にある
せいぜい衛星としての役割しか期待できず、最悪の場合、主権を失う運命にある

 モスクワが理想的として喧伝する世界秩序の多極化は、イランやトルコのような比較的強い地域大国にしか関心を持たれることはない
南コーカサスのような小国にとって、プーチンの多極化のメリットはそれほど明確ではない
一方、リベラルな世界秩序は、欧米の主導的な役割を強化するものの、少なくとも生き残るためだけでなく、紛争を解決するために従うことができるルールを設定するため、小国にとってはより有益である
もちろん、プーチンの世界秩序には、まだ、ロシアの軍事力という説得力がある
しかし、ロシア自身が戦場で敗れつつある状況では、数カ月前のような力は得られなくなった
とはいえ、まだ結果は明らかではない
欧米はこの地域に影響力のある手段は、まだ、わずかしか持っていない
ロシアは日に日に数が減っているが、それでもまだいるのだ
和平監視団だけではなく、ロシアと完全に決別することは、アルメニアとアゼルバイジャンの双方にとって極めてリスクを伴うことである
この100年ほどの間に、1918年と1991年の少なくとも2回、ロシアは南コーカサス地方を離れ、その後、別の装いで戻ってきた
ロシアの出国と帰国は、この地域にとって極めて劇的な出来事を伴うのである
(終わり)

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