お母さんのごはんを褒め称える理由。
ちょっと、これ、頭おかしくなるほどおいしいんだけど!
才能が溢れ出てる!こりゃお店開けるね。
私は大袈裟に母の料理を褒める。
すると母は
「またそういうこと言って。いい歳なんだから自分で作らなきゃだめよ」
と少し笑ってあきれ顔で返事をする。
お母さん、本当は、肉じゃがもサバの味噌煮もミートソースも炊き込みご飯も、全部自分で作れるんだけど、でも私はお母さんの料理を食べて大袈裟に褒めたいの。
心の中で密かに思っていることだ。
私がこのように母を褒める称えるようになったのは数年前から。
大好きだった祖母を亡くしたことがきっかけだった。
私は今では少し珍しい三世代同居という形態で育ったため、食卓には祖母と母、二人の料理が並んでいた。
豆ごはんに若竹煮、冷や麦になすの天ぷら、栗ごはんにカボチャの煮物‥‥
といった具合に季節の食材を取り入れた素朴な家庭料理が我が家の食卓を彩った。
友達がおらず、放課後の予定もなかった私は大学生になっても今日のごはんは何かな?とわくわくしながら帰宅していた。
それくらい家のごはんが大好きだった。
しかし、ある時を境に彩りがひとつ消えた。
祖母が認知症になったからだ。
あれほど料理上手だった祖母が、何十年もごはんを作り続けてくれた祖母が、料理のやり方を忘れてしまったのだ。
認知症の進行はとても早かった。
料理を忘れてしまったと思ったら、次は母、そして私のことまで忘れてしまった。
日々、出来ないことが増えていく祖母に何もしてあげられないのがもどかしかった。
ある時、祖母は施設に入ることになった。
あの頃の祖母はとても穏やかな表情を浮かべ、日向ぼっこをしていることが多かった。
その傍ら、昨日あんなことがあってああしてこうしてと、返事がないことを寂しく思いつつも、ひょっとしたら分かっているかもしれないと話し続けるのが私の日課であった。
施設に入って何回目かの秋のことである。
運動会を思い出した私は、
「運動会の時に作ってくれたお赤飯、あれ世界一だったよ。また作ってほしいなぁ」
と何気なく話しかけた。
当然、返事はないものと思っていた。
しかし、その時だけニッコリと笑って
「うん」
と言った。
びっくりした。
もう全部忘れてしまっているはずなのに、本当は返事だって出来ないはずなのに、世界一のお赤飯には反応したからだ。
それからというもの、
「一月によく作ってくれた粟ぜんざい、あれは美味しかったわ」
「アジの南蛮漬け、夏にぴったりで最高だったね」
などと話しかけてみたが、反応があったのはあの一回きりだった。
そして祖母は死んだ。
お葬式のあと、ふと、お赤飯のことを思い出した。
祖母の笑った顔を見たのはあれが最後だった。
普段から「美味しかった。ごちそうさまでした」とは言っていたものの、全てを伝えきれていたのだろうか。
受験に失敗したあの日、大好物のサバの味噌煮を作ってくれてたね。泣きながら食べたけど、やっぱり最高においしかったよ。
不登校だった時、手抜きお昼っていって残り物のお味噌汁にごはんと卵とネギを入れて雑炊風にしてくれたことあったじゃない?適当だけどめっちゃくちゃ美味しかった。
栗の渋皮煮も最高だったけど、あれすごく手間かかるんでしょ?知らなかったわ。でも本当美味しかった。
伝えたいことはたくさんあるのに、もう祖母はいないのだ。
そしてたった一回とはいえ、お赤飯に反応した奇跡を考えると、どれほどの気持ちを込めてごはんを作ってくれていたのかと、何も考えずに食べていた自分が恥ずかしくなった。
一方、母はまだ元気だ。
本来なら、私が母のようにおいしいごはんを作れるようになっていて、それを皆で食べるのが望ましいのだろう。
しかし、料理とは不思議なもので、同じ食材・同じ調味料・同じ方法で作ってみても母の味にはならないのだ。
母の味噌汁を作りたいと思って早十数年。一度たりとも同じ味噌汁になったことはない。味噌汁すら完璧にならないのだ。
ちゃんと学ぶ気がないからじゃない?
と、母は冗談を言うが、本当にどれだけやっても同じ味を出せない。
そして、母も母で、祖母の味を再現出来ないと悩んでいる。
料理は作ってくれた人の、その人にしか使えない特別な魔法がかかっているのかもしれない。使い古された表現ではあるが、その魔法はきっと「その人なりの想い」というものなのだろう。
だから、どうやったって同じ味にはならないのだ。
「想い」は人の数だけあるのだから。
一生のうち、あと何回食べることができるのだろう、と少し切ない思いを抱きつつ、母の魔法がかかったごはんを食べて、今日も私は大袈裟に褒める。
こんなに食べることが好きになったのは母の料理のお陰だよ、
どんなにおいしいものを食べても結局は次の日に母のごはんが食べたくなっちゃうんだよね、
とにかく母のごはん最高なのよ。
と、たくさんの気持ちを込めて。
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